第15話「黄金のかたち」 Part8
「さて、コウシロ屋代表取締役・越奥 有右衛門。あなたは目耳所をはじめとしたバスターと関わりのある店をあの手この手で取り込もうとし、そのために嫌がらせのようなことも多数行わせた。更には軍の一派からバスターに不満を持つ者を唆し、忍びの傭兵まで雇っては都合の悪い勢力を消しにかかる。この許し難い所業の数々、不届き千万!」
元首自らが、独自に調べたと思しき罪状を連ねていく。
その中には目耳所の受けた被害まで含まれていたため、百万石親子は想起によって微かに顔をしかめた。
「……ええそうですよ」
しかし企みを看破された越奥は先程の焦りのまま引き下がることはなく、むしろ開き直ってぺらぺらと全てを話し始めた。
「世界に多く存在するバスターを顧客に引き入れ、あわよくばとエクストーンまでやってくるとなれぁ例え妖化生の類だろうと魂を売り渡そうもの。商人なんですよ当たり前でしょ?」
その理由は背後にあった。
クロウの感覚ですらも察知できない隠密行動。越奥の視線が奇妙だと気付いてようやく、先程の忍者集団が戻ってきたと知る。
忍者は建物の上から、突入のタイミングを見計らっているようだ。
「外道が……」
次郎の口から、ついに直接の罵倒が漏れた。
越奥はそれを気にせず、悪事をばらした興奮かそれとも今後の不安なのか少し震える声で次の道を選ぶ。
「どうせ此方に降らない者を消すための根回しよ。今ここで貴様らを消せば真実は闇に葬られる。勝てば官軍我らの天下じゃ……者共!我らコウシロを仇名す曲者じゃ!出合え、出合え!!」
越奥の一声で、一体どこに隠れていたのかどこからともなく大勢の武士が一か所に集まってきた。
それはさながら時代劇の終盤。悪党が乗り込んできた相手に対し、数にものを言わせて制圧することを狙う悪足掻きだ。
「盛り上がってきちゃったね」
「殺さないでね。できる?」
「私の名刀“アルシアロージア”の、峰打ち戦法が火を噴くわ!」
「だからそれ峰ないでしょ」
ナノハがいつもの大剣を掲げ、クロウも双剣を構え直す。
「ハナは大振りだから二人は僕の後ろに」
「は、はい」「分かった!」
「私利私欲にて世を乱す悪鬼……遠慮はいりません、懲らしめておやりなさい!!」
口火は切られた。クロウとナノハと乾と笹原の合計4人が、百万石親子と信国を守りながら目測20人近い軍勢と斬り合う。
さらに、それに加勢するは忍者の集団。大勢の武士と一緒くたになり、策略も無く襲い掛かる。
迎都市庁直属の護衛という肩書に偽り無し、迎え撃つ彼らは丁寧かつ神速な剣術で攻撃を受け流しては崩れた型の隙を突く。
今度こそは指一本とて触れさせてなるものかと意気込むその実力は、要人護衛が足枷とならないほどの阿修羅の技量であった。
一方でその敵というのは大勢で掛かってはいるものの統率が取れておらず、同士討ちやかち合いを恐れて一人一人順番に切りかかっていく。先の忍者の連携とは雲泥の差、数を活かせない集団は次々と始末されていく。
しかし忍者の連携の方は未だ健在、同時攻撃でクロウを襲う。
だがクロウはここに来てやむを得ないと魔法を解禁。ただでさえ高い自らの速度が白い光と共に増加、同時に切りかかる忍者をそれぞれ弾き返し小技とばかりに差し込まれた投擲物も墜としてしまう。
「くっ」
「クロウ殿!」
窮地を脱したはずのクロウが突然膝をつく。
その様子に、クロウの後ろで芋煮子を護るように構えていた次郎も心配の声を上げる。
【アクセラ】……魔法以外の攻撃速度を上げる魔法。
Lv.5と習熟度の低かったクロウのものですら大きな消耗に襲われてしまう、欠点の多い魔法だ。
「やらせないよっ!」
反動で隙を晒してしまったクロウをフォローすべく、大剣を思いっきり振り回す。
勢い余ってぶった切ってしまわないよう横向きに殴りつけ、剣の大きさに油断した忍びの者は避ける間もなく吹っ飛ばされてしまう。
「どうせなら、私が殺すんだから!」
「なんで!?」
戦闘は続く。鳴り響く金属音、短い断末魔と共に倒れる武士。
峰打ちといえど人間を気絶させるほどの攻撃、威力は高い。斬られていないように見えても、時々服の下から赤い染みが滲む。
乾と笹原は自らの未熟を感じながらも、着実に敵の数を減らしていく。
「……こ、この隙に…」
「【ピュア・レイ】!」
「ひいぃっ!!」
立ち直ったクロウが、逃げる越奥の進路へ咄嗟に光線を出す。
「とりゃあっ!!」
最後の一振りと言わんばかりにナノハが集まった敵を大きく薙ぎ払う。
(キィン!キィン!チャッ!キィン!)
(キィン!ズバッ!)
(ズバッ!)
乾と笹原も、戦意を失った者を除いた残存戦力を全て倒し終わる。
けしかけられた多勢は呆気なく処理されていき、あっという間に戦闘力を持たない首魁の一人を残すのみとなった。
その手駒の全てを失った越奥が何をするかといえば、
「そうだ、か、金ならある!交渉だ!交渉をしよう!」
資産を掛けた命乞いであった。
「そんなもの、ここにいる誰もが聞かねぇよ!」
芋煮子が彼に言い返す。
「あっしが欲しいのはね、金と書いてカネと呼ぶ物じゃねぇ!……この人達みたいな、金は金でも黄金のような“心”だいっ!」
「こ、こころ……?」
辞世の句のように交渉を叫んだ越奥は、それが何なのか分からないと呆然とする。
それはまるで、この手の論理どころかその単語自体を初めて聞いたかのようであった。
「コウシロ屋越奥!」
「!!」
「今後のことは都市庁より追って通達するゆえ……それまで大人しくすることだ」
「は、ははぁーー……」
信国による宣告にとうとう観念した越奥は、思わず土下座の体勢を再び取ってしまうのだった。
「さて、芋煮子さん、次郎さん」
「お、おう!いや、はい!」
「なん、でしょうか……」
「直訴なら、受け取りますよ?」
「えっ、あ、は、はは……」
そういえば、ここまで来たのはこのシパンガの玉座に座る者へと直接訴えを申し付けることではなかったか。
その“玉座の者”が今ここにいる。その上、直訴しようとしていた問題が、今ここで解決してしまった。
少しからかうような信国の申し出に、相手の地位の高さによる緊張もあるが、なんだか気が抜けてしまったと次郎はぎこちなく苦笑を浮かべる。
そしてそれに釣られるように、一同みな高々に笑いの声を上げるのであった。
死して屍、ろう!ろう!ろう!ろう!ろう!無し……
死して屍、ろう!ろう!ろう!ろう!ろう!無し……(誰も死んでない)




