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4. 曇り空

 修学旅行が無事に終わった。色々あったけれど、総じて楽しかった……なんて簡単な言葉で表せないのが現状である。私は未だに松永先生と竹宮くんのことばかり考えていて、なかなか勉強が手につかない。

 

 もう6月。梅雨の季節もやって来て期末テスト前の課題に追われる重たい時期となった。窓の外はどんよりとしたグレーの一色。私の心も白黒はっきりしないようだ。


 いや、もうはっきりさせなくていいんだよ。私がどうしようが――松永先生も竹宮くんも何とも思わないのだから。

 

 授業中に隣にいる竹宮くんは相変わらず聡明で、背筋もしゃんとしていて梅雨だろうが何だろうがいつだって爽やか。対して私は梅雨に飲み込まれて、この想いを誰にも言えず悶々としてばかり。


 あ……いけない。何でも梅雨のせいにしては。

 だけど竹宮くんみたいに……クラスの人気者になれたら。そして竹宮くんと学校の行き帰りに一緒に歩くことができるのなら。

 そんな輝いた漫画みたいな日常を送ってみたいな……まぁ無理だろうけど。


 

「今日は3日だから……3番! 何? 欠席? じゃあひとつ戻って2番! 梅野さん!」

「(梅野さん……当てられてるよ)」


 はっと気づいた時には松永先生がじっとこちらを見ていた。待って待って待って3番が欠席なら次は13番でしょ? どうしてそこで戻るんだよ……。


 

 まさか……私のことを……?

 先生……私のことを……?


(そんなわけないよね……でも、ちょっとだけそう思ってしまった)


 

 というか、何を答えればいいの……?


 

「(梅野さん……これ)」

「(竹宮くん……)」


 

 竹宮くんがそっとノートを見せてくれた。そこにある言葉を説明すればこの場は乗り切れる。


 

「はい。江戸は繁栄しましたが、家康は秀吉の子である秀頼が関白となれば再び豊臣側が有利になることを恐れていました。さらに豊臣側が(いくさ)の準備をしたので、ここで一気に潰そうと家康は全国の大名に大阪城の一斉攻撃を命じました。これが大阪冬の陣です。豊臣側には関ヶ原の戦いで潰された多くの大名がついているのでなかなか強く、特に真田幸村が(いくさ)上手でした。ちなみに大阪城の黒い箇所が豊臣の時代に建てられたもので、白い箇所が徳川の時代に……」


「梅野さん、もう大丈夫だ。その通りだからな。では次!」


 

 ふぅと息をつき、竹宮くんの方を見る。

「(梅野さん……やるじゃん)」

「(え……?)」

「(大阪城に黒い所があったんだ)」

「(あ……)」


 そのことは前に親に教えてもらったからつい喋ってしまった。黒い部分と白い部分かぁ。

 いっそグレーにしちゃえば私みたいだよね……って何を考えているんだ奈々美。大阪城は立派なお城なのだから。


 

「おい! また課題忘れか! いい加減にしろ!」

 松永先生がタブレットを見ながら男子に怒っている。ああ、びっくりした。やっぱり怖いよ先生。


「そこ! 喋らない!」

 先生はペンをくるりと回し、一番後ろの男子達を注意していた。よくそんな所まで気づくなぁ……。


 

 ん?


 

 さっきは私が答えるのが遅くても、先生は黙って待ってくれていたよね? そしてその後に竹宮くんとひそひそと喋っていても何も言われなかった。席は前から2番目なんだけど。


 

 先生……あの……まさか私のことを……?


 

 

 キーンコーンカーンコーン


 

「竹宮くん……ごめん、またまた……その……ありがとう」

「ううん、気にしないで。というかいきなり2番に戻るっておかしいよな」

「そう! 今日は完全に油断していたよ……」


 竹宮くん……かっこいいな。笑い方も何もかも全部。

 やっぱり私には竹宮くんが……。


 そう思っていたら彼に話しかけられた。


 

「梅野さん、松永って……優しいのか?」


 

 ――――え?


 

 竹宮くんが松永先生のことを聞いている。

 この私に向かって……竹宮くんが……松永先生のことを……!

 これって……これって……もしかしてあの肝試しで私と松永先生の間にあったことを意識してくれているの?


 だとしたら……何て答えたらいいのかな。

 優しいよって言ったら……竹宮くんは私が先生のことを好きなんだって思っちゃうのかな……?

 けれど、そうじゃないよって言うのも違う。松永先生と一緒にいたあの時の気持ちは、たぶん……“特別な状況”だったんだと思う。どうしてもふと思い出してしまう。暗くて怖い中で先生だけが頼りだった。


 いやいや頼りにしていたなんて、まぁ先生は先生だもんね。だから……その……竹宮くん……。


 

 今度は竹宮くんがじっと私を見ている。その端正な顔立ちに私の顔はすぐに熱くなってきた。

 


「あ……その、私はお化け屋敷が苦手で暗いところが怖かったの。だから先生が“大丈夫”って言ってくれて……優しかったと思う」



 うまく言えたかわからない。こんな言い方で竹宮くんは変に思っていないだろうか。でも、あの時は……ほんの少しだけ、先生のぬくもりに安心した。

(今になってみると、ちょっと特別な思い出ってだけなのかも)


 

「そうなんだ、良かったじゃん」


 

 竹宮くんはそれだけ言ってすぐに他の男子達の方に向かって行った。だけどその横顔が少しだけ、ほんの少しだけ、寂しそうに見えた気がした。

 

 私のことを竹宮くんが気にするわけないって思っていた。でも本当は……私のことを……?

 だったらどうしよう。急にドキドキしてきた。


 

「奈々美ー!」

 すみれちゃんが来てくれた。ホッとした……ドキドキがおさまりそうだ。

 

「あのさぁ……松永ってさ……絶対奈々美のこと意識してるよね?」

 

「え?」

 

「だってさぁ、奈々美は昨日が当たり日だったのにどうして今日も当ててくるのよ? あ、昨日社会はなかったけどね。やっぱりさぁ……肝試しで何かあったよね?」




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