第12話「亜人ラプソディ」 Part5
「はい、怪我とか無い?」
「あ、ありがとう、え、えと」
「名前?…クロウ」
「ウーワン!ウーワン・ブルース!」
ウーワンはその名前を言うと、恥ずかしそうに顔を手で隠した。
「ブルース……?いや、まさか」
可愛らしいフリルの服を着せられた亜人、というより通常の人間に見える彼女が名乗った姓に、自分がこの厄介ごとに首を突っ込むことになった元凶の姓を見た。
一応娘はいるというが、可愛らしさが強く面影は欠片も無い。肌が褐色なため、どちらかというとリーヴに似ているぐらいだ。
「お父さん……知ってるの?」
「え、うーん……ウェンディゴって名ま」
「お父さん知ってるの!!」
内気そうな少女が途端にキラキラと煌めき始める。
どうやら彼女の父はかつて会った男と同一人物で、尚且つ彼を相当好いているようだ。
「お父さん、なびキャラ……で、ボク、ヒロイン、なんだって」
「ヒロイン?フシュケイディアの?」
「自己紹介の時はそう言えって言われたの」
「ふ、ふーん…?」
「……」
「……」
「ぁ、ぁゎ……」
(どうしよ……)
勢いが強まっていたウーワンだったがやはり話すのが苦手か、話し方を恥ずかしく思い顔を赤らめて一転モジモジとし始める。
「ウーワン!!」
「あ」
例の少年が目を覚ます。その第一声は少女の名前だった。
「離れろ!!ウーワンから離れろ!!」
「ぁ…っわ……!」
「ウーワン?君は……」
少年はクロウを引きはがしたいようだが当のウーワンは怯え、クロウを盾に隠れてしまう。
「おいどうして……そいつはバスターなんだぞ!?ワルモノなんだぞ!?」
「ちょっ、僕はただ」
「うるさい黙ってろ!ウーワン!」
ウーワンは少年の声に只々怯えるのみ。そして、少年は耳を貸さない。
なんとなく、どういうことかが理解できてきた気がした。
「ウーワン、怖いだろうけど…ちゃんと言って」
「でも……」
「ウーワンから離れろ!!」
「ひぃ……!」
「あっ……」
必死に叫ぶ中で少年は気付き始めた。
「君の言葉しか届かない」
「……うっ、うっ……」
「ウーワン……」
逃げ場を探すように視線や仕草が右往左往しながらも、戸惑う少年へ向けて初めて言葉が放たれた。
「……あなた……誰なの……!?」
……少年は、亜人どうこう以前に、知らない怖い人だった。
「――君の名前は?」
クロウは尋ねる。
「…………オルン」
全てを失ったかのような長めの沈黙の後、答えが吐き出された。
「おれ、ウ、ウーワンがかわいそうで、それで、白いオッサン来なくなって、その時、一緒にって、なのに、なんだけど……!」
彼、オルンは中央院で保護されていた亜人の1人だった。
オルンはアークから特段変わった扱いを受けたわけではなく、大変革以前とあまり変わらない暮らしをしていた。
ある時彼は、世話をしてくれる職員に違和感を覚える。
職員の態度の虚ろさを不気味に思いこっそり外に出ようとする中で、移動させられているウーワンを目撃した。
「でも、あなたの…せいで……あんな、あんな……」
「そうだ……全部、全部あのバスターたちが……!」
その虚ろさはウーワンからしてもひどく不気味で、目的としては単なる配置換えであったものの怖がるには十分だった。
それを見たオルンは彼女を連れ脱走。そして、警備を行っていた大量の洗脳バスターに襲われたのだ。
そして、なんとか逃げ切った所で無事だったバスターに彼女を攫われ今に至る。
「お前も攫われて、やっぱりバスターってのは…!」
「やっぱり、何?それでもウーワンを助けたのはぼ」
「強いからって人間以上に扱われる偉そーなバカヤローどもなんだよォ!!」
クロウが言いきらぬ内にバスター全体を罵る呪詛を吐く。
確かに新人類バスターも通常の人間とは違う体質の別種と言える。作物に群がる虫を害虫と益虫に分けるように、有用だから歓迎されているということもまた真なのだ。
それだけに一歩違えば、立場は逆だったのかもしれない。
「そういうの、止めてよ……」
「いや、止めないね」
しかしなんにせよ居心地の悪くなる敵視であることに変わりはない
だがウーワンが再び絞り出したその発声を、別の亜人が容易く否定した。
「外はどんなところだろうと思ったら、俺たちのこと見て変なのって殴ってさ!」
「そうだ。人間だとかバスターとかどうせ全部グルんなって俺たちのことを……」
「いい加減にしろ!!」
そして、クロウが、切れた。
「善意が伝わらないことだってある。でも、ここまで来るともう善意じゃない」
「な、何をぉ…!」
「僕が会った軍の兵士は、“人間”は――!」
勢いのままに反論しようとしたのを今度は逆に押し切り、
「亜人の子供達と、やさしく親身に接していたんだ…!」
「は、はァ…?」
見たままを伝える。
「君らは怒りたさに甘えて、目的と手段を逆にしてるんだ」
「バ、バスターの言うことなんて信じれるかっ!」
「やられたんだぞ!!」
「じゃなきゃあんな丈夫な袋に入れられて助けも求めていた子を、囮になんてしない」
「……ッ!」
「行こうウーワン。悪い人が目を覚まし始めた」
「えっ…!」
ウーワンは子供達を哀しい目で一瞬見た後、クロウに付いて行く。そして、そのクロウからの報せについ周りを見渡す。すると、のされていたバスターが本当に目を覚まし始めていることに気が付いた。
「いじめを…差別をするような悪者はいる。その対処を軍の人から一時的にお願いされた。…少しぐらいは、僕の手で良くしていくさ」
それからクロウは振り向かずに去っていった。
「ごめんね、僕も君を利用したみたいだ」
途中からクロウ自身も、ウーワンの名前を何度か使って話していた。そのことを自分もウーワンの存在を都合よく使ったようだと受け止め、謝罪する。
「いいの。みんな、誰かのためだから」
「器が大きすぎるよ」
ウーワンのやさしさはクロウの想像を超え、別の形の肥大主語に少し報われる。
改めて、今日はやたらと何者であるかを意識させられたクロウであった。
通常の人間とバスターが亜人を虐げ、自分を逮捕した軍はその亜人にやさしく接する。
一方で、バスターを恨みからか悪者としか見なくなった亜人の集まりが、囚われた別の子供を利用してでも憎しみで襲う。
(もう、わけがわかんないや……)
根深くなりがちな問題だからこそ、いっぺん全ての思考を捨てたくなる。
そういえば、「普通にすごしてくれればいい」と、そうウェンディゴは依頼してきた。
それだけでは何をどうすればいいか曖昧でしかないが、普通とは何かという以前に彼が普通という表現しかしなかった訳が少し分かった気がした。
「やさしいんだな、ウェンディゴって」
「うん、ボクのパパだもん。でも急にどうして?」
「どうしてだろうねぇ……」
「あっいた!!」
ウェンディゴの住むという家に向かう途中、突然話しかける人物がいる。
「君、バスターだろう?俺が依頼した人らと違うみたいだけど」
「しりあい?」
「知らないな。何か用?」
「ウーワン・ブルース!持って来てくれたんだよね?お、お金はあるんだ。早くかわいがってやりたいんだ俺にく」
それこそごく普通の見た目の男の言動に全てを察したクロウは、顎に意識を飛ばす意図の一撃をくれてやった。
「有言実行。少しだけいい街になった」
「ふえぇ…」
「ウーワン・ブルースにウェンディゴ・ブルース、か……聞いたことはある名前」
「クロウさん?」
ほとんどの活動がセレマだったとはいえ、キーパーソンとなるNPC、それも“ある種の”ともなればプレイヤーが口にし話が聞こえることもある。
「見た目はほぼ人間の愛らしい亜人。そして他とは違い、もう一人のナビキャラとして課金を含む一部ショップを担当する。それを理由に値段や確率への文句の捌け口にされていた」
「よくわからないけど……クロウさんは違う、よね……?」
「するわけない。それに……なんだか疲れてきた」
しかしそもそも良識が、常識があるならば、差別しようなどという考えはもし浮かんでも捨てるべきという判断もできるはずである。
「こんなのもう、こりごりだ」
ただそれ以前に、差を見出し別け隔てるというのはどうしても疲れるものだ。
「そうかぁ、大変だったねぇ。寮にいるものとばかり……」
「いいの…。お父さんも、病院で…忙しかったんでしょ?」
「でもほったらかしにしてて、父親って言えないな」
本来は中央院の保護寮と呼ばれる施設にいるはずだったウーワンをウェンディゴのもとへ送り、クロウはセレマに帰っていった。今、中央院の休憩室で父子は家族の会話をしている。
ウェンディゴはアークの支配下では医療技術者として活動、高度な治療の他アークからの多くの研究業務をも捌いていた。そして、解放の際に出た負傷者の治療にも従事していた。
元より仕事人間のような人物……ではなくやる気のあまり見られない男であり、しかしやることはこなす人物ではあった。それ故に、締まらない風格の割に忙殺された仕事人間と化している。
だが彼はそれを言い訳にできなかった。ウーワンのことを想う、1人の保護者であるが故に。
「そんなことない……全部お父さんが考えてくれた……!」
「え?いや、いや。そんな深い意味を込めずに頼んだんだけど……自然体で振舞えば自ずとそれを真似てくかな、って……」
咀嚼が止まっていた口の中のガムを、持っていた紙に出して呟く。
「やっぱりキミ達バスター、いやPCは、そうなっていくものなんだねぇ」
それは偏見などではなく、ただ単純な、思い付きの漏洩であった。
彼にとって普通に過ごしてくれればいい、というお願いは冷静且つ自然に振る舞うことで他の人々も落ち着かせることであり、正義の味方をしろとまでは考えていなかったのだ。
ただ、言葉が足りなかった、それだけだった。
「お父さん、思わせぶりし過ぎ」
「ははっ、変われるといいなぁ私も」
「そう…?てんぱってた、みたいだった」
「ふっ……」
元のNPCからの自意識の変化が薄いことを皮肉るように、自分にもあった“困惑”を見つめるのだった。
「普通がね、一番いいよ」
~第12話「亜人ラプソディ」~
――――――――
うわん:「じこ、紹介の時…は、そう……言…………」
クロウエア:無理しないで、もう一回やろうか
うわん:うん……
こども:ウーワン!!俺とケッコンしてく
人買い:いいや俺と!!
ブルース調:私の嫁だ!!
クロウエア:(黙ってウーワンの耳を塞ぐ)
――――――――




