第10話「戦士を名乗る」 Part3
小脇に抱えたZとやらと共に後退する。
あの速度を想定はしたが、魔獣は追ってこない。義理だけは堅いようだ。
「私達は、ヒーローでなくてはならないんだ……」
「そのためにはもっと実力を付けるんだ」
「油断、しただけだ……クロウとかめんたい娘とかほどじゃないが……俺は、強いはずなんだ」
「相手を考えろ。ほら、着いたよ」
「みんなを、護れるほどには……」
高原から離れ、セレマからそう離れていない集落に身を寄せる。
打ち捨てられたかのようにぽつんと立つ、魔獣に襲撃されていないのが不思議に思えるのどかな地。
「こんな所に村なんてあったのか……」
「僕も今知った。大変革でできたのかな」
この場所にかつて集落は無かった。
そう考えると些か不気味ではあるが、咄嗟の逃亡でつい逃げ込んでしまったからには、ここで一旦落ち着くしかないだろう。
「怪我人か?」
先の尖った丸太で囲った集落、その中から人が現れる。なんてことはない、普通の人間だ。
「そんなところ」
「いや、俺はやれる……大してやられてない」
「一応回復の魔法は使った。でも一度休んでからの方がいい」
「そうだ。何があったかは知らないがゆっくりしていけ」
Zは黙りこくって頷いた。
デモンオーバーからの時間制限はあるが余裕が無いわけではない。とりあえず、クロウは空き家で休憩しながらZと能力を見せあってみた。
「防御系、いわゆるタンクか」
「護る力には困らない。俺の剣エクスカリブレードならば倒す力も……」
「でもあっさりやられてたよね」
「掠り傷だ!誰かの助けなんてなくても」
「そう?じゃあ余計なことしたね」
「いや、そこには……感謝する。感謝を忘れてはいけないからな」
意地は張り続けているものの感謝は忘れない、そこは善人らしさがあると言えるか。
「…まぁいいや。でも、何でその防御のスキルを使わなかったの?」
「戦う前にそんなことしたらフェアじゃないだろ」
「えっ……」
現実化したこの世界で何を言っているのかと、この1ヶ月と数週で死を含む色々なものを見てきたクロウは驚愕してしまう。
「相手は強敵だ、死ぬよ!」
「そういうお前は?」
「して…なかったけど。ゆ、油断しただけだ」
とはいえ、クロウの方も敵の力を見誤り強化の力を纏わなかった。それもまた事実。
「俺のは油断じゃない」
「うぅぅーーー…」
抜けていると思った相手に突如言い負かされ、納得がいかず狼狽える。
備えなかったのはお互い様なのに、クロウの方が敗北の気分を味わっている。
「で、でも、強いと見たらそんなの捨ててバフやらなきゃ本当に死ぬよ」
「そうだなぁ……でも、俺はそこまではしたくないんだ…」
「どうして?ヒーローじゃないから?」
「分かってるな。正々堂々ってのが重要なんだよ」
「そんなことする時間があるなら後ろに回って首を獲ればいい」
「そんなスポーンと抜けるんだみたいに……」
「今回はできなかったけどね」
クロウのやり方は非常にストイックだ。
基本的に素早く急所を切断するのが、演出を大事だと言うZとは対極である。
「だがアピールすること自体が大事だ。正義の味方と言ったって、手段を選ばなかったらカッコ悪いだろ」
「この世の中でも、敢えて?」
「こんな世界になったからこそ敢えてだ。困ってたり迷ってる人の前にもう大丈夫だ、って駆け付けるには、ああ、この人が正義の味方なんだ…って思ってもらわなきゃ元気になれないだろ?」
「…君なりに考えてるってわけか」
「だからって誰も見てなくてもそうやって臨まないと、いざという時助けたい時に自分の中で嘘が出てしまう」
「いつか死ぬよ」
「死なないさ。ヒーローだから!」
「……そうかい」
心配と称するには棘しかない言い方になってしまったことを恥じるのが半分、しかしこいつは話を聞かないかという諦観も半分。結局、クロウにとってあまりいい印象の者ではなかったということだろう。
「さて、話し込んでしまったな……少し外に出るよ。決戦の前に鈍ってはいけないからね」
位置的に、避けることなく扉から室外へ。
僕も武器の手入れをしよう、そう思い取り出した時だった。
「あーおばあさんそれ持つよ。いいからいいから!おっ、遊びたいか少年達よ!!だが今日は後で大事な用事があるんだ」
Zの声が聞こえる。
複数人と話しているようだが何をやっているのかと窓から観察してみる。
「よし、ここでいいですか?はい、いや礼など言葉のみで十分!おっと君、擦りむいたのか?今薬を……」
「……ふぅん」
Mr.Zは、村の人々の手助けを重ねていた。
平和な中でも起きる小さな問題、それを片っ端から解決している。
「はい、ケンカはおしまい。最後の一個は二つに割ればいい」
「お人好し、それが高じたのがヒーローか」
それだけではまだ課題を多く投げつけられることだろう。
でも、それでもいい。シンプルな“ヒーロー”のかたち。
難しいことではないのだ。
(とはいえあのデモンオーバーに挑むには力不足だ。それでも、事前に防御を固めてくれれば僕も動きやすいが……)
見せてもらった能力値は、各防御力が1万越え、HPに至っては3万を越えていた。強化を重ね強プレイヤーキャラの一人に数えられていたクロウでも(ある程度捨てているとはいえ)防御は桁が一つ足りず、HPは1万ほど低い。
ゲーム時代はこれだけあれば、きちんとやりこんでも丁度で即死する規模の攻撃を半分のHPで受けきってしまう、かなり高位の数値である。そこに防御の力を高めるマジックスキルまで充実している。
それらが今になってもきちんと働いているかは疑わしいが、非常に打たれ強くはあるはずだ。
逆に攻撃力に関しては逆転しており、必殺の技があると言ってはいるが心許ない。
タンク役、タフで丈夫なひきつけ役となりクロウが隙を突くアタッカーという役割分担ができれば、かのデモンオーバーを倒せるだろう。
しかし問題は、彼が正々堂々とし過ぎる点である。
「よう、戻ったぞ」
「おかえり」
「ここの人達はやさしいな……見ず知らずの俺達に親切してくれて」
「ねぇ、Z」
「ハルバードでいいぞ」
「ハ、ハルバード?」
「俺の本名。ハルバード十束」
ステータス数値しか見ていなかったため、突然の本名……キャラクターとしての名称に戸惑う。
数多く存在した珍妙な名前のプレイヤー及びPCには及ばないが、いやに奇妙な響きである。
「…見せたステータス欄に書いてあったろう」
「え、ああ、分かったハルバード十束……ハル、いや十束……急に名前言われても」
「それで、何か用か」
――今から僕は卑怯なことをする。
力でただ勝つだけじゃなんか足りねぇよなぁ?




