第9話「十字星に花束を」 Part1
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呼び鈴が鳴る。
この家に来る来客はほとんど無い。
ここに誰が住んでいるという情報など知られるわけでもなく、かといってわざわざ知ろうとする者もなく。
では何者が来るのかと思いを巡らせるクロウが迎えに行く。
来客から初めて丁寧に扱われた玄関には、花束を持つ少年が立っていた。
誰?警戒をしないまでも不思議には思う。
「サザン・エア・クロウさん」
その少年はフルネームを口走った。
「ずっとお会いしたかった……!」
このコンタクトが、全ての始まりだった。
「…えっ、と……」
「これ、貴方に……」
少年は花束をクロウに捧げる。茎に沿って生える桃色の、可愛らしい星型の花。
しかし生憎とクロウに花を愛でる趣味は無い。奥に控える使用人ならば喜ぶかもしれないが、貰っても持て余すことだろう。
「お花…どうして僕にくれるの?」
まず疑問となるのは目的だ。注目されやすいバスターという人々、特別な感情を抱いているという訳がまず浮かぶ。
「ずっと憧れだったんです。華々しいバスターの中でも貴方は特に輝いて見えた……」
「あー…そういう感じ」
図星の考察らしい。この小さな男は、恋愛ないし憧憬の念をその花に込めている。しかし小さな男の子が輝く眼で見つめるともなれば、クロウも無碍にし辛くなる。ここは素直に受け取ろうかと返事を送る。
「正直こういうのは苦手だけどありがとう。でも誰にも話さないでよ?僕有名らしいからここを知られると」
「ええ分かっております、他の方には家を間違えたとお話しします」
「そう……」
聞き分けのいい子で助かる反面、聞き分けがよすぎないかと思わざるを得ない。
歳は見たところ10ぐらい、成長期も迎えてなさそうな体格。しかし妙に丁寧な言葉遣いに弁えた引き際。いい所の育ちなのか、大変革による改変…いや、露呈なのか。
何れにせよここを当てた理由に並び不気味という感想が脳裏に纏わりついて仕方がない。
「ち、近くに親御さんはいないのかい?」
「いいえ?僕一人ですよ。初めから一人でした」
「そう、そうなんだ」
かつてはゲームのこの世界、家族がいないNPCというだけならばあまり珍しくない。大変革に応じ両親の存在が創られ(というよりも発覚し)たり逆に片方あるいは両方の死因や失踪が分かったりする。
……だがクロウはこの少年の言い方に、それらとは何か別のものを感じずにはいられない。
「それであの、一つ……お願いがあるんですが」
「えっ、こ、困るんだけど。早く帰りなよ。ほら、なんだったらストックに送らせ……」
「北極星の形代……僕に譲ってくれませんか?」
少年は、かまわずに願いを聞かせた。
「なん、で?」
クロウは動揺する。
北極星の形代とは、かつてゲーム内イベントでクロウが入手した効果の無いアクセサリー用アイテムだ。
雪の結晶のような、輝く星のような小さなペンダント。パッシブスキル【北極星の加護】と共に貰えるもので、イベントを最後まで進めた証だ。
……その行程の中に、PC以外の誰かに見られる余地は欠片も無い。一度着けたこともあったが、その時はユウにとって気に入らなかったらしく以来倉庫で眠ったままだ。
イベント終了後暫くして高額なアイテムで習得可能となるのがイベントスキルの通例となっていたが、この【北極星の加護】は例外、形代も記念品で、販売どころかイベントの復刻もされたことが無い。
誰かが噂をして、もしくは名称を出して、それがこの少年の耳に入ったのか?
なら、なぜ住所が割られている。
次々と疑問が湧いてくるが決定していることが一つある。
「お願いです」
此処に希望を見出したような眼差しで見つめる少年に対し、それを語ることにした。
「そのアイテムは……思い出なんだ。僕とユウの。その一つ。名前も似ているからその愛着もある……絶対に、譲るわけにはいかない」
「それでも、僕にはそれが必要なんです」
「僕はユウがいた証を持っていたい」
「他のものではダメなんですか?その証とは……」
そう言われると弱い。そんな感じがしてしまった。しかしおいそれと譲りたくはない品なのはたしかだ。
「逆に、なんでそこまであのアイテムが欲しいんだ。何か特別な効果があるわけでもない」
北極星の形代自体は何も効果が無い、希少なだけのアイテムだ。また、大変革によって【北極星の加護】も効果がなくなっている。
希少さを求めるというならばコレクターか、金目的か。
「僕の拠り所なんです」
「拠り所?」
「また、来ますね」
「えっ」
抽象的なセリフと共に、彼は帰っていった。
拠り所、これはクロウの持ち物である。それが、何故見知らぬ少年の拠り所だというのか。
「名前、聞けばよかったな」
次の日も、彼はまた訪れた。昨日と同じ桃色の、星型の花束を持って。
「……あげないよ」
「どうしてもですか?」
「あれに何があるっていうんだ」
「僕の拠り所なんです」
「またそれか……他のものではダメなのかい?」
「あれでないとダメなんです。お願いです、北極星の形代を僕に譲ってください」
意趣返しのつもりが、強い意志を貫いてくる。
困ったな、また拒否すればその度訪ねてくるのだろうか、と思ったクロウは、別の行動をとることで撒けないかと考えた。
「街までさ、調べにいかない?」
「えっ?」
「もしかしたら、似たようなものが売っているかもしれない。」
「でも、僕はクロウさんの……」
「僕が買えば僕の持っている形代になる。それでもダメか」
「えっと……」
少年は悩む。10秒程度、その後答えを出す。
「分かりました、お願いします」
少年は渋々、頭を下げた。
「…まずは市場だ。でも、あるとは限らないのだけは勘弁してね」
そう告げて、彼をまた屋内に入れないまま外出の準備をした。
いつぶりかの市場は変わらず賑わい、バラエティーに富む物物が辺りを彩っている。
魚、果物、書物、宝石……以前来た時にあったものが大半だが、その半分以上がセレマの外でしか手に入らないものと言われている。言われているというより、宣伝されている。
「話してくれないんだね、欲しい理由」
「今まで言っていた通りですよ?」
「具体的な答えが欲しいんだ」
近くの露店で人の腕ほどもある爪を見つけ、それを手に取って少年に見せる。
「こういうのよりも、あのアイテムがいいの?」
「素材でしょうか。バスターでない僕の手には余ります」
また別の店で、甘い香りを放つ果物を見せる。
「こういうのよりも、欲しいの?」
「美味しそうですね。でも、食べられれば何でもいいので」
見せた果物を買い、また別の店で手のひら大の彫刻品を見せる。
「こういうのよりも、本当に?」
「興味がありませんので」
彫刻品を買い、
「これもクロウさんの好みなんですね」
「…いや、なんとなく」
次の店へ行く。
(仕方ないから真面目に探すか)
とはいっても、過去に該当イベントをプレイしたPCしか形代は所持していない。
金策のために売りに出したとしても、探す頃には無くなっていることなどクロウには容易に予想できた。
それだけ、“一部のPCのみが所持していた貴重な物品”というのは能力の有無に関わらず需要があるのだ。
「それっぽいお店には全然無いな……」
「クロウさん、その……」
「うーん……お昼にしようか」
「お昼、ですか」
何か言いかけた少年はお昼にするという言葉にきょとんとしている。
「食べられれば何でもいいって言ってたけど、本当に頓着しないんだね?ほら、そこの…行こう?」
「……は、はい……」
少年の顔は暗かった。




