第13話「ストレイ・アストレア」 Part3
トレストレスの沼はセレマから少し離れた場所にある。
マボーグを使えばすぐに着くけれど、足が届かなくって……シアーズさんに乗せてもらった。何ヵ所か呪文のように文字が長く書かれている、古風でかっこいい青いマボーグだった。
弱気だった心どころか乗せてもらって悪い、という気持ちをも超えたワクワク感に当てられながら、僕はその沼地に降り立った。
シアーズさんの従者の2匹は地上を走って後から来るらしく、まずは2人で歩き始める。
トレストレスの沼はその名の通り湿気が高く薄暗い沼地で、木陰から奇襲もされやすい地形になっていた。
それに何より魔獣の質も高い、セレマ周辺では難易度の高い地域だ。
「着いた、が。さて何から手を付けよう」
「探索、ですからね……」
ただ敵を倒せばいい、という目的じゃあない。探索と言うからには複合的な成果が必要なんだ。
「植生、はなんとなくでいい。ここに見たことのある薬草がとかそういう感じだ。重要なのは地形かな?」
「も、もっと人が……要るんじゃないでしょうか?」
「まぁ実質先遣隊のようなものだ。少数精鋭による偵察…バスターと学者を両立してるのはまずいないから俺達が先行して踏み固める」
人の前に立って道を切り拓く……シアーズさんはまさにその言葉通りのことをやっている。一方で僕は不安でたまらなかった。
「…怖気づいたか?まぁあんなんだったから当たり前か」
「実戦で怖くならない人なんていませんよ!」
「そうだな。でもまぁこの道を続けるんなら通過儀礼みたいなモンだ。皆経験してるし」
道のようなものはあるにはある。シアーズさんは敵に見つかりやすそうなその道を、ずんずんと進んでいく。
大変革前からあったらしい今は滅多に人が来ないと思うこの道は、荒れ果てていて正直利用する気にはなれない。
「そう、なんですか……僕はまだだなぁ……」
「なぁに恥ずかしがることはない。戦う者に必要なものが“恐れ”なのは間違いない。恐れがあるからこそ自分も他者も大事にできる。恐れが無ければ無暗に突っ込んで自滅することになる」
「怖がって、いい……」
「もちろん、怖がり過ぎるのはダメだけどな!行き過ぎた恐れは勇気や気合で補うしかない。根性論の使いどころだな」
シアーズさんはそれからも探索を続け、時々ウインドウに色々書き込んでいる。
横から覗いてみると、トレストレスの沼の地図に「地形の変化はおそらく無し」「エリアG-6の鉱脈は健在」みたいなことを次々入力していた。
そうすればいいのか、と思い僕も周りを見渡して……例えば高く売れる虫を見つけたり、薬草として使われる植物とよく似た何の効能も無い草を見つけたり、ある魔獣が縄張りとして入れる印を見つけたり……。
でも、途中からシアーズさんがちょっと変で、迷惑だったかな?と思ってそれ以降は自重することにした。
「なぁ」
暫く進むと、シアーズさんはそう一言だけ発した。次の言葉を待つ。
「こんなところに連れ込んで悪かったと思っている」
目線を合わせるようにしゃがみ、僕の目を見て謝った。
「な、どうしたんですか。急に」
「いじめられた直後に連れてくるような場所ではないと分かっているが、どうせならこうやってお前の強弱を実地で決めるべきだと思ってな」
「実地でって」
「なぁにお前は強い、やればできるはずだ」
高さ合わせをやめ、進行方向へと向き直しながらも話を続ける。
「俺は“迷い”を断ち切りたいと思ってる」
迷い。たしかに思い当たることしかない。
「時々いるんだ。バスター業を辞めたいと思いつつも気が付けば組合に来てしまう、何か後ろ髪引かれてるような感じの奴が」
「迷い、ですか……」
「やっぱりお節介だったか?」
「いえ…」
不思議と、今はさっきまでのウジウジした気分とは違う感じがしている。それを説明するための言葉はきっとこうだろうと思った。
「もしかしたら僕は、誰かに背中を押してほしかったのかもしれませんね」
「踏み出すのは誰だって不安だ。この1ヶ月と数週間、そういう奴をたくさん見た」
「僕は、なんでも決めてくれるプレイヤーに甘えていた。プレイヤーさんはあんなにすごいのに。僕はこんな、甘えきって」
特筆すべきものが何もない小道を話し歩きながらも、よくよく見るとシアーズさんは周囲への警戒を解いてない感じがする。
「そうかぁ?……で、あんまりいじらしいから何度もハッキリしろよ!って思った……」
僕もそうだったと考えると、耳が痛いというかなんというか……でも迷走していたのは事実だ。
「ただ、これを俺より先に思い、ぶちまけて実行した奴がいるって話だ」
「えっ?」
「噂になって広がってるらしいな、世界を変えた人だとか……」
「それって、誰なんですか?」
いつか風の噂で聞いた、気にはなっている話。
もしその人が本当にいるのなら一度会ってみたい。そしたら、僕がどうするべきなのかも分かるかもしれない。
「誰、って……ついこないだのことなのに同じバスターの間ですら風化してんのか!たしかにあいつは噂になるのとか嫌がりそうだが……」
その時だった、シアーズさんが突然武器を構えて明後日の方向を向く。
「構えろ」
鎧の武骨さの割に妙に軽っぽい装飾の剣を両手で握り、僕に対して忠告をした。
「来るぞ!」
少しうろたえかけたけど剣の向かう先を見つめる努力をした。
すると遠くの茂みが揺れていることを確認する。
揺れはその場にだけ存在するものじゃなく、段々と近づいてくるように見えた。
シアーズさんは揺れに注意を向けているけど、突然僕が裏切り襲い掛かっても対応できそうな感じがする。そのぐらい隙を感じさせない構えだった。
一方の僕もその揺れに気を向けてはいるけど、じゃあそこから敵が飛び出したら?という問いには答えられそうにない。
なぜなら僕の武器は短剣を1本、それも何も特別じゃない店売りの少し強いものを持っているだけ。これだけじゃ凶暴な魔獣に対してなんにもできない。
そうこうしている内に魔獣が姿を現した。
「【雷霆剣・いなづま】ァ!」
魔獣はどの種類かを見る間もなく雷を纏った剣で切り裂かれて、そこから燃え尽きてしまった。
いわゆるザコ敵みたいなものだったのだろうけど、一撃で消しちゃうなんてシアーズさんはさすがだ。
「……群れで来たか。お前は隠れて周囲を見渡してくれ」
「えっ?」
「迎撃に専念する!見張りを頼まれてくれるか?」
たしかに戦闘への自信は薄いけど、僕が隠れていていいの?
でもシアーズさんには考えがあるんだろう、そう思い数ある木の一つに登ってみた。
ナイフを手助けに素早く登ると、むしろ視界は木の葉で悪くなる。でも、相手からも見えないことは確かだ。
敵はシアーズさんを見て木の上には注意を向けない、その間に木々の間を渡ったり……は難しかったからアイテムを取り出す。
「これを使えば……」
障害物の向こうの敵が見える薬、「透視薬」。
以前はそんなに役に立つものじゃなかったそうだけど、こういう時は……。
使い方は瓶の液体を普通に飲めばいい。それで目に作用するのは不思議だしアヤシイ感じがするけど、大丈夫と信じて飲み干した。少ししょっぱい。
すると木々で見え辛いはずの魔獣が白い影のように、まるで何にも遮られていないかのようにそこにいると認識できた。
シアーズさんのことも同様に見えているけど、ここに来るまでにシアーズさんが迎撃して倒したはずの魔獣の方は透視では見えない。
「シアーズさんの向かいには虫……あっ!」
静かに、忍び寄る平たい影が地面に見えた。
「ワニです!ワニが近くに!」
「む!ここでワニとなるとリゲータか…」
ワニのような姿の魔獣、リゲータ。普通のワニとは逆に、口を閉じる力が弱く開ける力が恐ろしく強い、バネの罠のような魔獣だ。
素早くはないけど、次々現れる虫型の魔獣と同時に攻められたらいくらシアーズさんでも厳しいかもしれない。
「ここ!」
僕は指から光の光線を、細い【シャイン】を撃った。相手を燃やすことすらない不思議な光で攻撃するという、光の基本的な魔法ながら神秘的なマジックスキル。
それは少し先の木々に引っかかっていた蔦を千切り虫のような魔獣の上にかかった。彼らが驚く。
「リゲータを!」
「【豪炎剣・ひうち】!」
隠れながら近づいていたリゲータは、炎で巨大化した剣を叩きつけたような豪快な薙ぎ払いで一気に消し去られてしまった!
「まだだ!」
かと思ったら炎の刀身が火球のように剣先に集まり、
「セイ!」
立ち直り始めていた虫の魔獣にぶつけて爆発、一網打尽……その様を顔を出してもいないのに認識していたことに何の疑問も抱かなかったほど圧巻の一撃だった(おそらく薬の効果の一部だろう)。
「やるな、ツタを利用するとは」
「た、垂らしただけです」
「それで対処の余裕ができたんだもっと自信持て?一瞬が生死を分けることだってある」
「えっと……どういたしまして」
何も凄いことはしていない気がするけど、シアーズさんは強く称えた。
役に立てているのならよかったけれど……いや、やっぱり嬉しい。ちょこっとだけ。




