第13話「ストレイ・アストレア」 Part4
「ああ。さてひと段落したが……妙だな」
「妙って、何がです?」
来た道を遠く見つめ、呟いていた。
「イーフォとウアトロの脚なら、もうとっくに合流できているはず」
「そういえばたしかに……迷ったんでしょうか?」
「いや、俺のマボーグにはマナの痕跡を撒く機能を付けていた。それを辿るよう仕込んでいるんだが」
本来なら着いてておかしくない2匹の従者。どんな長距離でもすぐに走破できるという説得力のある姿ながら彼らと未だにまみえない。
何かあったんだろうかと心配になるが、それは同時に強大な何かの存在を示唆しているように思えてならない。とりあえず指示を仰いでみることにした。
「そうだな、もう少し探索したいが……一旦様子を見に行くか」
ウインドウからマップを確認する。僕も覗いてみると、近くに2匹の従者を示すマークが浮かんでいた。
「ん?来ているな。まだ確認していない場所……」
「あの、ところでなぜ2匹の…従者さんは別行動なんですか?」
「“あの頃”みたいにパッと現れることができなくなったからな、思いっきり走らせるのを兼ねて…ちょっと“後方警戒”をさせてる」
「はぁ」
「あいつらも強いから問題ないと思っていたが、認識を改める必要があるな」
そう反省しつつマークの場所へと歩みを進める。僕もそのままついていく。
厚い信頼を置く従者に起こった異変のことを考えると不穏だけれど、ここまで来て引き返すわけにもいかない。仲間は助けなきゃ。
「いた、が……」
見つけたのはかなり開けた場所で、森の中にぽかんと穴が開いているようだった。
沼という単語一つで納得できてしまうような濁った水の深溜まりに、足下は弓形の僅かな岸。その弧の反対側に彼らはいた。
「おーい、イーフォ!ウアトロ!」
シアーズさんが声をかける。2匹はすぐに反応したけど動揺してるようにも見えた。
「そいつは何モンだー?」
その原因は明らかだった。
「シアーズさんが…もう一人!?」
シアーズさんと同じぐらいの背たけに同じ形状の鎧、同じ武器。……偽物だ。
「……あいつら気まずそうだな」
(本物見て、付いていったのが偽物って分かったから気まずいんだ……)
あからさまな目の泳ぎ方やそわそわと落ち着きのない動作をつい分析してしまうけど、シアーズさんの偽物がこの2匹を従えていたという事実は問題だ。
それほどの説得力が彼にあるという証拠なのだから。
「お前ら、そいつを倒せるか!?」
《!!》
「……いいぞ」
目つきが変わった。
向こう側に聞こえているか怪しい声量を聞き取った2匹両方が一瞬で雰囲気を変え、傍にいたご主人そっくりの何者かに喰らいつく。
でも、偽物は明らかにシアーズさんの能力をコピーしていた。
多分、僕はシアーズさんの全力を見たことが無い。でも、分かる。
例えば今高速のバックステップで2つの顎を回避した後の剣の振り方が、叩きつけるような豪快な振り払い。
更に天に掲げてブンと振るう……さっきの技と全く同じなんだ。
ただ、完璧過ぎて後半の動作が当たるはずのない空振りなのが気になる。
「……こいつ、まさかトレストレスか!」
「トレストレス……?この地域の名前ですよね?」
「違う、コイツの名前がトレストレスだ。相手の能力をコピーする……かつてはそこまででも無かったらしいが、きっと今は……」
交戦を続ける従者に、次の言葉の直後加勢に飛び出した。
「恐ろしく手強いぞ」
後で学んだことだ。この地域には元々名前は無い。
ジーディス大陸の各地名はその地域の特色から取られ、固有名詞1単語であることは多くない。
その文化の中で魔獣の発生が起こり、更には魔獣に対抗し時には狩る側にまで回るバスターというものが登場したことで、むしろ人類は版図を広げていった。
結果彼らに一目で特徴を推測できるような地名を付けられたそうだけど、この地域は“トレストレスの沼”だ。
ここの特徴はトレストレス……それはひとえに、彼らの印象に残るほどの凶悪な魔獣だったということ。
「やり、辛いな……」
シアーズさんが重い斬撃を身に受ける。
「シアーズさん!」
トレストレスとの戦いは自分との戦いではないということが分かった。
何故なら能力と動きをコピーしたトレストレスは、本人が繋がらないと感じるような技と技の間を、変身の応用による向きや体勢の変更で無理矢理繋ぐからだ。
また、空振りまで入れた完璧な模倣もそのムチャクチャな繋ぎと合わさって、隙になるかと思いきや牽制にまでなってしまっている。
そもそも同じ行動速度なのだから、次の行動への切り替えの動作の分本物の方が不利なんだ。
「大丈夫だ!それより早く逃げろ!コイツはヤバい!」
「逃げろって…」
「戦ってる限り敵も手いっぱいだ。なぁにこいつらがいる」
イーファとウアトロ、二匹の従者のことだろう。たしかに、能力が拮抗しているのなら数の多い方が有利だ。
だけどそれなのに逃げろって、その方が僕には引っかかる。
「ウアトロか、助かる……だが」
黒い方の従者が治療効果のある光を近づいて与えた。白い方はその間電撃や光弾を放ってトレストレスを食い止めている。
指示もしていないのにこの連携は互いの信頼が成すものなんだろう。けど……
「お前らいいか!俺のことは気にするな、挿し込めそうな時に奴を叩け!俺ごとで構わん!」
ここまで来て、その気にさせて、“お前ら”の中に僕が含まれていない。
それがなんだが、もやっと来てしまった。
「……行ったか」
僕は、駆け出した。




