第8話「ドレスアップ大作戦」 Part6
「……始まったね。クロウ、いけるかい?」
「うん……この次だよね……ところで」
「気になることでもあるの?」
軽く気になった程度のようだが、アリエが訊く。
「この声聞き覚えがあるんだよなぁ」
「知ってるの?私は知らない」
「印象が薄い…いつだったかな」
《正統派!特徴は控えめながらシンプルなデザイン性!最初の一発目に相応しい王道性と言えるでしょう!!》
ファッションに対するコメントが聞こえる。
クロウが注意して聴いてみようとすると、声自体だけでなく、リズム、抑揚、その他も覚えがあると分かった。
「……昨日バスターの装備を売ってた人?」
「昨日…?もしかしてアリエに攫われる前に人溜まり作ってた……」
「アハハ……」
《ではお願いします!“シティーラヴァース”!》
進行役が題のようなものを読み上げると、何やら寸劇のようなものが始まった。
一人は一人を愛し、また別の一人は別の一人を愛するように……そんな三角形のラブストーリーが繰り広げられる。
「服着て見せるだけだと思ってたよ」
「演劇まで披露することになるとは楽しみだね。クロウの晴れ舞台が」
「止めてよストック……」
「さっきの素晴らしい演技をみんなに見せてあげようじゃないか」
「うぅぅ……」
暫くして、先鋒の番が終了した。
《カーマインクロスでした!!》
「ではお願いします」
「任せたまえ。ナノハ君」
「あいあいさー!!」
回って来たアリエ達の番、ストックとナノハで背景セットの準備を行い、アリエとクロウもその後に向かう。
《続いては“ダイニーボタン”よろしくお願いします!!》
「いくよ、クロウ」
「どうとでもなれ……」
召喚に合わせて歩みを始める。できるだけ綺麗な姿勢で、まっすぐに、前を向いて。
そのままお城のような背後のステージに上がれば、観衆は10人ほど。
あの咆哮を浴びても残り続けた精強なる町民だ。
(人が少ない方がと思ったけど、これはこれでなんか……)
懸命に、打ち合わせ通りのことをする。できるだけ格好つけて、見せる面を指の先まで意識するようにハッキリと。
普段の戦いでの行動精度が活かせるようでも根本がまるで違う。地形や次の動きに合わせる一瞬の構えなどここでは意味を為さない。
そしてクロウを苦戦させるのはそれだけではない。多人数相手の緊張や羞恥心を想定していたものが、実際は数ではなかった。少人数でも似た心情が在り得たことで、本人はなんとかやれていると思ってはいても疲弊がより大きく降りかかった。
誘ったアリエを再び恨むが、今はとにかく時が過ぎるのを待つしかない。
《スタイリッシュ・フォーマル!!黒く燻す銀の侍従!いや黒いスーツだけど!細かな装飾がここからでも静かな輝きで睨み付ける!いいですねぇ執事!!》
(よく思いっきりコメントできるな……いや、今は何も考えない。考えないのがいい……!)
《お転婆な印象の黄色いドレス!可愛らしいですねぇ、全女の子の憧れ!執事と合わせて主従が熱い!!》
(でもなんでコメントのコーナーがあるの?)
事前の情報ではコメントがあるなど聞いてはいなかった。もっとも、知らせるほどでもないと判断されたのかもしれないし、むしろ勝手にやってるのかもしれないが。
恥ずかしさなどどこにも無くやたらテンションの高いMCに気圧されながら一通り魅せ終わり、問題のフェーズへと突入せざるを得ない時となった。
《では“セレマのワルツ”!お願いしますっ!》
クロウが跪き、アリエが手を差し出す。その手に口づけをするふりをして、そのまま手を取り合い円の動きで踊る。
聞けば、アリエはこれしか思いつかなかったのだという。大変革後間も無い中で本職が服職人の1人だけが、仕立てと共に出し物考案というのは、自分で決めたことといえ非常に厳しかったことだろう。
オーソドックスな社交ダンス、言葉でではなく恰好を見せる。360°どこを見せても恥ずかしくないように、低速の。しかしながらハッキリと。
続けていく内に大きく早く動く部位に入った。するとドレスで動くことに未だ慣れていなかったのか、アリエが転びそうになってしまう。
「ダダダダダ大丈夫?」
「続けて」
真顔のクロウ(7Hz)が偶々ではあるがアリエを抱えるような恰好になり、予定外のそれがむしろ人の目を惹きつける。
小声で無事を確認した後、その姿勢から派生するように続きを踊る。
「うらやま」
「共に踊るかい?」「スェアッ」
くるくると踊り続ける。表現はどんどんエスカレートしていき、最終的には引き裂かれるように台の端と端。両端に背を向け合い天に何かを求める。
二人はそのまま後退、途中で振り返り抱き着いたかと思えば最後に細かいステップで踊り行き、内側に繋いだ手と外側に振り上げた手でフィニッシュ。アリエなりのハッピーエンドの表し方だという。
《ありがとうございました!ダイニーボタンのお二人でしたー!!》
カーペットロードを翻すクロウとアリエ。その脚は、心なしか少し早足になっていく。
セットも速やかに片づけてまずは困難を完全に達成した。
「想像以上にキツかった……!!」
謎の極大なる疲弊でクロウは地に手をつく。元々作る専門でこういったことはしてこなかったというアリエも座り込んでいる。
「兄さんこれをやってたのか……いや、こういうのにウチが参加するのは初めてだけど……兄さん、いつもこんな感覚で街を……!?」
「それは流石に考えすぎだろう」
「その言い方はお兄さんが変態みたいじゃなーい?」
片づけを終えたナノハとストックも合流する。




