41. 春をつかむ日
――その日が来た。
朝、私は手が震えるほど緊張していて、その時刻が来てしまうのが怖くて、でも時計ばかり見てしまっていた。
「奈々美、アイス食べる?」
「え?」
こんな時でもアイスを食べようとしているお母さんは何を考えてるんだろうとも思ったけれど、美味しそうだったので一緒に食べた。
「お母さん、やっぱりキャラメル味って最高」
「奈々美はずっとそれね。私はこの限定もの」
「それ美味しいの? 赤と青って」
「うん、映えるから」
お母さんでも映えを気にするのか、と思っていると不思議と落ち着いてきた。ゆっくり食べていたのでもう少ししたら時間だ。
星山岡高校の合格発表。
パソコンの前でお母さんと一緒にスタンバイ。
画面が表示されて、お母さんが受験番号と生年月日を入力している。
「……奈々美、押すよ?」
「う、うん」
お母さんが確認ボタンをクリックした。
――合格しました。
「え? やった……!」
一瞬、息が止まるようだった。
何かが弾けたように気持ちが込み上げてくる。
「奈々美! おめでとう!」
お母さんが肩を抱いてくれる。胸がいっぱいになり、思わず涙がにじむ。
「よく頑張ったわね! ああ良かった!」
そう言われて私はこらえていたものが一気に溢れてきそうになった。
やっとこの時が来たんだ。
星山岡高校に行けるんだ。
嬉しさとホッとしたのと、これまでの様々な思いが重なって涙が止まらない。
「じゃあ午後から説明会だから……準備しなくっちゃね」
お母さんにそう言われて、私は慌てて涙を拭いた。
自分の部屋に行くとスマホが鳴る。
クラスの女子グループのチャットだった。
『合格したよー』という女子のメッセージに対して、私立専願のすみれちゃん達が『おめでとう!』と送っている。
私も同じように『合格したよ』と打って、みんなに『おめでとう!』と返信をもらった。
私の周りの女子達はみんな合格できたのでチャット画面がお祝いモードでスタンプだらけだった。
――そういえば。
竹宮くんはどうだったのだろう。
青空のアイコンをタップしてじっと見ているけれど、何も来ない。
こういうのって自分から送るもの?
だけどもし、竹宮くんが合格じゃなかったら?
いや……竹宮くんは優秀だから受かるよね。
じゃあ……どうしてメッセージが来ないのだろう。
ここは私から……いや、そんな勇気ないよ。
もしものことがあるし……うーん。
私は写真フォルダをタップして、卒業式の日に撮影してもらった彼とのツーショットを見ていた。
あの時、いつも以上にドキドキしてしまって、この写真もよく見たら私の顔がちょっと赤い。
これを見るだけで竹宮くんのことばかり考えちゃう。
ううん、これを見ない時だって……。
それで、やっぱり竹宮くんから何もメッセージが来ない……。
あ、いけない。準備……しなくちゃ。
私は着替えてお母さんのところに行く。
まだ鼓動がおさまらなかったけれど、今から高校に行くドキドキなのか、竹宮くんのことを考えているからなのか――よくわからなかった。
「じゃあ行きましょう、奈々美」
そして私はお母さんと一緒に家を出た。
※※※
午後――
星山岡高校には同じ中学校の制服を着た子もちらほらいて、「おめでとう!」と友達同士で抱き合っている。
私もここで初めて「合格したんだ」と実感した。みんながこれからの高校生活に希望を持っているのがわかる。
私はここで……どんな高校生になるのかな。
新しい友達が出来て、美術部にも入って、それから……。
そう考えていた時だった。
説明会が実施される体育館前に――。
「……竹宮くん?」
彼がいた。
お母さんと並んで資料を受け取っている。
目が合った瞬間、彼の顔がぱっと笑顔に変わった。
「梅野さん……! 受かってたんだ」
「うん、竹宮くんも……おめでとう!」
胸がじんわりと熱くなる。
今朝、自分が合格したとわかった時の何百倍も嬉しい。
彼と同じ高校に行くんだ――そう思うとまた涙が溢れそうだった。
説明会では私とお母さんの近くに、竹宮くんとお母さんも座って話を聞いていた。そして説明会が終わったあと、竹宮くんは私に言う。
「梅野さん、良かったら……合格したこと、学校に報告しに行かない?」
「あ、そうだね。行きたい」
私と竹宮くんは中学校に報告しに行くことになった。
「晴翔、電話なら私からするわよ?」
「あ……藤井先生に直接言いに行きたいねってみんなと約束してて……」
「あらそうなの。それで梅野さんと行くのね」
「奈々美、藤井先生と……松永先生もいるのかしら。気をつけてね」
「うん、行ってくる」
竹宮くんと私は帰り道の途中でお母さん達とわかれてから、中学校まで一緒に歩いていく。
「……梅野さん」
竹宮くんが私を呼ぶ。
「本当はさ、ずっと気になってて……梅野さんが合格したかどうか。だけどチャットする勇気がなかった」
竹宮くんも……私と同じことを考えていたんだ。
「私もそう。竹宮くんはきっと合格してるだろうなって思ってたけど……気づいたら行く時間になっちゃって」
「そうだったんだ。はぁ良かった……梅野さんと一緒で」
梅野さんと一緒で……。
まただ。
竹宮くんにそう言われると、私は胸も顔も熱くなってきちゃう。
私だって……私だって……。
そう思いながら思い切って言ってみる。
「私も……竹宮くんと一緒で良かった」
彼は私の方を向いてちょっと照れたような仕草を見せる。そのあとに見せてくれた嬉しそうな笑顔に、私は胸がぎゅっとなるのを感じていた。
今までで一番心臓が飛び出そうかも。
自分でこんなことを言って……。
あんな笑顔を見せられたら、私はもう……。
「あ、誰かいるかな」と竹宮くんが言う。
気づいたら私たちは中学校前まで来ていた。
何人かとすれ違い、「おめでとう!」と言いながら、職員室に到着する。
「藤井先生」
竹宮くんが藤井先生を呼んでくれた。
私たちは藤井先生に合格の報告をすると、先生はとても喜んでくれた。
「2人ともおめでとう! これからも頑張ってね」
「はい、先生ありがとうございました」
「そうそう、ちょうど松永先生もいるんだけど」
松永先生……?
竹宮くんがすぐに言う。
「松永先生とも……お話したいです」
「私も、松永先生に……」
2人揃って松永先生に会いたい雰囲気を出しているみたいだった。
「じゃあ呼んでくるわね」
そして、松永先生が私たちのところに来てくれた。
相変わらず大きくて顔も怖いけど、眼鏡の奥に見えるその目に――私たちは温かいものを感じた。




