16. 夏休みが始まる
中学生最後の、そして受験生の夏休みが始まった。
「行ってきます」
眩しい日差しが照り付ける中、私は自転車に乗って塾の夏期講習に向かう。受験生は夏が勝負です、ということなので苦手なところを出来るだけなくさないと。
個別指導塾の先生にも励ましてもらいながら、カリキュラムを進めていく。9月から過去問も解いていくため、7月と8月でどうにか全体的に網羅しておきたい。
ふと向かいの道に男子と女子が並んで自転車に乗っているのを見つける。信号で止まった時に男子が笑顔で女子に話しかけていて、女子もクスクスと笑っている。
――いいなぁ。
私は2人を眺めながら、これまでのことを思い出す。
小学生でも中学生でも勉強はそれなりに頑張ったけれど、あんな風に特定の男の子と一緒に過ごすことなんて一度もなかった。
別にいいんだけど、私にそこまで考える余裕なんてないけれど、どこかでその憧れはまだ残っている。高校に行けば、もしかしたら新しい出会いもあるのかな。そのためだけに高校生になりたいってわけじゃないんだけど。
塾に到着し、リュックを持って中に入る。緊張感と、いつもの先生がいるという安心感が混じりながら、私は机に向かう。
そうそう、日数はそこまで多くないけれど美術部にも行かなくちゃ。文化祭の展示の絵を仕上げないとね。
※※※
(竹宮くん視点)
あれから、塾の日数を少しだけ減らしてもらった。星山岡高校であれば、スケジュールを詰め込まなくても大丈夫だと親や先生に判断された。
その代わり、何となく塾の先生とは話す機会が減ったかもしれない。長乃嶋高校を目指す人が多いからだろう。その生徒たちへの声掛けが多いような気もする。
仕方ないか、僕が決めたことなんだから。
そういえば、夏の卓球大会ももうすぐだ。
中学生最後の大会……そう思うだけで気合いが入る。
※※※
そしてある日、卓球部の練習に来た時のことだった。大会のメンバーに選ばれた僕に向かって顧問が言う。
「竹宮君、いつも通りでいいからな。チームをよろしく」
「はい」
「……もう3年生もこの時期がやってきたか。今年は特に寂しいよ。竹宮君がいたから卓球部が成り立ったようなものだからな」
「いえ……」
「思い切って最後の大会を楽しんでくるんだ」
「はい!」
僕は友人にも部活にも、先生にも恵まれていたんだ……なんて。カッコつけた言い方だけど、卓球をここまでやってきて良かったんだなって思えた。僕が入部してから人数が増えて遊び半分なこともあったけれど、何だかんだで皆で一緒に頑張ってきたんだ。
そして星山岡高校に合格したら……僕の夢は続いていく。卓球をもっと上手くなりたい。全国を目指したい。
練習後、片付けを済ませて職員室前のクラブ黒板に次回の練習時間を記入しに行く。
すると2階から女子たちが降りて来て――そこに梅野さんがいた。
「あ……」
「おっ……」
お互いに気づいて何とも言えない雰囲気になる。
「梅野先輩、お疲れ様ですー!」
「あ、お疲れ様」
他の女子たちは2年か1年のようだった。
梅野さんはクラブ黒板の美術部のところに次回の予定を記入していた。
何を話せばいいんだっけ。
前までは適当に話せたのに何故か言葉が出ない。
だけど何か話したい。
ガラリ
クラブ黒板の前の職員室のドアが開き、ぬっと現れるのは――松永だ。いきなり出てくるとインパクトありすぎなんだよ、びっくりした。
「ま……松永先生っ……」
梅野さんが松永の方を見てそう言った。驚いたけれど、どこか嬉しそうな恥ずかしそうな表情。それが分かると僕は途端に心がモヤモヤとしてきた。
「おお、梅野さんか」
「は……はい」
梅野さんか、はい……って何なんだこの会話は。また彼女の顔が徐々に赤くなってきている。
「美術部の……文化祭で展示する絵を……描いていました」
「そうか」
「先生あの……良かったら……その……文化祭の日に見ていただけると……」
「楽しみにしてるよ」
「は……はい……!」
彼女が明らかに照れているような仕草を見せる。
僕だってここにいるのに――だなんて思ってしまうのはどうしてだろう。
「竹宮君も部活終わったのか?」
松永にそう言われるので「はい」とだけ答えた。
「卓球部は……大会があるんだっけな」
「はい、皆が頑張って練習しています」
「そうか」
それだけ話すと松永は職員室前の廊下を通って向こうに行ってしまった。
梅野さんは、松永が行った方向をぼんやりと見つめている。何なんだよその顔は。
僕は――思い切って言う。
「梅野さん、今度卓球大会があるんだ。良かったら……来ない?」
彼女は目をぱちぱちさせて僕の方を見る。何で固まっているんだ……さっき松永と話していた時と全然違うじゃないか。
「え……いつ?」
「来週の……日曜なんだけど」
「私が行っても……いいの?」
「うん……中学生最後だし。できたら……来てほしい」
唐突すぎて変に思われただろうか。
でも僕のことだって……気にかけてほしかった。
いつも松永ばかり……見るんじゃないよ。
何だか変だ、こんな気持ち。
僕はどうかしているのだろうか。
「うん。竹宮くんの出る卓球大会……行きたい」
「本当?」
「すみれちゃんも……誘っていい?」
「ああ、いいよ」
「ありがとう」
梅野さんが見せた笑顔に少しドキッとしてしまう。
菊川さんも来るのか。まぁ……大体いつも応援席には女子が多いからいいか。
※※※
(奈々美視点)
松永先生にたまたま会えたことが何だか嬉しくて、また頑張っていますアピールをしちゃったかも。文化祭の絵、先生見てくれるの……楽しみ。
そんなことを考えていたらクラブ黒板のところにいた竹宮くんに声をかけられた。
「梅野さん、今度卓球大会があるんだ。良かったら……来ない?」
え……?
何で……何で私?
いきなりだったからびっくりして固まってしまった。
そうだ、竹宮くんと一緒のクラスになった子たちは夏の卓球大会の応援に行ったって言ってた。みんなでキャーキャー言って盛り上がっていたみたい。
今年は一緒のクラスだから……私でも見に行っていいんだよね? けどひとりじゃ不安だから……すみれちゃんも誘いたい。
運動部の人たちは夏の大会が終われば引退するって言ってた。竹宮くんも中学生最後の大会。
そんな大切な試合に私を誘ってくれた。
どうしよう、ドキドキしてきちゃった。
とりあえず……すみれちゃんに連絡しよう。




