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第14話「森の中のオラクル」 Part4

 彼はクロウの無事を確認すると更地の真ん中に、その場に座り込む。

 尻を激しく落下させるように思いっきり降りたため、小規模な地震が足元を襲った。


「たまに発散させる必要があるのだ。負の感情というものはよく溜まる……世界が変わってからというものの、この身の内から黒いものが湧き続けている」

「色々と、あったよ」

「そうか」


 ボルツはそれ以上を訊くことなく、肩をすくめたようなクロウとの間に須臾のしじまが流れゆく。



「ボルツェンカボーネ。いや、ボルツ」

「応」


 クロウから話を切り出した。強大な神様は今、聴き手として身を預けている。

 神とは傲岸不遜な生き物、というよくある流言はクロウの頭にも植え付けられていたが、彼の態度はむしろ紳士的であった。

 世の不平不満を一手に引き受けさせられているであろう見方によっては不憫極まりない巨影は、その背景にも関わらず親身な男である。


 しかし彼の行った発散とやらが“原因”である可能性が今は高い。態度の問題ではないのだ。


「魔獣が近寄らないはずの場所に押し寄せている」

「ほぅ」

「これはあなたの影響ではないのか」


 どちらかといえば責めるような物言い。

 一応怒りの魔は抜けきっているはずだが、聴き上手なボルツに対しやはりクロウというのは聖人君主にほど遠い一人なのだろう。

少し、熱が籠るような問いかけだ。ボルツはまだ容疑者に過ぎないというのに。


「…私も気になっていたところだ」


 負の感情の化身だという神は、落ち着いて応じた。


「どういうこと?」

「近頃、お前達の言うその“魔獣”に異変が生じていてな。私が生み出したものでありながらあれらは制御できない。が、それ以上の何かを私は見出しつつある」

「異変……」

「あれらの中には他の者が嫌うもので縄張りを区切る、そのような種も存在する。しかし近頃、それを破る者が少数現れた」


 他の魔獣の嫌う物質を用いて縄張りを、国境を作る魔獣。

 その習性を持ついくつかの種類をクロウは覚えているが、それ以前にサブの使っていた薬品もそれにあたる。

 それを積極的に侵す変異ということは、都市や都市の外に点在する村々も危険になってくることだろう。

 そもそもサブ以外は、例えば先日訪れた集落も、その物質を作るも使うもしていなかったが。


「その“少数”が、それ?」

「うむ。それは私に対しても牙を向けるため、先ほど発散の機会とさせてもらった。」

「自分の子供みたいなものじゃないの?」

「我らは人間に関わりある存在、見過ごしてはいられない」


 人々の間に生まれた負の感情を自動的に回収し、それが過剰に溜まってしまうことを避けるための行為……それを「発散」、と称したこともあってまるで家庭内暴力のような気配を漂わせてしまう。

 そのためクロウは痛く引くようについ半身を退けた。


「……でも、“少数”と言うには多かった。さっきの“群れ”も、あの家を襲おうとした“群れ”も」

「おそらく、伝播するのだろう。嫌う程度では足りない、もっと強い意志、行動力。それが。まだ私自身も完全に掴めてはいない、が……」


 少数の異常ながらも、その規模内に留まらない伝染性まで備えるという異変……分かっているのはここまでだと言い切ろうとしたボルツは、ふと心当たりを見つけ消えゆく語尾を作り出した。


「……モリオナ……」


 漏れ出た呟きは自身と対を為す白の女神の名だった。



「モリオナ、モリオナがどうしたって?」

「“彼女”には気を付けろ。そして、“揺らいだ獣”にもだ」


 思わせぶりで曖昧な警鐘のようなものを授け、巨体は立ち上がる。

 もう“物語”は終わったんだから率直に言ってくれよと、古風な情報提供に不満を露わにする。


「ともかく私には残念ながら時折こうやって散らす手伝いをすることしかできない。赦せ」

「どこ行く!」

「モリオナに……聞く事ができた」


 ボルツェンカボーネは、そのまま発ってしまった。


 結局のところ黒幕と言える原因は存在せず、ほぼ自然発生のようなものという結末に至らざるを得ない。

 その情報は森を長時間探索し反対側の出口にまで来てしまったクロウをよりくたびれさせてしまった。




「それでその人は……」

「自分の身体にそういうのがあることに驚いていてな、やはりこういうのは周知というものが」

「ハナ、サブさん、こっちだった」

「あ、おかえりー」


 クロウが戻ると、二人は平和そうに畑の管理。

 しかし周辺に抉られた跡が多いことから、平和の裏には惨劇があったものと見てとれる。


「どうだ、問題は解決できそうか?」


 クロウはその問いに首を横に振ることで答えた。


「むぅ……」

「簡単に言えば変異です。取り除けるものじゃない」


 変異。医者であり植物の研究も行うサブにとってこれ以上分かりやすい例えは無く、それが一つの原因で片付けられないものだとすぐ理解すると黙り込んでしまった。


 ここには大事な研究物がある。解析終了済みの物はともかく、途中のものも多い。そして、それはここでしか進められないものだとクロウらは聞いている。

 また、閉口の間、家を無意識の内に見つめた視線は、明らかな愛着を感じさせる。

 これも先ほど聞いた離れたくない理由だが、改めてその様を目にしてしまうと連れて往くことへの罪悪感がより顕著になる。


 しかしそれでも、生命は尊重しなくてはならない。

 そのごく一般的な倫理が感情というもう一つの尊重すべき要素を置き去りにさせて、サブの荷物を纏めさせるに至った。



「移動はハナの…ナノハのマボーグで。荷物は僕のマボーグに」

「うむ」

「行こ?」

「待て」


 サブは乗り込むのを止め、家の方向へ振り返った。


「森が言っている気がするのだ」

「森が?」


 突然放たれたスピリチュアルな言動。

 他の二人にはとても木々の土地が何かを伝えてるようには聞こえない。


「この地にはもう、近づくなと」


 伝わるのはただ、強まった風により枝が揺さぶられ葉が激しく擦れる、そういった音のみ。


「儂は……他の地で芽吹かせようとした研究は、間違っていたのか…?」


 彼には目的があった。

 しかし、長い研究を今無念と共に振り返ったことで無意識に思っていたことが浮上して来てしまう。発芽しない種が、多すぎたのだ。

 それは一人で住んでいた屋敷を手放すと仕方なく決めた心残りによって、行き着くところへ着いてしまった。


「誰だってそう思ってる。正解なんて言ってくれないから」


 クロウは、フォローを入れた。


「…すまんな、こんな時に。ただ少し……この騒動はこの森が自分を拒むために遣わしたような、そんな気がするのだ」

「行こうよ、生きてればまたできるんだから」

「……そうじゃな」

「そしてこれからは私のために薬を作るの!女の子の日のやつ!」

「台無しだよ、ハナ」

「よいよい。生きるとは戦い、避けられるものは避けたいものだよ」




 その老人を乗せたマボーグは飛び立った。彼はその後セレマにて希少植物の研究を再開、その傍ら薬師として人々に親しまれた。

 彼の新たな拠点は組合が勝手な引っ越しの責任として贈った空き家で、薬屋へと改装されていく。

 もちろん、そこにはナノハが顔を出すこともあった。

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