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第2話「キャラの一人歩き」 Part5

「……」


 クロウはとにかく歩いた。


 先ほど見て回った場所や、まだ見てない場所。

 気晴らしなのか、何かから逃げたいのか。


 途中、PCと話すこともあった。


「……」

「…………」

「大、丈夫……?」

「じゃない……」

「う、うん……どうしたの?」

「フレンドの奴に元気になるからって連れてこられたんだけど、主と買い物してた時の記憶がよみがえって、うわぁぁぁん!!」

「わわ、じゃあ行くね、僕…!」



 共に歩んだ者との永劫の別れにより悲しみに暮れる者。



「あっ!貴方はトッププレイヤーPCのクロウさん!」

「え、知ってるの?」

「当然ですよ~!クロウさんと言えばロスマギ有数の実力者、そしてその中性的な甘いマスクに実は男という……」

「僕女だけど」

「自分のこと僕呼びなのもポイント髙ってマ、マジですかぁ!?クロウさんならこのボク、ムルムルの野望・オトコのコ<男の娘>アイドルデビューにかなりの箔を付けてくれるだろうと思っていたのですがぁぁぁ」

「ああ、うん、残念だったね?」

「マスターから隠れた女装趣味と設定されていたためようやく気兼ねなく女装できると思ったけどもしやこれもマスターあんたの企み」

「そこまで考えてるとは思えないよ流石に……」

「仕方ありませんね、別の人を探しましょう……ああ、同志が欲しい…………」

(なんでアイドルである必要があるんだろ……)



 共に歩んだ刻を束縛と捉え自由を解放していこうとする者。



「む、道を塞いでしまったな」

「気にしないで。……ウインドウ?君はPC?」

「そういう部類になる」

「何をしているの?」

「いつも通りだ。ここで戦いに役立つアイテムを探している。無かったら難しすぎない依頼で鍛える」

「安定してるって感じだ」

「戦って力<レベル>と熟練度を鍛え、消耗した道具<アイテム>を買い足す。世界が変わろうとやることは変わらない」

「ふーん……」

「俺達はずっとこうしてきた。そして、こうし続ける」



 変化しようがしまいが変わらずに過ごす者。



 三者三様、プレイヤーたちが作ったものはその意志とは無関係に各々の個性と目的を持っている。



(じゃあ僕は何だ?)


 元々そこまで決めていなかった。それどころか考えたことも無い。


 強いて言うならばゲーム時代同様にバスターを続けようかという漫然とした思い、だがそれも獅子の魔獣に苦戦しただけでトッププレイヤーがなんだという委縮を生んだ。


 いつからあるかよくわからない「自分の意思」が、もしゲームが始まった最初からあったのならば、恐らくはずっと忘れてしまっていた根源的感情が浮かび上がって来たということなのだろう。


 強力なレイドボスにすらどうせ本当に死ぬわけじゃないと思いながらトライ・アンド・エラーをしてきた。ゲームなのだから当然だっただろう。


 それが空想<ゲーム>でなくなった「本物の獣」を前にして急に現実へと引き揚げられる。ならば思うは一つ。


(やば、近ッ――)

(バクッ、バクッ、バクッ、バクッ)

(ひだり、みっ、まんなか……)

(バクッ、バクッ、バクッ、バクッ)

(力、入らな)

(バクッ、バクッ、バクッ、バクッ)

(これ、噛む音じゃない)

(バクッ、バクッ、バクッ、バクッ)

(僕の心臓だ)


 生物が忌避し続けるその概念を、野生が常日頃逃げ続けているその概念を、大きな獣にのしかかられたその瞬間に意識した。


 コマンド一つじゃ避けられない、獲るか獲られるかという命の危険……バスターがこの大変革と呼ばれる世界の変容に於いてまず最初に突き当たるだろう試練だ。


 戦う者ならばそれぐらいの覚悟と割り切るには、普通の人間すぎた。


 雑魚を圧倒できても、経験値を溢れさせても、それらは覚悟とは全く無関係のもの。真の強者であるかどうかとは全く別なのだ。



「僕は……どう、しようか……」


 周りには多くの店がある。港付近の出店に売り子として紛れる道だってある。

 何も命を賭ける必要は無いんだ。



「携えた武器は飾りか?サザン・エア・クロウ」


 突然、後ろから声をかけられた。



「誰?」

「同格のプレイヤーぐらい覚えていてほしいもんだね」



 ローブを纏い、つば広の帽子を被ったタバコ吸いの男。いかにも怪しい人物。

 とはいえそういうスタイルのPCが少ないというわけではないのだが。


「心当たり…無いんだけど」(同格なのかなぁ…?)

「風魔法を極めし者ツイスター・トルネードだ!覚えておけ!まぁ初対面みたいなモンだから仕方ない」

「なら何で怒鳴った……」

「ツイスターでいい」

「う、うん…」


 暴風のような名を名乗った彼は、クロウのことをよくよく見ている。


「な、何」

「意外に派手な鎧だな、クロウさんよ」


 風男と似たローブを纏っていたが、隙間ができていたようだ。

 その亀裂から青、白、時々赤、そういった明るい色が僅かにはみ出している。


「別にいいだろ、自分が着るものぐらい」

「トッププレイヤーのことは一応マークしている。お前さんの防具は黒い、最高級の装備だったろ。……アレどうした?」

「赤の他人、それもストーカーに話すことは無い」

「“玄のサザンクロス”」

「!?」

「“あの時”我が主も参加なされていた。ハッキリと覚えているさ、あの巨大な十字斬り」


 シアーズの言っていたのはコイツだろうかとその二つ名呼びからぞくりとなるが、どうやら二つ名発祥の1人だったらしい。逆にほっとなる。


 いや、ホッとしてどうする。黒歴史感があるから広めないでほしいと考えているのに。



「……それで、そんなこと並べて何がしたいの?あと玄のサザ…その呼びは勘弁して」

「迷ってるようにしか見えなかったからだ……もっと言えば、“覇気が無い”」


 持参しているコンパクトな皿に吸殻を擦り付け、火種を無くす。


「俺は主のことを敬愛している」

「うん?」

「他の奴らの主のこともリスペクトしている」

「はぁ」


 主、つまりはプレイヤー……クロウもユウのことが脳裏をよぎる。

 クロウにとってそれは大切な相棒、家族と言ってもいい生みの親。


 ……だから、この派手な鎧を付けている。ユウと初めて作ったこの装備を。


「主はこのゲームに戦いを望んでいた。俺を作ったのは戦うため、そうして楽しむため!風で戦うことを好み、風の力を極めた!」

「もっと簡潔に」

「ぐっ……お前には、勝ち逃げされたくないということだ!」

「は…?」


「セレマ勢トップクラスの実力を持つ、めんたい娘、ああああ、ヒトシ、そして、お前!!」

「勝負する気なんてない。除外して。それにもっといるでしょ?えっと……Doo…なんだったかとか、JKって字にいやらしい文付けた名前の人とか」

「そいつらはおかし過ぎる。比べる方が馬鹿だ」

「うん」



 魔獣と戦う戦士バスターであることもそうだが、何よりPC自体が憧れや羨望、風刺の的に特になり得るため、PC同士の会話ともなれば大なり小なり注目を集める。

 徐々に語調が白熱していくとともに少しずつ此方に視線を遣る者が増えていく。



「ともかく、俺は、お前達の力を乗り越え、我が主こそが最強だったと証明したい……!」

(本当のトッププレイヤーを例外扱いしたのちょっと気になる)

「だから、ここでバスターを降りられては困るんだよ」

「だから関係無いでしょ、ほっといて」

「いいやほっとかないね」


 そう言いながら風男はクロウにつかみかかった。


 魔法を極めたとは言うがきちんと育成されたPCのバスター、力を抜いていたクロウを留めるには物理面でも十分な力だ。


「あんたは自分を作った主に何も感じてないのか?お前の主も何か目的があってお前を――」

「ゲームだったんだ、僕を歩かせ戦わせて楽しむ以上に目的なんてあるか」

「その物言い…例え言葉の綾だとしても主を毒親扱いしてるみてぇでヘドが出るね」

「ユウはそんなんじゃない!」

「なら何を迷ってる、今まで通りにすりゃあいいじゃねぇか」

「戦うのが怖くなった、おかしいか」

「じゃあくろくなれ、サザンクロス!本気の鎧でないクセにビビりやがって…」



 もうワケわかんない。いっそと振り払い振り返ると


「ママ、あのバスターさん達喧嘩してるみたい」

「そうねぇ……」

(…吹っ掛けてきたのはあっちだ)


 今度は別の一団から聞こえてくる。


「バスターも人間だからなぁ、こういうこともあるよな」

「でもさっきカモメ握り潰した奴といい鬱になってた奴といいこの言い争いといい、立て続けに見せられたら不安だよな……」

(関係ない、関係ない)



 すると周りの雰囲気を見かねてか、ナノハがクロウへと合流しに来た。


「ねぇコレなんの騒ぎ……?」

「知らない。変なのに絡まれたのを見られてた」

「うっわー周り全部野次馬なのかぁ」



 ヒソヒソ話、の音量ではない会話はまたもクロウの耳にまで届く。


「こんなのが本当に俺たちを守ってくれるのかねぇ」

「……」

「聞いちゃダメだよ。クロウがやりたい事やればいいんだから。さ、行こ?」

「バスターなんて初めて見た気がするけど意外と荒くれてんだな」

「……」

「門や組合の周りに住んでる人の方が理解してるの知ってるでしょ?まずは戻ろうよ」


 ナノハはとりあえずクロウの耳を塞ぐ。しかし現実化に伴いPCの能力は変化している。常時発動の能力、謂わば“パッシブスキル”も、戦地でなくとも発動するようになっていた。


 今クロウを煩わせるものはその内の一つ【ハイド&シーカーズ】、その最大レベル。隠伏捜索同時に支援するその力は第六感とも見紛う鋭さで、攻撃力を当て・避ける機動力に重きを置いたクロウには重要な能力である。


 だがそれも今は鋭敏な感覚として同化、よって無効にできないゆえ耳栓等は役には立たない。



「何が人類の希望だ、やっぱそんなのに頼ってらんねぇだろ。というか本当は魔獣も銃で十分なんじゃねぇのか?バスターだなんてもの子供の妄想だろ」

「おいお前言い過ぎ――」

「そうよ、言い過ぎなんてことは無いわ。プレイヤーに娯楽のためだけに作られたヒト達よ?そんなの信用できるわけ」

「レディースエンドジェントルレディースエ(あんちゃん)ンドジェントルメン(じょうちゃんよぉ?)



 人の声とはよく通る。ハッキリと喋る言葉ほどどんな音をも貫き通す。

 それらに打たれていた耳を静めたのは、それまで言い争っていたツイスターその人だった。



「聞き捨てならない文句が聞こえたんでなぁもう一遍言ってみな」

「……な、何だよ本気にしてるのか」


 毒づいていた一人は素早い接近に思わず震えが出る。それは周りにも伝播し、止めようとしていた者バスターに好意的な者も思わずぶるっ、と振動せざるを得ない。


「言霊は侮れないぞ、とは俺の主の言葉だ。お前さんが本気でなくともしっかり本意として伝わっているだろうな」


 一旦言葉が途切れ、そのまま何処かへ行こうと見えた隙に、その一人が言い返そうとする。が、その寸前にまた近づいて続ける。


「ぁそれとな?ただの妄想や遊び道具で俺達を片付けるのは筋違いだぜ。確かに俺達ゃかつて遊び道具だったがあんたらもその小道具のために造られた妄想だ。唾撃ちたいんならそれぐらい自覚しな」


 ツイスターの行動で反射的に辺りはしん、と静まっている。


 彼の言葉はそのため幾人にも聞こえ、クロウとナノハの耳にも届く。


「分かったら俺らの主をただの遊び人のように言うのは止してもらおうか」

「だ、だがなぁっ」

「ま・どしても信用できないんならどうぞもう頼らなきゃあいい」


 そして水平線の向こうを指差し一言。


「海から新種の魔獣とか出ても自分で何とかしろよ」


 ――同時に去る。


「今の俺はPCとの勝負にしか興味が無いからな」



 セレマは海路による輸出入も盛んだ。しかし、設定上海上に、というよりジーディス大陸の外側に魔獣が現れた例は無い。ボルツェンカボーネの影響力はあくまで大陸内に留まっていたのだ。


 しかし「世界が出来てしまい」、もうそんなことは言っていられなくなる。本当にボルツェンカボーネの影響はもう無いのか、あったのならば本当に大陸内で収まっているのか。の神の話でなくとも、魔獣が自らその生息域を広げたりはしないか?……そもそも、そう考えている時点で強力な獣に我々は怯えていることになる。


 集まった野次馬は、特に海を行き来する船乗りや商人などはそう自覚せざるを得ないのであった。



「よくわかんないけど、やるねぇ」

「……うん」


 人々を黙らせ嵐のように去るツイスターのことを、クロウは少し見直した。


 ……原因もほぼそのツイスターなので、若干釈然としないクロウでもあったが。



「親がどうして俺達を作るのか、作って何をしたいか本当の所は聞いてみねぇとわからねぇ。だがな、“そんなんじゃない”と堂々と返した時点で……お前ン中じゃもう分かってるんだよ。少なくとも、そこだけは。その調子でバスターやる気も取り戻してくれよ?サザン・エア・クロウ」

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