22. 始業式翌日
始業式から帰った後、勉強をしつつ夕方の塾の準備をしていたらスマホがピロンと鳴った。
すみれちゃん……もしかして松永先生のこと……と思っていたら画面には「竹宮晴翔」の文字。
たっ……竹宮くん!?
待って待って心の準備ができていない……。
今日始業式だけだったけど何かあったっけ……?
えーと……松永先生に奥さんがいた。
いや、それはすみれちゃんと私しか知らないはず……。
指が震えてタップするのに1分ぐらいかかってしまった。
ポンとチャット画面と青空のアイコンが出てくる。
『この前の花火ではありがとう。今日からまた塾だ。お互い頑張ろう』
竹宮くんからの初めてのメッセージだ……。
これ自体が貴重な気がしてしばらく見つめてしまう。
そうだ……何か返さないと。
何か……。
私は5分ぐらい考えてどうにか文字を打った。
そして送信マークをタップするのにも緊張して1分ぐらいかかったかも。
『こちらこそ花火の時はありがとう。私も塾、頑張るね』
できた……初めて男の子と、しかも竹宮くんとのやり取り。
今日という日は、ちょっとした記念日かな……なんて。
「奈々美ー! 早めに晩ご飯食べていくんだっけ?」
お母さんが一回だけノックしてすぐドアを開けてくる。いつものことだけど、今日はビクッとしてしまう。
「あ……そ……そうです……」
なぜか敬語の私。
「オッケーじゃあ用意するねー! ん? 奈々美……顔ちょっと赤くない? 今日から学校だったもんね、まだまだ暑いしお茶飲んでおいた方がいいわよ」
「う……うん……久々で疲れたかも」
「私みたいに薬局で『冷たい水をください』状態になったら危ないからね」
「もういいよ……その話」
「あ、そっか……ハハハ」
危なかった……まぁいつものお母さんだから気づかれていないはず……。
それでもノックしていきなり開けるの、これからはちょっと控えてもらいたいけど……そうだ。受験だからということにしよう。
いや……お母さんテスト前とか課題やっている時はまず部屋に来ないし……わざわざ言うと怪しまれるかな……まぁ、いいか。そんなにしょっちゅう竹宮くんとチャットしないだろうし。
※※※
翌日に席替えがあり、隣同士だった竹宮くんとは離れて……というわけでもなく、私の斜め後ろとなった。一緒の班だ。ちょっと振り返るだけですぐ竹宮くんと目が合いそうで、そして後ろから見られているような気もして相変わらずふわふわしている。
「奈々美ー!」
すみれちゃんだ。良かった、いつも通り元気そう。
「あのさぁ、星山岡の文化祭って行く?」
「え? あ、そっか。そろそろあるよね文化祭」
「9月頭なんだけど、土日だから日曜日だけとか」
「そうなんだ、行きたいな」
「あそこの文化祭楽しいって前の先輩も言っててさぁ、そうだ奈々美も言ってたじゃん。美術部がすごいって。で、みんなで行きたいねって言ってて」
「うん! 行きたい」
「やったー♪ まぁあたしは成績的に星山岡はムリっぽいんだけど文化祭だけならね♪ 奈々美は目指してるんだっけ?」
「まぁ……一応……」
「よし! じゃああたしは付き添いってことで親に言えば行ける!」
「ハハ……すみれちゃんさすが」
そして花火フェスタに一緒に行った女子達で星山岡高校の文化祭に行くことになった。
パンフレットやネットでしか学校の雰囲気を見たことがないので実際に行くの、楽しみだな。
そうだ……竹宮くんは……行くのかな……?
すみれちゃん達は竹宮くんがそこを目指していることは知らなさそうだけど……。
そう思っていたら男子の声が聞こえてきた。
「え、晴翔も行く? 文化祭。長乃嶋の方に行くんだろ?」
「あ……文化祭が一番盛り上がっているの、星山岡だって聞いて……」
「だよな。あそこのステージめちゃくちゃ面白いからさ! 俺が連れてってやるぜ」
「お、サンキュー」
竹宮くんも男子達と文化祭に行くみたい……良かった。
だけどみんなからは難関の長乃嶋高校に行くって思われている。
あれ……?
彼が星山岡を目指しているって誰も知らないの……?
誰か一人ぐらいは知っていると思ったのに。
その一人が……私だったりして。
まさか。
私が見ていることがわかったのか竹宮くんと目が合う。
かといって何か話すわけでもないけれど……やっぱり彼がこれまでとは違うように見えた。
何か考えてしまいそうだったけど、頭の片隅に追いやって次の授業のために着席する。
斜め後ろの竹宮くんが気になりながらも、うっかりシャーペンを落としそうになりながらも、何とか握り直して前を向いた。
※※※
暑いので昼休みに私はすみれちゃんと図書室で過ごした。
「奈々美ったら相変わらず歴史ばかり見てる」
すみれちゃんが有名な冒険物語の本を持って話しかけてきた。
「あ……つい。金閣寺と銀閣寺行ったから次はどこ行こうかなって。受験終わってからだけど」
「さすが奈々美。奈々美と付き合う人は歴史好きの人だね♪」
「えっ!? いや……それは……そんなのまだ……だから……」
言葉が詰まる。頭に浮かんだのは、やっぱり竹宮くんのことだった。
「ふふふー♪ そういう話、喜んで聞くから♪」
言えるわけない……竹宮くんのことなんて。
いや、竹宮くんとは別に……花火でたまたま会って、たまたま一回チャットしただけだし……。
「す……すみれちゃんは……?」
「あたしはうーん……とりあえず竹宮くんかな。みんなそうだし」
まぁ、そうだよね……。みんなそうだから安心感あるし。
だけど私はすみれちゃんと同じトーンで“とりあえず竹宮くん”とは言えなかった。恥ずかしいだけじゃない。どこか秘密にしておきたい……そんな気がした。
昼休みがもうすぐ終わりそうなので私たちは図書室から出る。
そして管理棟を出たところに――昨日見た松永先生の“奥さん”がいた。
今日は透き通るような白いシャツにパンツスーツ姿。
「あっ……!」
そう言ってすみれちゃんと私はついその人を見てしまう。どうしよう、明らかに変なリアクション取っちゃったかも。
「ふふ……こんにちは」
「こ……こんにちは」
何となく挨拶っぽいことをしていると管理棟から声がした。
「あ! 奥さん! これです、花火フェスタの収支報告と、来年度の開催に向けたスケジュールを……」
PTAの保護者みたいな人がそう言って“奥さん”に書類を渡していた。
「ありがとうございます。コミュニティ会長にも伝えておきます。無事に終わって良かったわ。先生バンド、なかなか良かったかしら」
「そうですね、奥さんのおかげですよ。またよろしくお願いします、では」
すみれちゃんと私は“奥さん”と何回も呼ばれるその人が、花火フェスタのコミュニティの役員さんだとわかった。
奥さん……誰の奥さん?
じゃなくて……?
するとスマホの音が鳴り、“奥さん”が電話に出る。
「はい、奥です。あ、いつもお世話になっております」
あれ……?
奥さんは……“奥”さんだった……!?
すみれちゃんと顔を見合わせて私たちはまたその場から……早歩きでささっと教室に戻って行った。
「ちょっと待って、ややこしいんだけど。奥さんっていう人いるんだ」
「うん……びっくりした。“奥の院”とかあるもんね」
「奈々美、それ微妙にマニアックだから」
「ハハ……」
あの人は松永先生の奥さんではなかった。
だからといって私たちがすごくホッとする……ということもなかった。
「まぁ、どっちみち松永先生は大人だからね」とすみれちゃんが言い、
「そうだね」と私が言う。
受験もあるし、二学期に向けて楽しみなことも……あるもんね。




