第9話「十字星に花束を」 Part2
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露店の一つにクロウは腰掛ける。
セレマに無いオリエンタルな雰囲気を持つ、どんぶり料理の屋台。油で揚げられる香ばしい匂いが、どれだけ遠くにいようとも腹の底を呼び覚ましてくる。
しかし、少年は遠慮しているようで席に着こうとしない。
「どうしたの?」
「僕はここでいいんで、すっ!?」
「煩わしいからって、子供を放置しすぎるのもね」
クロウは彼を持ち上げ、強制的に座らせた。来るたび玄関先に放置したのを反省したのだろうか。
「その、僕は……」
「いいんだよ。すみません、注文を」
「はい、何にしやしょう」
来たことがあるわけではないが、あまりお品書きを見ずテキトウに注文を頼む。できるだけ、子供の好きそうなものを。
「えび丼……2人分」
「えび丼二人前、他には?」
「それだけで……あれっ?お水、こっちにもう一つ」
注文を取る者とは別の人物がグラスに水を注ぎ、クロウにのみ差し出した。
「待ち人ですか?」
「? 座ってるよ?」
「…勘弁してくだせぇよユーレイでもいるってんです?」
「え、いるでしょ、ほら」
連れがいることを証明するように少年の頭頂部を撫でる。
……しかし、応対した2人にはそれが空中を撫でているようにしか見えなかった。
「……あ、あぁー!そう、そうっすよね!貴方のその……主だとかマスターだとか!そうそぉういるいる!いますとも!」
「えっ?」
「あ、わわ、私行かないと……!」
「おおう!じゃ、えび丼…用意しやすんで…!」
それはプレイヤーを失ったPCへの同情のようだった。
怖いものを見た、のではなくそこには何も存在しないと暗に示したような気遣い。それは心霊的恐怖体験よりも却って強い恐怖感を彼女へ埋め込む。
「き、君は……」
「気にしないでください」
「き、気にするって!君は…ユーレイなの?死んで現れるっていう」
「違いますよ」
やんわりと言ってのける。当たらずとも遠からず、似たようなものだと思っているのだろう。
ただ、幽霊のようなものらしいため、他人から見たクロウは何もない空間に話しかけているように見えてしまう。
しかもカウンター席のみの店、店員も気にはしないようにはしているが憐みの態度は一向に解けない。クロウは小声で話すことにした。
「…君は、一体…何者なんだい?正直、僕はこの手の話苦手なんだけど……ユーレイとか」
「……北極星の形代をくれたら、話しましょう」
「そんなっ!あ、いや、なんでもないです……」
幽霊怖さに高い声が出る。それをごまかしつつ交渉を行う。
「話してくれないかい?正体がわかればあまり怖くなくなるんだ」
「怖ければ……かまいませんよ…?」
「アッ……」
交渉は前奏から失敗した。克服以前に、怖がられていること自体に気を落としたようだ。
気にするなとは言っておくが本当は傷付いていたという話である。
「ゆ、ユーレイみたいな魔獣と戦うことだってあったんだ、そのぐらい」
「あまりユーレイと言わないでいただけると」
「ご、ごめん……」
暗に幽霊だと言ってしまった。
怖気づいていつもは冷静な思考を回すことができないのか、クロウは敷設された地雷を丁寧に踏み抜いていくように、連続して相手のコンプレックスを刺してしまう。
「でも、そうですね。存在的に僕はユーレイに近い。それならいっそ……“ゴースト”と名乗りましょう」
「ゴースト……」
「……えび丼二丁、お待ち」
「え、あ、どど、どうも」
完全に意表を突かれ取り乱す。
鋭敏な察知力も、意識しなければこんなものである。不可解すぎる存在と話していれば尚更だ。
「ごゆっくりどうぞ。食べきれなかったら…持ち帰ってもいいんで」
「うん、分かった」
きっとその言葉は今のクロウ以外には言われない、そう思った。
店員とのほんの少しのやりとりで落ち着き、改めて対話を行う。
「名前教えてよ。ゴーストなんて変だろ?」
「名前……僕に名前はありませんよ」
「そ、そうなんだ……あー…じゃあ、僕が名前をあげるよ」
「クロウさんが?」
「不便でしょ」
驚き。クロウが名前を付けるという宣言にきょとんとする。
少年…男…子ども…髪は灰色か……少年の構成要素を呟きながら連想していく。
少年は北極星の形代を求めてきたが、北極星といえば、北を示す目印になる星のことだとユウが言っていた。北、北、ノース……。
「ノザン、でどう?」
「ノザン……サザン・エア・クロウさんから、ノザンの名前……」
「僕の名前からじゃないよ?単に、北を示す言葉」
「ありがとうございます、クロウさん」
「まぁ……それでいいならよかったけど」
名付けた自分で味気ないかと思うネーミングセンスに反し、少年の、ノザンの表情は嬉しさに満ちている。
「ほら、食べなよ。えびだってさ」
「はい……!ありがとう、ございます……!!」
名前を貰い昼食を奢られ、するとノザンの目は涙でいっぱいになり、泣きながらえび丼を食する。
「何も泣くなんて…あ、落ち着いて、ほらゆっくり」
「ありがとうござ、ケホ、ゲホ」
「ほら……」
むせながらも食べ進め、5分後クロウが自分の分を半分まで減らしたところでノザンの皿は空となった。
「お腹減ってたんだね」
「は、恥ずかしながら」
ノザンはクロウから見てだいぶ年下の身体、まさしく食べ盛りといっていいような時期なのだろう。「恥ずかしがることはない」と声をかけた。
「いえ、他にも色々と……そうだ、僕のこと…全てお話しします。聞いてくれませんか?」
「そう…じゃ、場所を変えよう。僕が食べ終わったらね」
「嬢ちゃん……一品オマケだ、食っていきな」
「え、いや、……あ、ありがとう」
「……」
「えび、片方……いる?」
「……はい」




