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3. わからない気持ち②

「先生、梅野さんは大丈夫ですか?」

「ああ、竹宮君か。彼女は少し不安だったようだ。ほら、梅野さん、行くぞ」


 そう言われて先生の手が私の背中に触れる。やっぱりどこかあったかい。

 いつのまに先生の手は私の手から離れたのだろうか。離れたことさえ気づかなかった。自分はどうかしていたのかもしれない。


 

 私は竹宮くんの方へ向かった。まさか彼がこんな暗い中走ってきてくれるなんて。でも先生と手を握っているところ、見られたよね? 竹宮くんは……何とも思ってなさそうだ。だってこんな私だもの。単に最後のペアが遅かったから迎えに来ただけだろう。


 それでも嬉しかった。少しでも竹宮くんが私を気にかけてくれた。クラスで目立たない私のことを。これ以上求めてどうするんだ。

 あ……でも私はあのとき、先生の腕の中で少しのあいだ安心してしまった。

 

「もう少しこのままでいたい」なんて、怖さを忘れたくて思ってしまった……それだけ。たぶん、それ以上の意味なんて、ない。ないはず。


 そう考えるとまた緊張してくる。先生みたいな大人の男性への憧れを感じるなんて。


 

 ザクッザクッと音を立てながら先生も竹宮くんも特に何も話さず歩いている。

 だけど隣にいる竹宮くんの表情に、いつも見せる優しさや明るさが見えなかった。暗かったからだけではない。どこか寂しげで迷いを見せているような彼のことが……私はますます気になっていた。


 振り返って後ろにいる松永先生のことも見たかった。でも、そうしなくても先生がついているというだけで――私は心から安心してこの暗い道を歩くことができた。


 

 

「あ! 奈々美ー! 待ってたよー!」

 ようやくゴールに辿り着き、すみれちゃん達が駆け寄ってきた。

「……奈々美?」

 私は肝試しの怖さ、竹宮くんのこと、そして松永先生のことで頭がいっぱいで、彼女が声をかけてくれたことにも気づかなかった。


「あ……良かったよ……ゴールできて。怖かったよあの道」

「だね! ところで奈々美。今夜はじっくり聞かせてもらうわよ? 松永とそして竹宮くんとの甘い話!」

「え? いやいやもう……肝試しが怖すぎて何も覚えていないから!」


 

 結局、夜の部屋では私が話をすることはほとんどなく、友達たちで恋愛話やアイドルの話で盛り上がって今日は終了した。

 そりゃそうだよね。誰も私のことなんか気にしていないもの。


 布団の中でも、私は松永先生のことを思い出していた。世間ではああいうのは「良くない」と言われるかもしれない。人によっては傷ついてしまうかもしれない。


 でも、私は違った。ただ、怖くて不安だったから、あの時だけはあのぬくもりに安心した。それ以上の感情なんて――たぶん、まだ私には分からない。


 そう、恋愛のことなんてこれっぽっちも分からないけれど、こういう気持ちはまさか……“恋”になってしまうのかな。


 いやいや落ち着こう、私。竹宮くんがいるじゃん。私と先生を見た後の竹宮くんは明らかに普段と違っていたよね? ゴール地点ではいつも通りの素敵な竹宮くんだったし、女子達にはヒーローのように言われていたけれど……。


 もしほんの少しでも私のことを意識していたら……。

 ほんの少しでも嫉妬とかしていたら……。

 そんなことあるわけないんだけどさ……。


 

 今だけはそんな夢を見ても……いいよね?



 ※※※



 修学旅行2日目にはオリンピックの舞台となったジャンプ競技場まで来た。深い緑の中にジャンプ台だけが煌めくようにはっきりとした色をしている。

 ここで多くの選手たちが活躍したんだなと思うと、改めて自分はすごい場所に来たんだ、なんて思ってしまう。


 

 ジャンプ台に向かうためのリフトに乗るその時であった。

「奈々美……実はあたし高いところ苦手なのよ……どうしよ」

 すみれちゃんが私の腕につかまって泣きそうな声で言う。昨日までハイテンションだったのにまるで別人のよう。それでもラージヒルのようなあそこまで高いところまで向かうのは……普通に高すぎる。


「大丈夫だよ、下を見ずにいれば……」

「だよね? はぁー緊張してきたわ」


 

 そんなやり取りをしていた私たちのところに松永先生が来てくれた。

 

菊川(きくかわ)さん、顔色悪いぞ? 行けそうか?」

 そう言ってすみれちゃんのところに来てくれた先生。私に話しかけにきたわけではないのに、胸の奥でトクンと音がした。


「先生……あたし……怖いですぅー!」

 

 すみれちゃんはいつものようにくるくると自分の髪をいじりながら、思い切り松永先生に上目遣いをしていた。本当に怖いのだろうとは思うけれど、こういう時に可愛く上目遣いができる彼女が羨ましい。


 

 そのようなすみれちゃんの手を先生は優しく取り、両手で包み込む。さらに腰を落として彼女にこう言った。


 

「大丈夫だ」


 

 それは昨晩、私に言ってくれた言葉と同じもの。両手で包み込んでくれたのも同じ。


 

 すみれちゃんは頬を赤らめて何も言えなかった。

 私もその光景に何も言えなかった。


 

 

「奈々美……あたし、やっぱり松永のこと気になる! キャーー♪」

「え……まぁでも……優しいよね。ああいうところ」

「高すぎてあんなところからジャンプなんてできないわよ! って思ってたけどさぁ、松永のアレはやばい。やばすぎる……おかげで本当に大丈夫だったわ」


 ジャンプ台の見学が終わってからすみれちゃんがハイテンションで話している。松永先生に手を握られたことにかなりときめいたようで、今まで以上にキラキラの乙女となっていた。

 

 そんな彼女を横目で見つつ、私は何となく元気が湧いてこなかった。理由は多分……いや、絶対松永先生だ。

 

 私以外の女子にもそうするんだ。彼女は高いところが苦手だから不安をやわらげようとしたんだって思っている。


 

 でも――

 私だけが知っている“何か”だったらよかったのにな、なんて……。

 

 そう思ってしまった自分が、ちょっと恥ずかしい。先生はみんなに平等に優しくて、そういう大人なんだってわかっているのに。

 



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