第2話「キャラの一人歩き」 Part2
まず向かうのは当然組合。目的は前日と同じく魔獣を利用したトレーニングだが、バスター間での情報の共有やもしもの備えということで一応は通しておかないといけない決まりがある。
「おっ!来たねクロウ!」
「意外と早いんだね、ハナ」
「そうカナ?」
組合に設置されてる発条時計は朝7時を差す。バスター達にとっては依頼を選んで出発すればそれが勤務時間の始まり、時間は関係ない。
急を要する依頼に備えて組合は常に受付可ではあるがそれでもこの時間は彼らにとっては早めと言える。
世界の現実化の影響で疲労の概念もハッキリ現れた故にか気付いたら次の日の夕方、という事態が起き始めているため尚のことである。
ただ、“目覚めた”ばかりのクロウからすればまだ早朝ログインのような感覚だろう。
「そういうクロウもけっこうなもんだったりしてない?」
「できるだけ早く感覚をつかみたいからね。それと……」
「む?」
広い室内を見渡す。王護の鎧騎士を思わせるような甲冑の人物がそれに気付く。その特徴的な威容にクロウも過ぎた視線を戻した。
「僕が目覚めるまでにあったことや世界がこうなって変化したこととか、一応聞いておきたいからね」
「ほーぅ」
そう言うと、甲冑の人物の方に近づいた。
「ああああ」
「むむっ」
「あーそういえばそんな名前の人だったねぇ」
冗談みたいな名前に見られた甲冑は訂正を求めた。
「あー、まぁ、主より頂いた名だ、おかしな響きだろうがそうだ俺は“ああああ”だ。ただあまりにカッコが付かないからその……」
「おもしろくていいじゃない、覚えやすいし!」
「いやぁ、ハハハ……」
「んん??でも断末魔や悲鳴と間違ったら困るか!」
「へ、変なことを想定する桃色だな」
桃色はぺろん、と舌を斜め上向きに出しながらウインクしてとぼける。
「それで、ああああ……なんて呼べば?」
「目覚めてからは“シアーズ”で通している。『あ』が4つだしな」
「じゃあ、シアーズ……君はいつ目覚めた?」
「一週間前、早い方だな」
「ほぼ当日なんだー」
「僕は3日、いやもう4日か。始めて外に出たのはつい昨日のことだから、よければゲームの時から何か変化してるなら教えてほしい」
「お安い」
”ああああ“改めシアーズは驕るでも避けるでもなく、面と向き合って返事を返す。その姿勢から彼の厚い親切の心がよく理解できた。
「……それであの~」
「む?」
「?」
「お二人はどんなカンケー?」
「え?この人けっこう有名じゃない?」
「人となりじゃないの!クロちゃんとどんな関係なーのー!」
桃色は半ば興奮しながら問い詰める。
「え、何?まだ恋愛モード?いやそんなに会ってるわけじゃないけど……」
「俺もクロウの名は聞いていても会ったことはあんまり無いが……“超高難度レイドボス”以来か?」
「ああ、あの無茶苦茶な強さだった。あの時はあなたに助けられた」
「よせぃ、主のやったことだ」
「やっぱりデキてるじゃん」
桃色、クロウに真顔のダブル指差し。
クロウ、とりあえず流す。
「……このああああ、シアーズって人は、とにかくやさしい人なんだ」
「優しい人?」
「困った人は放っておけず、頼まれたことも断れない、いつのまにか初心者の神や中級者の師匠、上級者の友人と化したセレマの名物」
「セレマの名物ねぇ、主がやさし過ぎたとも言えるが……俺もそうなりた」
「……歩くチュートリアルだね!」
「ああっ?お、おう…?」
時折ペースを乱してくるピンクいのを一旦突き放すように、シアーズは無理矢理話を戻す。
「まぁいい、6日間の差だが、ぶっちゃけた話…お前さんが目覚めた時と俺が目覚めた時で違いは無い。流石に1週間ぐらいじゃあ自分で探す方が早いな。現実になったがための自由不自由、そんぐらいだろ。俺達の、無いはずの習慣通りにな」
「ボルツェンカボーネは?」
「んん?」
「いや、アレも意思を持ったのだとしたら、怖いと思って」
「ああアレか。未だに蔓延る魔獣の元凶だもんな……それでいてそこそこ強い。ゲームのままならシステムが奴を殺してくれる、だがもうそんなものはないからな」
「人々が意思を持ったのなら、団結することはきっと難しい」
「けっこうドライだな、クロウ。だが俺も、希望が集まって悪を滅す……なんてことはもう無いと思ってしまうがな」
「でも私達ならもう楽勝じゃない?」
2人だけの会話になってきたところに桃色は介入する。
「力で」
「まぁ……たしかにみんな1人でもなんとかってぐらいにはなってたけど……」
「無理だな」
シアーズが断ずる。
「お前たちももう知ってるだろうが、装備による力の強化や管理ウインドウは幸いそのままだ。そしてそれをいいことに、ボルツェンカボーネの元へ調査に行く計画が練られている」
「そんな話どこでしてたのん?」
「“前”の経験と強さを買われてな、立案に少し関わっている」
「それで、根拠は?」
「クロウの言ったこととは別に……敵は基本、1体1体が俺達PCよりも強めに設定されていた。しかもボルツェンカボーネには多人数前提の調整が施された“レイドボス”まである。ご丁寧に3章で復活した後、そのレイドボス版に繋がる話も入れてな」
「あーそんなこともあったねぇ」
「だけどインフレの影響は今もある。もしそれで足りないなら多人数でやればいい」
シアーズはそういう問題ではないと言わんばかりに両手を広げ首を横に振る。
「たった一週間だ。世界が変わって。街のみんなはもう多くが慣れているが、わからないことの方が多い。ヘビードーンだって今になって食べられると分かったしな」
「えぇ…普通は食べようとは思わないよあんなの……」
「で、要点は?」
「俺達が都合よく人として生活できている、それが問題だ」
「……どういうこと?」
「相手は神だ。負の感情の。変わった世界で不安が蓄積されるのは当たり前のことだ。そしてそれがヤツを強くする。数日で慣れたとはいえ人のストレスなんてのはそう簡単に消えない。だから弱体化はありえない」
「……そして、神として都合のいい身体を持っている……」
「やっと察したか。世界全部が変わったんだ……そこいらの羽虫やネズミでさえ、な」
「ハッ、神は強すぎて再現できませんでした!」
「そうだったらいいがな……」
呟きは絶望というより、ナノハの発想に一縷の希望を望みたいと声が言っているかのようだった。
「まぁ、腹黒野郎はまだいいさ」
「アレでまだいいって……あっ」
「んん?」
「……可能性は低いが、将来ぶつかることになるだろう壁、“超高難度レイドボス”についても考えてもらわなきゃあな……」
装備の裏でクロウの鳥肌が立つ。ナノハは次の話題の中核になるモノのことを最早忘れているようで、疑問符を表情に浮かべる。
「トッププレイヤーが束になってかかってようやく倒した崩壊神ホーブラーとかいう化け物」
「ぴ、ピンとこないけど?」
「さっきちょこっと話に出た奴だ。大方、お前の主は敵わないと思ってスルーしてたんだろう」
「アレとはもう2度とやりあいたくないね…」
「そんなに!?」
「挑まないプレイヤーも多かったろうが、万が一にアレが出るようなことがあったら全世界を否応なしにでもひとつにする必要がある。全バスター達がそれこそ、束になってでもな」
ただし、と付けてシアーズが語るには、クロスマギアの末期に頻発した致命的なバグにホーブラー関係のものが含まれており、そのため一時的にその存在を消されだがそのままサービス終了へと向かったため最初からこの世界に存在していないことになっている可能性があるという。
あくまで予想と付け加えるが、同時に根拠として、それほどの存在がいれば既に都市壊滅レベルのニュースがシアーズの耳にも届いているだろうとも加える。
「もしかして私達、バグに助けられた……?」
「かもしれないね……」
「ちなみに、ゲーム時代唯一ヤツにトドメ刺せたのがクロウだ」
「マジ!?」
「黒くてやたらでっかい闇の魔法みたいな剣で十字にぶった切ってた」
「ギ、ギリギリだったけどね、HP」
「わ、私とはスケールが違うよぉ……!」
会話ァ!!