第15話「黄金のかたち」 Part4
第15話のテーマは割と「印象」かもしれない
屋根付きの市場を思わせる巨大な店内には、様々な商品がある。
店自体の規模に見合う豊富な種類を取り揃え、特に日用品や食料品が多く見受けられる。
ただそれだけにとどまらずバスター専用に設えた回復薬や武装のような、一部“アイテムとして”見覚えのあるものが並んでいる。
それも、「かつては別の欄に入れられたもの」まで。
(……“エクストーン”)
この世界では物語にあまり関わらなかったが、特別な貨幣としても扱われた希少な鉱石。
謂わば「課金通貨」である。
「茶を出そう。この辺りで飲まれているものだ」
「ああ、お構いなく」
「こちらつまらぬものですが」
「ああいやそんな」
この流れに若干の既視感を覚えつつ、更には高そうな甘菓子をつまらないとの酷評の上で差し出されるという今までにない接待のために、戸惑いまで覚えさせられるハメになった。
ここはどことなくやさしい匂いを感じる、畳の間。
店の中には畳を敷いた区画も多いが、ここはより落ち着いた和の部屋であり、クロウもこの場所の役割が応接室であることを直感するに至る。
「――改めて、よろずや目耳所の店主、百万石 次郎と申します」
「ああ、ご丁寧に……」
ふぅと一息つきながら彼は話を切り出す。
先の事から少々の時間が経ち、敵対している相手はいないと知ったために、その物腰も和らいだ風に見えた。
「娘のこと……芋煮子のことはひとまず任せます。本来なら、こちらで探させるのですが」
「悪い事をする子では……」
「?」
「あー…大丈夫です」
色々騒ぎを起こしている印象があるため、ナノハのことを手放しに肯定できず発言に間が空いてしまう。
それでも、親の心配を助長させるものではないとして、大丈夫だとハッキリ答えた。
「……私の娘は、ナビキャラ…なのです」
香ばしい湯気の、暖かいお茶。
クロウの前にそれを置くと少し悩み、重々しく口を開けて述懐を始めた。
「“よろずや目耳所”……そうだ、シパンガで買い物といえば、ここがあった」
「存じておられましたか」
「シパンガ自体多く訪れたわけじゃないけど、覚えてることもある」
「では話が早い」
同じ頃、ナノハは芋煮子を見つけていた。
「なんでぇ、なんでぇ……!」
「わー…、やっと見つけたぁ」
彼女は来た道に背を向けたまま、暫し立ち往生といった姿だ。
「気にすることないよ、お父さんもきっとあなたのためを思って……」
「それぐらい分かってらぁ!」
「えっ……」
しかしそれは、父の叱咤に納得してないという事情のためではない。
「こんな、すぐ口出ししちまう性分だからさ……いや、もっと柔く言ってくれってのも思わなくもないけど、その……たまに自分が恥ずかしくなっちまう」
さっきまでの勢いとは違う、少しすぼんだ気持ちが漏れ出た。
直情的ながらも親とは通じ合っていると彼女は示す。
一通り吐露し終えるともう済んだ、とばかりに振り向いて、今度は愛らしい微笑みを見せつけた。
「父上は口はあんなだけど、すっげぇやさしいんだ。いつもあたしを想ってる」
「そうなんだ」
少し羨ましそうに、ナノハは相槌を打った。
「――芋煮子はナビキャラであり、且つこの店の看板娘。“石”なるものに振り回された一人です」
「あー……なんとなく…なるほど」
“あの頃”、そういえばそのようなことで度々騒いでいたな。
そんなことを思い浮かべた。その騒ぎが、健全なものとは思えなかったことも。
「人は、何かが起こった時…その理由を追い求め、時にはそれと近しい位置であれば容易に悪と見做す」
ゲームに関わることで何か不都合なことがあった時、その恨みが向かう先というものがある。
鬼畜、悪魔、黒幕、一種のブラック・ジョークともとれる不名誉な称号は、世に多く流れ出る“ネタ”や“ミーム”の定番のひとつとして定着しやすい。
これに関わらずそういったものが本人へと齎す精神的損害は、「それだけ注目されているという証だから」「本人が気にしてない、むしろ利用すると言っているから」しばしば無いものとして扱われる。
「私は、だからこそバスターと関わりたくない。関わらせたくない」
彼女こそがその嘲笑の中心に置かれているというならば、彼女……その娘の父親という存在が、強い心配の心を覚えることは必然であった。
「特に、“PC”には」
よって強調する。娘を辱める憎むべき種族を。
しかし、本来はPCの向こうにいるプレイヤーに向けられるべき憤りがPCに向いているというのは、意外と親に似る子が多いということなのかもしれない。
プレイヤーが彼らの聖典、とは行かないまでも大きな影響を与えているのは確かだ。
だがどちらにせよ、NPCはPCにのみ語りかけるプレイヤーなる存在を知る機会に乏しい人々ではあった。
その恨みが第四の壁を越えることは無い。そういった本質を理解できる“PC”その人は、ここでその負の感情を食い止めるのが幸か不幸か決めかねていた。
そして、負の感情があるならば、影は光が無ければ浮かばないものならば、と感情神の落胤らしく正の感情とでも呼べるものを無理矢理見出そうとした。
「あっしはねぇ、あの店が大好きなんだよ」
改めて、日本人に多いようなブラウンではない金色の瞳の少女が、目の前の客人へと自分の感情をぶつける。
きっとそれは照れくさくてあまり言えないことなのだろう。少しだけその目を逸らして、じっとしていられなくなった身体そのままに鼻の下を擦る。
「目耳所はこんな世界になってから、今まで普通にやってきたのになぜか人手が足りねぇってんで、行きっぱぐれたりした人達も雇ってここまでやってきたんだ」
彼女の手指は次第に落ち着きを取り戻していく。
「そしたら、みんな大変なはずだったのに、いい笑顔をするようになって……そん時思ったのよ。これが……」
もう一息、軽く呼吸を挿む。シャイな仕草はもう欠片も見られない。
「これがさ、あたしの本当に求めてた…何よりも輝く“財産”なんだなって」
かつてその金の瞳孔が、黄金の貨幣へとコミカルに変化して見えた覚えのあるナノハは、湧いてきた感慨深さを、しみじみと享受するのであった。
「そっちの思いはわかった。でも、僕が本当に訊きたいのはさっきのあの男の人のことだ」
しかし、それはそれとして気になることはある。
想いの話は一旦終わらせ、単刀直入に訊いてみる。
「それについて、我々からもあなたに頼みたいことがあるのです」
「……関わりたくもない相手に?」
散々言っておきながらもこうして頼み事とは、とさすがに納得がいかない“バスター”はつい聞き返した。
「利用できるものは何でも利用する。商人にとって肝要なのは、差別ではないのです」
納得がいかないのはあちらも同じ。
また、最近何かと考える差別という概念を目的のためとはいえあっさりと乗り越えるその姿に、クロウは敬意を抱く。
ネガティブな意味にも捉えられやすい“利用”という言葉が、“頼る”に似た高尚なものに感じられたのだ。
そして、これに応じるために自らの頭をより柔らかくすることを意識した。
相手は娘の名誉を置いてこの依頼を託すのだ。はじめに不信を語られたからといじけずにこちらも歩み寄らなければ、無作法が極まってしまうだろう。
「サザン・エア・クロウ」
教えていなかったフルネームを、次郎は読み上げた。
「失礼ながらこちらの情報網にはあなたの人相も入っておりましてな」
実力者の一人クロウであると割れている。
そう告げる次郎ではあるが、いくら科学力のある都市とはいえ、別の都市のバスターをも特定できるというのは物理的に厳しいはずである。
そこにタネがあるにしても無いにしても、彼が相当な力――魔法の類に非ず――を持った人物であることは明らかである。
「バスターも相手にできる店、だったから?」
次郎はその通りだという返答を、1枚の和紙によって届ける。
「契約書です。貴方へ依頼を行うための」
セレマでは、いや、組合ではこの手の手続きはほぼ全て職員が代行してくれた。
これに何かをするのか?と思っているように間の空いた、少し不慣れな反応で紙を受け取ると早速内容を読み始める。
今回なんか長くなったし割と雰囲気変わっちゃうから前後編にしようかな・・・とも思ったけどまぁいいやこのまま行こーぜ




