第17話「プライド・バトル」 Part8
「おい手を出すな!これは僕の……」
「ごめんなオリヴィア!貼り直すからさ!」
トリファーの主張を無視し、バリアの砕けた部分をテックマトン越しに指差す。
【バリヤー】を再度使うオリヴィアは仕方ないなといった溜息ながらも、表情は穏やかな笑みであった。
「……君、女性に弱いんじゃなかったのか」
「へぇ、そうだっけか?よく知ってるな。ほら、始めるぞ!」
「生憎弾切れだ」
「なら話は速いな!」
ハリーのテックマトンゼロの両腕から光る刃が延びる。
トリファーのテックマトンも左腕の刃を出す。
「行くぜぇ!」
一気に突撃!計算高さなど無いシンプルな力押し、それは2つの1対1を形作り鍔迫り合いを発生させた。
「クロウ!そんな爪楊枝でこいつに勝てると思ってるのか!?」
「重いっ…!」
魔法動力を利用した強引なブースト機動での追跡に、クロウはついにもう片方の剣ヒュッペリィカを抜き双剣での防御を行う。
剣一本の戦法を採っていただけであり加減していたわけではないが、本来の戦法ではあるためより強固な守りとなる。
しかしハリーもよく鍛えられたバスター、それも魔法能力を増幅するテックマトンゼロも併用しての攻撃。各種スキルを使わず封印しているクロウは守るだけで精一杯だった。
「降参しろ!僕の勝ちだ!」
「負けず嫌いでは……あるん、だよ、ねっ!!」
対して魔法要素の一切無いトリファーの攻撃はテックマトンの重量に任せた強引な圧し斬り、模擬弾とは違い出力のリミッターのようなものは無い。
しかしナノハの本領に踏み込んだことが敗因だった。
重量による勢いはナノハに後ずさりをさせたものの、力が宿ってしまえば馬力のつり合いは容易に崩れてトリファーは逆に押され弾かれた。
戻ってクロウ、こちらは彼女のはっという閃きで終わった。
力を抜いて受け流すことで、魔法強化の剣が滑りブーストが転ばせる。
「僕の勝ちだ」
「これで終わり!」
結果、バリアに2体のテックマトンが衝突。パリンパリンと割れるように崩壊していった。
2人はそれぞれの相手に乗り上がって剣先を向け、勝利を宣言する。
観衆は黙ったままだが、少しすると徐々に仲間内で話し始めていく。
なんだか滾ってきた、もう少し頑張ってみよう、いい夢を見させてもらった、やっぱり魔法には勝てないんだ……。
前向きな話題だけではないが、確かな変革がそこにはある。
「……ふぅ…気は済んだかな?」
「…………さぁな」
仰向けのはずのトリファーの表情は、キャノピーの反射光でよく見えなかった。
「お姉ちゃんすごーい!」
「おっ!へへへ…、ブイっ!」
「……得るものはあったかい?」
「胸の中に仕舞っておきます」
余韻に浸るサイネリア姉妹をよそにストックはオリヴィアの想いを訊いてみたが、その答えは想像に任された。
ただ少なくとも、悪い印象ではなかったようだ。
「……あ゛ぁ゛~~っ負けた!!くそーっやっぱ俺には撃つ方が合ってるんだよ」
「僕としては素早く終わってくれて助かるけど」
「なんだよーっ!それじゃ俺が弱い、みたい……」
「ふーっ……」
激しい運動をすれば汗はかくもの。
テックマトンゼロを脱ぎ捨てたハリーが間近で目にしたものは、決着がついて一息というクロウの火照った頬と滴る雫、そして息遣い、疲労感から来るアンニュイな表情……。
「あっ、あ、その……なんてーか、ええと」
「二重人格か」
トリファーもテックマトンを脱ぎ、辺りを見回す。
野次馬の話声は混じり合って個々を判別できない。だが、少しマシになった、という印象が見受けられた。
そう感じるのは、トリファー自身も何も考えず夢中になって戦ったからだろう。
「どうでした?こうやって思いきり戦ってみて」
鎧と武器を仕舞ったオリヴィアが訊く。
「一応言っておくけど、僕は機械をいじっていれば、それだけで充実した日々を送れるんだ」
「そうですね」
アルキテクのPCは当然、大変革より前の彼を知っている。
彼は機械の改造や開発が趣味のインドア派少年。しかしその趣味こそが野望への道でもあった。
「……でも、少し“マシ”になれた」
楽しみは次第に野望に呑まれ鬱屈と沈み、いつしかただの手段へと堕ちた。
「それで……なんだっけ。あいつ……クロウ?」
「ええ、クロウさん。壁を壊し――」
「あっちは?」
その形が変わったわけではない。彼の心の拠り所であったはずの行為を特別な目的も何もない純粋な興味関心へと回帰させた、そういう結末はまだまだ先の話だろう。
「ナノハさん、でしたね。クロウさんの相棒という噂以外は聞きませんが、かなりの腕ですね」
しかし彼はストレスを解放するように思いっきりぶつかることでモヤっとした思考を晴らし、“マシ”になれた。
(言いっぱなしの小言で終わらせない、こっちの全部を受け止めてくれた二人、いや……)
「よう、負けちまったな」
「すぐに追い越す」
トリファーの見据えた先には、レールキャノンやマシンガン、テックマトンの踏み込み等によって砕かれた道路を補修するクロウとナノハの姿があった。
ストックがあれこれ言っていることから、彼女が言い出したことなのだろう。カンナも二人を手伝い破片を集めている。
そこには、つい先ほどまでの戦士の姿は無い。
「おーおー、最初会った頃を思い出すなぁ?」
「僕にはその“最初”が少なくとも30万個はある」
「んあ?どゆこと?」
「すぐに戻って作業する。何が起こっても僕は変わらないんだ。街は元に戻す、バスターよりも僕らのメカが強いことを証明する」
変わらぬ野心を持ったまま、時間が惜しいと早口で現状を説明し去ろうとする。
「おい待てよ、お前のそういう……」
「手伝ってくれ、“約6万人目と約23万人目の相棒”」
「ト…トリファー……!」
「おまっ……!そこはもっと細かく覚えておくモンだろぉ!?」
「うるさいな……工房出禁にするよ、大体君の装備の扱いは……」
「あんだとー!?」
こんなもの作ったところで、無駄だって分かってる。でも、今更止まれない。
彼はかつてそう言った。
それは技術の限界を嘆く挫折の念だった。
バスターと魔獣の天上決戦に脚を踏み入れられないというコンプレックスの存在。実際はバスター以外も魔獣を倒すことはできるが、その効率はバスターに遠く及ばない。
その差が、むしろ彼らに絶望を齎した。
しかしナビキャラであるトリファーの物語は、とうの昔に完結している。
彼の作ったマボーグが、テックマトンが、その顛末を物語っていた。
自らの力を越えたかった壁に託し、ボルツェンカボーネを倒すために人々と心一つになるまでの道のりを。
その関係性は大変革により一度リセットされたが、彼の本心から件の心の絆は消えきっていなかった。
今更止まれない、それに……。
そう念じた彼の心情は、気に食わない世界の破壊という目的と混じり合っていた手段よりも、誇りで満たされていた。
(僕の挑戦はこれからも続いていく)
そこに変革の意志はあれど、陰湿で暴力的な影は消え去っていた。
その攻撃性を肯定はしない。
しかし想いからなる変革を否定することもしない。
抗いたければ抗え、それが…えっと…こう……な、なんだっけ?(台無し