19. 夏休みの終わりに
(竹宮くん視点)
卓球大会後、自宅に戻った僕を母さんは笑顔で迎えてくれた。
「晴翔、初のベスト4入り。おめでとう!」
「ありがとう」
「お父さんも……喜んでいたわよ」
「本当?」
「ええ、もう大丈夫だと思う。晴翔の思った進学先を目指せばいいわ。お父さんが何か言ったら私がどうにかするから」
母さんは今までよりも生き生きとしているようだった。僕の大会で元気を出してくれたのだろうか。
その後、父さんも帰ってきた。少し仕事があったらしい。
「晴翔」
「はい」
「……よく頑張った」
「父さん……」
父さんはそれだけ言って書斎へ向かう。
「ああ見えてけっこう試合に夢中になっていたのよ」と隣で母さんが教えてくれた。
それを聞いた僕はようやく心の中が解き放たれたように感じた。全身の力が抜けていくようだ。今までどれだけ緊張していたのだろう。
「晴翔、あとは油断せずに……頑張るのよ」
「うん、母さん」
こうして僕は卓球部を引退し、夏期講習に通いながら受験勉強に集中するようになった。前よりも自分のペースでスムーズに勉強できるようになったと思う。
「よし……今日もあと少し頑張るか」
※※※
(奈々美視点)
あれからも時々美術部に通いながら、塾の夏期講習も行き受験勉強に専念している。時々竹宮くんのことを思い出すと始業式まだかな……なんて思ってしまうけれど、勉強もあるのでもう少し夏休みはほしいなとか……色々と考えてしまっている。
そして夏休み最後の週末に、うちの中学校では「夏の花火フェスタ」という地域コミュニティ主催のイベントがある。夕方から縁日やキッチンカーが並び、夜には花火が上がるお祭り。
小学生の時から毎年お母さんや友達と行って楽しんでいた。中学生最後だし行きたいな。
するとちょうどすみれちゃんから連絡があり「吹奏楽部で参加するので来てほしい」とのことだったので女子達で見に行くことになった。
「夏の花火フェスタのチラシ、届いてたわよ」
お母さんがチラシを持ってきてくれた。
「あら今回も花火打ち上げ前のステージが楽しそうね。吹奏楽部は毎年頑張ってるわね。すみれちゃんだっけ? おお。ダンスステージもある! シークレットゲスト? 何これ、気になるわね」
お母さんがチラシを見ながら一人で喋っている。そう言うお母さんは私が一人で行くようになってからは来ていないけど、いつも花火の写真や動画を撮ってくるように言われている。
「うん。クラスの女子で、すみれちゃんの吹奏楽を見に行って花火見てくる」
「気をつけてね」
※※※
「奈々美ちゃーん!」
クラスの女子たち数人と合流して学校内の花火フェスタ会場に入った。地域からたくさんの人が集まるので家族連れや小学生、たまに高校生もいたりしてとても賑やかだ。人が多すぎて迷子になったら大変である。
みんなは相変わらずお洒落な服装だった。アシンメトリーなトップスやジーンズ、ショートパンツがビシッと似合う子たちが羨ましい。私はいつも通り体型をごまかすワンピースにレギンス。
ものすごい人の波に押されながら、どうにか花火前に開催されるステージ前まで来ることができた。
まずはうちの学校の花形、吹奏楽部の演奏だ。すみれちゃんがトランペットを持って構えている。
流れた曲は夏がテーマのポップスや有名なアニメの主題歌など、どの世代にも喜んでもらえるような曲ばかりだった。何よりもすみれちゃんが皆を楽しませようとしているのがわかって、笑顔で手拍子を促しているのが素敵だなって思った。みんなですみれちゃんに手を振って私たちは盛り上がっている。
「さすがすみれちゃんだよね」
「うん、やっぱり3年の気合いを感じる」
みんなでそう言いながら次のステージを待つ。
地域のダンスグループのダンスや子どもたちのダンスが終わった後、司会の人が「はーい皆さん! お待たせしましたー!」とこちらに向かって言う。
「皆さん、今回はシークレットゲストをお呼びしています! 今年初めて結成された……その名も!」
そうだ、チラシに載っていたシークレットゲスト……。一体誰なんだろう。みんながソワソワしている。
ただ、すでにマイクスタンド、ドラム、キーボードが置いてあるので有志のバンドか何かだろうって思っていた。
「はい! 何と! “先生バンド” です! どうぞー!」
先生バンド……?
みんなが「え?」という顔をしている。先生たちってバンドできるの?
「校長先生、教頭先生、そして蓮池先生に桐生先生と……松永先生です!」
松永……先生……!?
「え? 校長先生と教頭先生って……バンドやってるの?」
「というか松永って呼ばれてなかった?」
「うそ、何かかっこよくない?」
女子達みんなが騒いでいる。私は理解が追いつかなかったけど、前を見ると全員お揃いの黒Tシャツに赤いバンダナを首に巻いている。いつもの先生たちとは全然違う。
松永先生がマイクを手に持って話す。
「まさか自分がこの歳になって、首にバンダナ巻いてステージに立つ日が来るとは思いませんでした。今日はちょっとだけ、はじけてもいいですか? 校長先生と教頭先生もノリノリです。温かく見守ってください」
するとそこに、
「わぁー! 松永だー!」と男子高達や女子高生達が乱入してきて、私たちは人の波に飲み込まれる。
さらに「あの校長先生ボーカルよ!」という大人の声も聞こえてきて次々と人が集まってきた。
あれ……? みんな……?
あまりにも多くの人が一度に集まったからなのか、私はみんなとはぐれてしまった。
そうこうしているうちに、先生たちが位置につく。ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラム。
松永先生は……ドラムだ。
え……嘘。
ちょっと気になるかも。
松永先生がスティックを軽く打ち鳴らすと、ステージに勢いが満ちた。
重低音が地面を伝って足に響く。体が自然に揺れてしまう、そんな気分。
肘を柔らかく使いながらも、正確なリズム。時折スティックをくるりと回してからまた叩きつける。
その動きに無駄がなくて、何だか……見惚れてしまう。
わぁ……ドラムって、あんなにかっこいいものなんだ……。リズムだけじゃなくて先生の思いも伝わってくるような気がする。
私が夢中になって見ていたその時だった。
「あれ? 梅野さん?」
この声は――
「た……竹宮くん?」
「おう。何だか人多すぎてさ、はぐれちゃったんだよ」
「私も……みんなと来てたんだけどね」
まさか竹宮くんと花火フェスタで会えるなんて。
だけどはぐれちゃって大丈夫かな? 私もだけど。
「驚いたよな、先生バンドって」
「うん……松永先生……すごいよね」
「ああ……うん」
※※※
(竹宮くん視点)
この花火フェスタ、毎年人が多すぎて友達とはぐれるんだけど、今回は彼女を見つけた――梅野さんだ。
ふんわりとしたワンピース、卓球大会の時もそうだったけど、彼女だけ他の女子と雰囲気が違って新鮮に映った。だけどこういう会場ではどこか危なっかしくてちょっと心配になってしまう。
彼女はやっぱり松永ばかりを見ている。
身体も大きく迫力ある見た目でドラムを思い切り叩く姿に――僕も息をのむ。
最後にドラムのソロが入り、演奏が終わるとみんなの拍手が鳴り止まなかった。
「わぁ……松永先生って……本物のミュージシャンみたい」
「バンド経験でもあるのかな」
梅野さんは瞳を輝かせてステージ上の松永を見ている。
僕はそんな彼女の横顔をじっと見てしまった。
何だろう。
どうしていつも松永ばかり……。
松永がかっこいいのはわかるのに……こんなにモヤモヤしてしまうなんて。
「さぁ、これで花火前のステージは終了です。花火の打ち上げ準備に入りますので皆さんはグランドの後ろの方まで広がってください!」
司会の人に言われて皆が一斉に移動する。
まずい。また人混みではぐれてしまう――彼女と。
「梅野さん、こっち」
僕は彼女の手を取ってステージから出来るだけ離れてグランドの奥の方に連れて行った。まるでさっきの松永から遠ざけるように。
「た……竹宮くん?」
「こっちなら……人が少ないから。はぐれないから」
「え……あ、うん」
そして人が少ないグランドの端のほうで僕たちは花火が打ち上がるのを静かに待っていた。
まだ……梅野さんと手を繋いだままだ。




