39. 卒業式②
校舎を出るとグランドまでの坂に花道が出来上がっていた。お母さん達や在校生、先生たちが勢揃いで、皆の拍手を浴びながら私たちはゆっくりと歩いていく。
途中でスマホを向けたお母さんを見つけたので手を振って、そのままグランドに皆が集まる。
「あ、お母さんこっち!」というみんなの声。
母親たちがスマホを高く掲げて写真を撮っている。
すみれちゃんのお母さんが私達に向かって「みんな集まって! いい感じよ! ピースして!」って叫んでいて、恥ずかしくて笑っちゃった。
私のお母さんも一緒に来て「じゃあ次こっち見てー!」と言いながらスマホで写真を撮ってくれている。
「ちょっとこっち詰めて!」「あ、髪の毛顔にかかってる!」と小さな指示が飛び交い、笑い声やシャッター音が響いている。
「ねぇ藤井先生は?」とすみれちゃんが言い、向こうの方に見つけたので、そのあたりにいたみんなで担任の藤井先生と撮影してもらった。
「あとは誰と撮る?」とお母さんに聞かれて周りを見渡すと――あれは。
松永先生の前に……女子の行列。
「行くよ奈々美!」とすみれちゃんに言われ、みんなで松永先生のところに向かう。
「まさか別のクラスの女子まで……! 社会の先生だけど一応うちのクラスの副担なんだからぁっ!」
すみれちゃんがものすごい勢いで走っていくので、みんなは追いつくのに必死である。
「松永先生っ! 写真! いいですかっ……?」
ようやく前の女子達の撮影が終わって、すみれちゃんが松永先生に向かってお願いしている。
先生は少し照れながらも「ああ」と言って応じてくれた。
艶やかな黒スーツと白いネクタイ。背の大きい先生の周りに女子達が集まる。私は背がちょっと低い方だったので先生のすぐ隣にいた。
「あ、もうちょっと寄ってくれる?」とすみれちゃんのお母さんが言うので端にいた女子がぎゅっと私のほうに寄りかかる。
すると私は先生に思い切り密着してしまい、いつもと違う香りのする大人の雰囲気にドキッとしてしまった。
一瞬だったけれど――修学旅行の肝試しが頭の中をよぎる。
だけど気づかれないように、お母さん達のスマホの方を見てピースをした。まだドキドキしているの、恥ずかし過ぎる……。
「松永先生、ツーショット……いいですか?」とすみれちゃんが言って撮ってもらっていた。
“推し”とのツーショットでニコニコしているすみれちゃんがまた可愛い。
すると、
「奈々美も松永先生と一緒に撮ったら?」とお母さんに言われる。
「え……」
私はその場で固まってしまった。だけど松永先生にはそう、たくさん助けてもらって大事な時には励ましてもらったから……。
「……私もいいですか」
「ああ、梅野さん」
私は松永先生の隣で緊張しながらもピースして、何とか撮影ができた。
「松永先生、ありがとうございました」とお母さんはお辞儀をしている。藤井先生の時よりも丁寧にお礼を言っているように見えるのは……気のせいだろうか。
そして、
「みんな聞いて聞いてー!」という女子達の声。
何かと思えば、
「あのクラスの女子、竹宮くんに告白していたけど、無理だった」とこっそり私たちに教えてくれた。
あの子、竹宮くんに……?
目の前の風景が一瞬ぼやけるような感覚があった。
すみれちゃんが、
「やっぱりそうだよね……わかる。ね、奈々美」と言うので、
「え? あ……そうなんだ……」と他人事のような話し方をしてしまった。
写真撮影をしてもらった時にちょっと親から離れて告白していたらしい。
竹宮くん、人気あるのはわかってたけど……。
じゃあ私は、彼のことをどう思っているのだろう。
もともとドッジボールを自分の前で受け止めてくれて、意識したようなものだけど、受験もあったから切り替えようとしていた。
だけど彼との思い出はたくさんある。
それに、一緒に星山岡高校を目指して……。
あとは……。
え……どうしよう。
何だかドキドキしてきちゃった。
※※※
(竹宮くん視点)
「はい、みんなこっち向いてー!」と言いながらうちの母さんがクラスメイトと写真を撮ってくれている。ちなみに父さんは卒業式後に一緒に写真を撮ってから、仕事に向かっていった。
男子達とワイワイ盛り上がりながらも、気づけば近くには何人かの女子が来ていた。
「晴翔、ほら」と母さんが促すので僕は女子達の方に向かう。
「竹宮くん、ツーショット撮ってもらってもいい?」
「私も……」
こう言われるのでよく知らない女子達とも撮影する。
そのあと何故か親たちが離れていって、残された僕にその女子から告白された。菊川さん以来だ。こういうの。
一度菊川さんに“今は考えられない”と伝えていたので、彼女にも同じように言うと、「ありがとう」と言いながら顔を背けて去っていった。
いきなり来られるとびっくりするんだけど……まぁいいか。
そしてクラスの皆の所に行く。男女問わず適当に集まった者同士で親たちに撮影してもらっていた。
そこに梅野さんも……いた。
菊川さんが「松永とのツーショット嬉しすぎる!」と梅野さんに言って、梅野さんも「そうだね」と何だか嬉しそうにしている。
松永とはツーショットを撮ったってことか……?
「竹宮くんとも記念に……2人で撮ってもらっていい?」
菊川さんに言われて親たちに撮影してもらう。
隣にいる梅野さんは……。
そう思いながら彼女の方を見ると目が合う。
親もいるし、菊川さん達もいる。
だけど梅野さんと……だなんて考えてしまって何を言えばいいのかわからない。
すると菊川さんがニヤリとした顔を見せて言う。
「奈々美も竹宮くんと撮りなって!」
「え……? え……?」
「そうね! 奈々美、竹宮くん。ほらそこに並んで」と梅野さんのお母さんも言ってくれる。
「うん……」
そう言いながら僕の方に来る梅野さんは……顔が少し赤くなっているような。恥ずかしいのか何なのか、よくわからないけど僕はそんな彼女を見て思った。
可愛い――。
うつむいている彼女に「梅野さん」と声をかけると僕の方を見てさらに顔を赤くしている。
何だろう。
どうしてこんなに可愛く見えてしまうのだろう。
「奈々美、竹宮くん。こっち向いてー!」
そう言う梅野さんのお母さんの声も聞こえないぐらい、僕たちはそわそわしたような感じでお互いを見ている。
そして一緒に前を向いてピースをする。
カシャッとシャッター音がした瞬間、なぜか心臓の音だけがやけに大きく響いている気がした。
うちの母さんも撮影してくれて「ありがとう」と梅野さんに声をかけている。
まだ彼女のあの表情が忘れられなくて、僕もどこか恥ずかしくなってくる。
この気持ちは……どういうことなのだろう。
※※※
徐々に皆が帰って行ってグランドにいる人数も減ってきた。
だけどそこにひときわ目立つ姿が見えた――松永だ。
僕は母さんと一緒に松永のところに行く。
「松永先生」
「竹宮君か」
僕は松永がいなければきっと親ともうまくいかないままだった。松永がいたから志望校を変えることができたんだ。
「先生、ありがとうございます」
僕は先生にお礼を言う。そして母さんも「松永先生、ありがとうございました」とお辞儀をしていた。
「竹宮君が自分で選んだ道だ。応援しているよ」
「はい……先生」
「あとは……」
松永がそう言いかけて少し沈黙が流れていく。そして僕の目をしっかりと見てこう言った。
「大事なことは早めに伝えた方がいいぞ。親にも、先生にも、友人にも――あとは同級生にもな」
その言葉に妙に納得している自分がいる。
誰にも本当のことを言えない時期が長かったからだろう。
だけどそれよりも……僕は最後に聞いた言葉が心に残る。
『――あとは同級生にもな』
同級生と聞いてまず思い浮かんだのが、梅野さんだった。
彼女に大事なことを伝えた方がいいような気がしてきた。
やっぱり今日あの梅野さんを見てから……何か変だ。
いや、変じゃない。
もうわかっていたことだ。
そういう気持ちがあることぐらい――。




