15. 三者面談後
(竹宮くん視点)
三者面談が終わってからの帰り道。母さんは日傘で顔を隠し、僕の方を向かずに何かを考えているようだった。
星山岡高校を受験すること、母さんはどう思っているのだろう。
「……本当に暑いわね」
母さんが呟く。僕は「うん」としか言えず、ただ早く帰りたくて、自分の部屋に行きたくて仕方がなかった。
※※※
夜遅くに父さんが帰ってきた。
「お帰りなさい。晴翔の三者面談に行ってきたの」
「そうか」
「それで……」
リビングのソファにどっしりと腰掛ける父さんの前で母さんはやはり言いにくそうにしている。
「長乃嶋は行けそうなのか」
「……2学期が終わってから最終的に言われるかと」
「そうか、ならいい」
――わからない。
また母さんは先延ばしにするのか。
いや、ここは僕が……僕が言うべきなんだ。
自分の気持ちを父さんに。
「父さん」
「何だ晴翔」
「僕は……」
「……」
「僕は……星山岡高校に行きたい。卓球の強豪校なんだ。そこでもっと卓球をやりたい」
父さんは表情がそこまで変わっていないが……きっと驚いていて、しかも怒っているのだろう。鋭い目つきが僕に突き刺さる。
「卓球をしたところで何の役にも立たないだろうが」
「長乃嶋だって、偏差値が高い以外に何があるんだよ」
「それは良い大学に行くためにあのレベルが必要だからだ」
「まだ大学のことなんて、考えられないよ」
「だから甘いんだ、晴翔。今の世の中、前よりはましになったとはいえ……結局は学力だ」
「そんなこと……だけど、星山岡だって偏差値は上の方だって……」
「長乃嶋や野城川の方が上だ」
キリがない。
もう……これ以上言っても……。
「あなた」
母さんが今度はしっかりと顔を上げている。
「晴翔は学校でも自分から星山岡がいいと先生に言ったのよ? もしこれで長乃嶋だなんて言ったら……晴翔は壊れてしまう」
「おい、何を言っている」
「あなたの前でしっかりこの子は主張しています。だからもう……私たちが口出しなんてすべきではない」
「……」
母さんが、あの父さんに向かってここまで……。
僕がちゃんと父さんに言えたからなのだろうか。背中を押してくれている気がする。
「……いい加減にしろ。せっかく晴翔はここまで……ここまで来たんだというのに……父親を裏切るつもりか!」
父さんの怒鳴り声で母さんも僕もビクッとする。グサグサと心に痛々しい穴があいてしまいそうだ。
どうしたら……一体どうしたら……。
その時だった。
2階からトン……トン……と降りてくる足音。
リビングのドアがゆっくりと開き、そこには――兄がいた。
ボサボサの髪でこちらに歩いてくる。あの兄が目の前にいて、視線は僕ではなく父さんの方を向いている。
「……何だ」
「……父さん」
兄が……話した。
思ったよりも低くて野太い声だ。僕なんかよりもずっと落ち着いているかのように聞こえる。
「……もうやめてくれ! 父さんっ……!」
兄が大声で叫び、崩れるように膝をついてうずくまってしまった。こんなに声が大きくて迫力があったのか。
「……お前に何がわかる」
「もう俺だけでいいだろう? こんな風になるのは。晴翔には……晴翔だけには……俺みたいになってほしくない!」
兄は……泣いているんだろうか?
声というより、背中が教えてくれる。
僕のために……?
どうして……。
何かを訴えるような兄の姿を見ていたら……僕も自然と膝をついていた。
「僕は……兄さんがデザインの専門学校に行けることが、何だかいいなって思えたんだ。兄さんが嬉しそうにしていて少しホッとした。だから僕にだって……僕にだって自分のやりたいことがあるんだよ……ちゃんと自分が納得できないと……生きた心地がしない。もう本当に、本当に無理なんだよ……父さん……父さん……!」
僕の目にも涙が少しずつ溢れてくる。
どうかお願いしますと祈るような気持ちで兄の隣、土下座のような格好で頭を下げる。涙が滴り落ちて絨毯にぽつんと染みが浮かび上がってきた。
「……そうか」
父さんが静かに言う。息子2人にここまで言われて何か思ってくれたのだろうか。
「今日のところはもういい。だから……途中で諦めるんじゃないぞ? 自分で決めたことだからな」
「父さん……!」
「あなた……」
母さんもやっと緊張が解けたのか、やわらかな表情となる。兄は俯いたままで少し震えていた。僕のために……滅多に顔を合わせない父さんに言ってくれたんだ。
「兄さん……」
「……」
「ありがとう、兄さん」
呼べた……兄さんって。
一体何年ぶりだろうか。
兄さんは俯いたまま首を振っていたが、ちらりと僕を見る。そしてほんの少しだけ、何かから解放されたような安心した顔を見せてくれた。
※※※
(奈々美視点)
三者面談の翌日、いつも通り学校へ行く。
隣にいる竹宮くんは……昨日より元気そう。
私が竹宮くんを心の中で応援していたのが、伝わっていたら嬉しいな、なんて。
「梅野さん」
竹宮くんに呼ばれる。
何だろうか。
少し話せるようになったとはいえ、やっぱりドキドキするかも。
「三者面談、どうだった?」
「あ……えーと……」
竹宮くんに三者面談のことを聞かれたのに、私の頭の中には松永先生の顔が思い浮かぶ。嬉しかった。ノートまとめが綺麗だって言われて。
「の、ノートまとめが綺麗だって松永先生に……」
「え?」
あ、しまった。松永先生と四者面談になってしまったことがわかったら変に思われちゃうかな?
そう思っていたけれど、竹宮くんは思い切り笑っていた。
「ハハ……僕の時も来たんだよ、松永が」
「え? そうなの?」
「おかげでうまくいったんだ」
竹宮くん……うまくいったって……。
そもそも受験で悩んでいたんだっけ?
確かに昨日は元気なさそうだったから、きっと竹宮くんなりに何かあったのかな。
「私も松永先生がいたから……嬉しかったかも」
「へぇ……」
※※※
(竹宮くん視点)
まさか梅野さんも四者面談状態だったなんて。
松永って何考えてるんだろう。
僕は助けてもらったけど、梅野さんも助けてもらったのだろうか。
だけど……。
「私も松永先生がいたから……嬉しかったかも」
そう言う彼女はまた少し顔を赤くしている。
松永の前で見せるあの表情だ。
何だよ、松永がいたから嬉しかったって。
というか、彼女のことがここまで気になってしまうなんて。
夏休み前に僕の中で――何かが少しだけ、揺れたような気がした。




