第14話「森の中のオラクル」 Part2
家の内部は小綺麗に整えられているが、先ほど駄目だと言った後に薬を持って出てくるまでに掃除をする余地があったとは思えない。普段から掃除や整頓が行き届いている証左だろう。
外から見た通りログハウスの木のぬくもりと呼ばれる雰囲気に心が安らぐが、身体的にダウンしているナノハに効く効果とは言い難い。
しかし時間が経ったことと先ほどの薬剤が効いていることから、落ち着きは取り戻せたようだ。
「うえー、あんなに目が回るのは初めてだよ」
「何か症状は残っているかね」
「せ、生理中で……」
「そんな時に無茶なことをするな!」
「するよ!」
「すみませんこんな子で……」
目の前で困っている人を見捨てず治療し、しかし生理中の上それによる不調の中敵陣に突っ込むような娘を叱りはする。
偏屈とは聞いていたが実際には良き先人という感想がクロウには見えた。
「バスターとやらはやはりこういうのが多いようだな…」
「多分ハナだけです」
彼の記憶には何かバスターに関わる事例が刻まれているようだ。
しかし、クロウは自分が見てきた大変革後の世界に無茶というよりは臆病という印象を持っている。
どことない行き違いが密かにあった。
「さて、改めて……何の御用かな」
看護が一息ついたため、本題に戻る。
現れた危機をちょうどよく表れた2人組が解決する、それをこんな辺鄙な場所で執行されては仕切り直した上で訊ねたくもなるだろう。
「さっきも言った通り、魔獣がここに迫っているからセレマに避難してほしいんです」
訳を聞いたサブの表情は優れない。
まるで目前の重大事項と両立不可能な別の懸念との間で葛藤しているかのように忙しない微動を繰り返す。
「もうここは安全ではない。早く支度を」
「しかし……」
「さっきハナが撃退していたことは分かっているはず、また戻ってくる」
その葛藤が声に出たかのように絞り出された迷いを、クロウが叩き切る。
「命が大切なのは医者であるあなたが一番知っているはず。さぁ行きましょう」
「な、ならん!」
それでもサブは押されながらも譲らない。
「もー、ヘンクツなんだからー…セレマの壁は丈夫だよ?」
「君は休んでなさい」
「とっととお仕事済ませたいの!そうやって誤魔化すのお年寄りだね!」
「ハナ」
「ふーんだ」
口が過ぎるナノハに低いトーンで注意を飛ばす。
素直に話すのはいいことだが、時節を弁えなければならないものはある。
「……でも、そこまで拒否するということは、何か事情があるんですか?」
「君は今まで住んできた家をある日突然捨てろと迫られてもそう言えるか?」
「え、うーん……」
少しの間クロウは迷う。
PCの家は大変革により番地が無造作に割り振られており、それ以前は全てのPCが全く同じ道を帰り道として認識していた。
そしてバスター業を続ける上で家を空けることも多い。ならそこまで愛着など……
「ごめんなさい」
思考の中でストックを見つけた。
家で待っている彼女の気持ちになってみれば自分の態度は明らかな冷酷とすぐに分かる。
「でも、それだけ重大なことであることも分かってください。僕らにも対応できる限度はあります」
以前の黒溶神殿窟への遠征はシアーズのようにクロウと同等かそれ以上かというバスターも複数参加していた。だがそれでも無傷の生還とは行かずに脱落者を出してしまった。
その経験を経た瞳はサブ老人という彼の設定に刻まれた経験のような何かを浮上させ、目の前の小娘への共感を生んだ。
「……ついて来なさい。そっちの君は大丈夫か?」
「重っ苦しいのが無くなったよ!!毎月買うよこの薬!!」
月のものの苦しみから解放され元気よく立ち上がったナノハを見て、サブの頬が僅かに緩む。
休ませている間に使用していた月経の負担を和らげる効果のある薬という、ナノハの目的そのものをサブは持っていた。
そんな手のひら返しのようでもある歓喜に一言「そうか」とだけ返し、彼は外へと出ていく。
サブ老人の向かう先は家の後方、そこには大と付くほどの規模ではないが広い畑が築かれていた。
「これは……」
「この子らのことを放っておくわけにはいかない」
「ここが愛おしいから、か……」
「それもあるが……」
サブは軽く見回して適当な植物を、よく実った果実を見繕い一つ摘み取った。
「この実はフシュケイディアで使われているものよりも高い効果を持つ頭痛薬に加工できる。しかも、その薬効の強さに関わらず副作用も無い」
「凄い植物、だけど」
「っていうかおじいさんフシュケイディア知ってるの?」
「元はそこに住んでた。昔都市を出ていきここにあった廃屋を…あの家だな。修繕して」
「ま、ま、ま、ちょ!いきなりそんな情報出されても!」
「たまにある話じゃろう。今はそんなことはどうだっていい」
森の奥の秘密基地がちらつかせた濃密そうな歴史に、思いもかけず驚愕させられるナノハ。しかしあっさりと流される。
思い出話に浸る気など無いというサブ老人は果実を腰に提げた瓶の一つに丁寧な手つきで入れた。
瓶を倒し、落とすでも転がすでもなく軽く挿し入れるように丁重に。
「この周辺は薬草類が多くてな、研究に向く。しかしこの“ヘントーダマシ”を始め希少で強力な植物もまた多く自生していた。個体数ではないぞ、種類がだ」
「貴重な薬草を、増やすため……」
「未だに半分近いサンプルが繁殖条件の特定に至れていない。ここを捨てればそれらは全て限られた一箇所でしか育たぬ幻の秘薬となってしまう。医者としてそれは見過ごせない。それに聞くところによればこの世界とやら自体が変わってしまったんじゃろ?それにより変異した点の究明も……!」
老人の背はひどく小さく、まるで世界というものそれ自体が行う理不尽に打ちのめされたかのようだった。
自生する希少植物を見つけたためとはいえ、何故彼がここに住むに至ったのかの過程は分からない。
しかし彼にも譲れないものがあること、この畑がそれであることは十分に伝わった。
「考えましょう。何か手はあるはず」
「どこまでも強情なお使いだな。ただ、魔獣がこの領域に侵入してくるのは気がかりではある」
「そういえば、魔獣はどうしてこれまでここに近づかなかったの?何か聖なる何かでも何かあるとか何か!?」
「“何か”が多い!」
「ああ、それはだな」
サブは提げていた別の瓶を見せる。中には赤褐色の液体が詰められていた。
「な、何か不気味……」
「研究の副産物だ。これを使うと獣も何も寄ってこない」
「『ハイドパフューム』みたいなものか」
その名前を聞いたサブはピンと来ていないような唸りを発する。
「魔獣から気配を隠す香水のような薬」と軽く説明してみると「ああ」と心得た。しかし、この液体はどちらかといえば虫除けのようなものだと彼は注釈した。
「だが、なぜ急に効かなくなったのだ?今朝も撒いたはずなのに……」
「そういえば、“そうなっている”とだけ聞かされたけど原因は聞いてないな……」
「むむむ……」
「そういうのをどうにかするのが君らバスターの仕事ではなかったのかね?」
「そう言われても聞く前に連れていかれたので……」
ナノハの方を見る。
「ン?も、もしかして私が魅力的だから!?」
「違う」「違う」
「のーーん……」
おそらく双方共に魅力を否定したわけではないだろうが、ナノハは分かりやすく落ち込んだ。




