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21. 始業式

 花火フェスタが終わり、私は家に帰ってきた。


「奈々美、おかえり。花火どうだった?」

「綺麗だったよ、去年よりも」

「いいわねぇ……」


「お母さんこれ……動画撮ってきた」

「おお……!」


 空に打ち上がる大輪の花火を見てお母さんも「綺麗ね」と喜んでくれた。

 私はその動画を見て、隣に――竹宮くんがいたことを思い出してまた胸が熱くなってきてしまう。


「ありがとう、奈々美。吹奏楽も良かった? すみれちゃんの」

「うん、楽しかった。あの曲が流れてさ……」

「うわぁー! 夏! って感じね」


「あとシークレットゲストが先生バンドだった」

「え? 何それ、面白そう。校長先生とか?」

「そう! ボーカルだよ」

「……あの校長先生、絶対似合うわ」


 松永先生も……と言おうとしたけど、何だか恥ずかしくなってきて……言えなかった。カッコ良かったなぁ、先生。



 その後、私は自分の部屋でスマホを取り出す。

 チャットの画面に青空のアイコンと竹宮くんの名前。


 まだ……信じられない。

 本当に竹宮くんとチャットできるようになったんだ。

 それでこういうのって……何を送るんだろう?


 学校にはスマホを持っていけない。なので家に帰ってから女子のグループチャットで適当に雑談したり、たまに課題のことを聞いたりする程度。

 

 だけど最近は受験もあるので、やり取り自体が減っている。それにどちらかというと私から何かを送ることは少なくて、連絡がきたら返す方が多い。すみれちゃんとは時々話が盛り上がるけれど。


 で……こういう……男の子とのチャットだなんて……生まれて初めてなんだけど。

 付き合っている人同士で何か……送るのかな。


 いや、竹宮くんとは付き合っているわけじゃないって。

 それに……もしかしたら例えばすみれちゃんみたいな可愛い子とやり取りしているかもしれないし……。


 スマホをじっと見てとりあえず待ってみる。


 するとピロンと音が鳴る。


 竹宮くん?


 と思ったら……女子グループだった。


『今日は来てくれてありがとう! 花火も綺麗だったねー!』


 と、すみれちゃんからのチャット。

 そしてみんなも『吹奏楽良かったよー』とか短い文を送り合う。


 私も『すみれちゃん、吹奏楽良かったよ』と送ってふぅと息をつく。


 何を期待していたんだろう。

 そんなにすぐ竹宮くんからチャットなんて……来ないよね。



 ※※※



 夏休みが終わって今日は始業式である。まだ暑い中、ふらふらになりながら教室に到着した。


「おはよう」

 竹宮くんだ。

 な……なんて言えばいいか……。

 いや、普通に挨拶したらいいだけなのに。


「おはよう」

「課題……多かったよな」

「そうだね……」


 夏休み前とは……少しだけ違ったように見える。

 竹宮くんのことも、この教室の雰囲気も。

 ふわふわしていて、そわそわするような。



 キーンコーンカーンコーン



 始業式や課題の提出も終わり、帰ろうとしたらすみれちゃんが来てくれた。


「奈々美! みんなでさ! 職員室行くんだけど行かない?」

「え? 何で?」

「松永よ松永! あのドラム見たでしょ? 吹奏楽の“副”顧問になってほしいぐらい! だからみんなでちょっと話聞きに行こうってなって」


 そうだ……あの松永先生のドラム。

 ちょっと気になる。


「うん、行く!」

「行こ行こー♪」



 ※※※



「松永せーんせっ♪」

 職員室を覗いてすみれちゃんが先生を呼んでいる。

 クラスの女子数人と、すみれちゃんと同じ吹奏楽部の子も来ている。


「……今日は大勢だな」

 松永先生が来てくれた。女子達に囲まれて驚いている。


「先生、ドラム! カッコよかったです!」

「バンドやってたんですか?」

「私にドラム教えてほしいです!」


 みんなが口々に言っているので、先生も照れているのか「いや、まぁ……」と言いながら笑っている。


「……もう随分昔だ。久々だったからな」

「へぇ……学生時代ですか?」

「まぁな」

「すごーい!!」


 あのステージ上での先生の姿を思い出しながら私も楽しく話を聞いていた。


「ほら、もう今日は帰る時間だぞ」

 そう言われてようやく私たちは帰ろうと管理棟から出る。


「あ、そうだクラブ黒板……書くことあるんだった」

 美術部の連絡事項を書きに行くために私は職員室前に戻る。

 

「奈々美、あたしも行く! 見るの忘れてたし。あ、何かあったら連絡するからさ」

 同じ吹奏楽部の子にそう言って、すみれちゃんも一緒に来てくれた。


 すみれちゃんと2人でクラブ黒板のところにいると、逆側のドアから声がした。



「松永先生、奥さんいらっしゃいましたよ」



 ――奥さん?



 すみれちゃんと私は顔を見合わせて、声がする方を向く。

 そこにはブルーのシャツが似合う爽やかで綺麗な女の人がいた。あんな人……学校で見たことない。


 松永先生が職員室から出てきてその女性と何かを話している。声までは届かない。ただ、その雰囲気で“仲がいい”ことはすぐにわかった。

 私もすみれちゃんもただただ驚いて、その場から動こうにも動けずに2人をじっと見ている。


 ようやくすみれちゃんが小声で話した。

「松永って……奥さんいたんだ」

「そうだね……」

「……」

「……」


 私はどうかしたのだろうか。

「心にぽっかり穴が空いた気分」ってこういうことを言うのかな。



 そして知らない間に女の人は帰って、松永先生も職員室に戻った。

 私たちはその場からすぐに離れた方がいいような気がして、ものすごい早歩きで管理棟を飛び出し、ゆっくりと……歩いていく。


「あのさ、奈々美」

「ん?」

 すみれちゃんが珍しく元気がなさそうだ。私もどこか落ち着かない。


「前にさ、『推しがケッコンしたから学校休む』っていうの聞いて何言ってんだろうって思ってたんだけどさ……その気持ち、今ならちょっとわかるかも」


 そうだ……すみれちゃんは松永先生のことを“特別”に見えるかもって言っていた。ここだけの話だけど。


「わかってたけどさ……寂しい。大丈夫じゃない。現実見せつけられたって感じ」

「うん……そうだね」


「奥さん綺麗な人だった……やっぱり松永は年上すぎたんだ。あたしにとっては」

「すみれちゃん……」


「まぁ……いっか。そうだ……あたし達には竹宮くんがいるじゃん!」

「え……?」


 さっきまで先生の話をしていたのに“竹宮くん”と聞いて思わず顔が赤くなりそうだった。


 そうだ……先生は先生だ。

 

 竹宮くんは……。


 そしてすみれちゃんの切り替えの早さ、くるくると変わる表情。やっぱり可愛いなって思ってしまう。


 私もちゃんと前、向かなきゃ。


「よし! 奈々美! 明日からは竹宮くんをさらに推そう! 松永は置いといて」

「え……? そ……それは……」


「ん? どうかした? あ、そっか。今さらだよね。すでにみんな竹宮くんかっこいいって言ってるし」

「そ……そうだよすみれちゃん」

「ハハハ……」


 竹宮くんをみんながかっこいいって言っている。


 わかっていたことなのに……前よりも心がぎゅっとなってしまった。


 

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