第9話「十字星に花束を」 Part3
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クロウとノザンが昼食を食べ終えた後、市場から少し離れたところに移動して事情を話すこととなった。
人通りの穏やかで、落ち着いて話ができる一角、おそらくは心を許したであろう彼の陳述。
「――北極星の形代に込められた物語は、知っていますよね」
「うん。確か……」
クロスマギアの世界にも、位置の変わらない目印となる星がある。
北の空に浮かぶそれは北極星を元にしたポウラと名付けられ、期間限定イベントの題材にもなった。
伝承は云った、ポウラの麓にはなにものにも代え難い宝があると。
星の麓とはどこを指すのか?その宝とは何か?狙う悪人を蹴散らし集う魔獣を捌き、ついに判明した宝の在処。そして、宝がもたらす奇跡とは……。
「完」
「もうちょっと深掘りしませんか?」
あらましを思い出し述べたクロウは満足し、話を終わらせた。しかし本題はもう少し先にある。
「そう?えっと、その形代には大量のマナが込められていて……収めていた箱を開いた瞬間空にビーム撃って……」
開かれた箱の光はすぐに消え、風魔法の応用による音声記録が周囲に話す。我が息子ポウラに捧ぐと。
「ポウラという子供を早くに亡くした天文学者がバスターに依頼して、メッセージが星に届くように複雑な魔法を込めた。僕らの周りに響いたから失敗だったんだけど、その後に……」
ノザンは黙って聞いている。
「……君もしかして本名ポウラって言わない?」
「い、いいえ、ノザンの前の名前はありませんよ」
「本当に?」
「はい」
「そう…?それで、この話がどうかしたの」
「僕はその様子を見ていました」
“どうか天空で迷わないように、ポウラの一番星よ輝いておくれ。この魔法が繋がったなら、どうか私のポウラを導いてやってほしい。もしもそこにポウラがいるのなら――私のことはいいから好きに過ごしなさい。そのせめてもの自由こそが、親である私からの切なる願いだ。
「僕はその気持ちに応えてあげたい。そう思いました」
「箱の中には魔法の他にもう一つ、入れられていたものがある」
この魔法はお前が好きな六花の星が導いた。私はそれを忘れない。ポウラの星の麓から……私もお前を見守ろう”
「マナで構成された特殊な結晶体、“北極星の形代”……放った光と音でほとんどのマナが失われ、ささやかな限定スキルを最後に完全に光を失ったペンダント」
「まずはそれを手に入れなければならない。だからクロウさんに僕は譲ってもらおうと考えたのです」
「なぜ僕なんだ?そこまで到達した参加者は他にもいっぱいいたはず」
「言ったはずです。僕にとってクロウさんは輝いて見えた」
「光の反射でしょ」
「いいえ、憧れるには十分なことだったのです」
その眼差しは述べた通り憧れによるものと見えた。眩さを受けたように細まり、頬で目じりが持ち上がる、やさしさを秘めた目線。
「たしかに、沢山の人々が戦いました。皆さんとても力強く、賢明で、刺激的でした。ですが……」
「何が違うんだい?」
「あなたの戦は特に美しかった」
「あの頃は今ほど強くはなかった」
「ご謙遜を。しかしただ強いだけでは魅力と灼き付かないものなのです」
「というと?」
ノザンは昔を懐かしむように回想を続ける。
「舞う様に薙ぎ倒す姿は素晴らしかった。ですが不躾ながら、貴方以外にも貴方に匹敵するバスターはおりました。しかしそれだけで終わらせなかったのはクロウさん、貴方だけなのです」
「…一連の話が終わった後暫くその場で、もうとっくに消えてるし在っても手に取れないのに、散った“声”を搔き集めていた。僕だけだったらきっと、あんなことはやっていない」
思い出す内にクロウに心当たりが浮上する。
ユウによる足掻き……届くはずのない場所へ放たれる、届かないメッセージを、ユウは惜しんだのだろう。
もう一度、もう一度と。箱に詰め込もう、クロウの魔法の練度ならそれができる。
しかしそれはマルチエンディングの有り得ない物語であり、分岐できるにしても遅すぎた。
「あの衝動は、別の何かだよ」
「それでもです」
触れる機会が少なかったが故の入れ込み具合がユウを狂惑せしめた。それがノザンには、美徳に映ったのだろう。
彼はその感性を通し続ける。
「うーん…それで、大事なところが抜けてるね」
「はて」
「どうしてそんなに細かく、僕のことを知っているの?」
「さぁ、どうしてでしょう」
「とぼけないで」
今までとは打って変わって強く尋問する。いや、ここからが本命とも言える。
深刻なセキュリティ違反、プライバシー侵害。なぜこの小男はなんでも“見物できてる”のか。これを解明できないことには次へ進めない。
いい加減明かしてもらおう。企みは、何だ。
「全て。全て話すと言ったよね?善性に付け込むようで厭だけど、僕らにとっては重大なことだ」
僕“ら”。クロウ自身の安寧だけではない。家にはストックというもう一人の住人がいる。だからこそ障子や壁に潜んでいるやもしれぬ目耳など殊更看過できようもない。言質を取ったならばと利用にかかる。
「……ッ!」
ノザンは詰め寄られているにも変わらず悠々と手を上げ、昼空の中心を指差す。
その動作になんらかの攻撃的意図を予想し反射で離れるクロウ。しかしそのようなことは何ら起きることなく、クロウが警戒態勢のままノザンの述懐は続く。
「僕には全て見えているんです。それこそ、貴女に僕を傷つける意志など無いということも」
「……神を、名乗ると?」
「僕は、そうなのでしょうか?」
たしかに、人に攻撃する後ろめたさはある。とて、突飛で大仰な言い回しに添えられた抑揚が「完璧」と言えるような違和感を彼女に齎した。
僕が目を付けられたのは、何だ。
僕が連れ出したのは、何だ。
それはきっと一般的な人々には感じとれない違和。かといってバスターにそれを確実に感じ取る特殊な感覚器官があるわけでもない。
これは相対したからこそわかる奇妙な清潔だ。
クロスマギアはキャラクリエイトを含め3Dグラフィックを活用したゲームであるため、時々「不気味の谷」について論じられることがあった。
ヒトに近いヒトならざるモノは、ある段階からヒトに嫌悪感を生じさせてしまうという、理想的なキャラクターを造り出すためのハードルの一つ。
それと似たものが、今、背筋に指を添えたような気がした。
「北極星の形代。僕はその小さなペンダントに、クロウさん、貴方の形代に、僕の欠片を込めたのです。欠片はもう一つのポウラであり、それを通して感じ取ることができる。貴方は……」
「よせ。覗くものじゃない」
「……失礼しました」
「本当に」
しかしノザンは寂しそうに、それは無礼を指摘された委縮ではなく別れを惜しむように合わせた指先を絡める。
「僕はもうじきここを離れます。なので、形代をいただきたいのです」
「返してってこと?」
「いいえ、形代自体はクロウさんのもの……勝手ながら間借りをさせていただいた身分のため、譲ってほしいと交渉することと決めました」
「返せということか」
同じような一言ながら、性質は質問から呆れへと変わっている。
「すみません。“欠片”は…戻ることを拒んでいるので」
「……はぁ…」
少し長い溜息。
上位存在というものは身勝手な存在だとよく言われる。この男がそうなのかは不明だが、その諺に今は共感しかない。
「それが、僕のものでないといけない…いや、僕のものを求める理由か」
「はい」
「どうしても、その“欠片”が必要?」
「はい」
返事はハキハキとしているが、それ故にどこか通じていなさそうな印象をクロウは抱く。




