第1話「親離れの日」 Part4
眼前の街はすっかり夕日のオレンジに覆われている。
「クロウさん、お疲れ様です」
「そちらこそ」
「おつかれーい」
兵士と再び軽い挨拶を交わして街に戻る。
(きっとハナも、少し戸惑ってる……何か元気づけるようなものは……)
「お、駆除任…クエスト帰りかい?」
立派な鎧を身に着けた青年がクロウに話しかける。
夕日が後光を差すように照らした彼をクロウは軽く流そうとする。
「うん。今日はもう休むから、それじゃ」
「おおぅ……まぁいいや、じゃあなー」
何事もなくすれ違う二人と一人。門から外へ向かう青年をよそにクロウ達は変わらず帰路を往く。ほんの少しの違和感と共にではあるが。
「知り合い?」
「いや……でも、どこかで見たかな…?」
「影になってて顔見えなかったから私も分からないけど、ナンパなら大失敗だね」
「ナンパ?」
「そうだ!こうやって自由になれたんなら、折角だしいい恋しようよ!私達もほら?年頃の乙女だしぃ?」
色恋に興味を示した感情のまま、クロウも含めるように甘めの声で主語を拡大する。ただし、どうにもクロウはその手の意識は少ない方で。
「あんまり興味は無いかな」
「連れないなー」
あっさりとした反応で、悩むことなく軽く流してしまう。
「……もしかして寂しいの?」
「家に帰れば“カンナ”や“コムラさん”もいるんだよ?でもさぁーぁぁぁ……それはそれとしてカレシの1人とか2人とか欲しくならない?」
「2人は問題じゃない……?」
「ここは現実じゃないんだぞー!」
「つい最近現実になったじゃん。というかもしかして、やっぱり面食いたい?」
「やっぱりって何よー!お前の面食ってやろうかー!オンナの癖に少年みたいな顔しやがってー!」
がおー、と猛獣が吠えるような態勢をとる。
だがクロウにはそれが猛獣にはとても見えなかった。
「いいじゃないの別に」
ナノハのかわいい威嚇が少しツボに入り若干声が震える。
「ふーんだ!次合うときはイケメンでサッカーチーム作れるぐらい侍らせてやるんだから!」
「どこで覚えた言葉さそれ……あ、僕は組合に報こ」
「ジャアナ!」
「あ、う、うん……じゃあね」
捨て台詞と共にナノハは帰っていった。
(……まぁ元気そうだからいっか)
ナノハの心情の心配は不要と踏み、ベロス駆除の報告を済ませて自らも帰路に就く。報酬は500G。日本円に換算してもほぼそのままと考察されている価値だ。
一応は危険な生物と戦っているはずだが、完全にゲーム序盤の値段といったものである。クリケ曰く、貨幣価値の調整にまだ時間が必要らしい。
「じゃあこれから処理部隊を向かわせますね」
「あ、それっぽいのならもう、すぐに来てたけど」
「パトロール班ですね。なら、大丈夫そうです」
「ハナ…相方がいなかったら初耳だったんだけど……」
「あっ……!ごめんなさい伝えるのを忘れて……!」
「必須事項だったんだね……」
一方、世界の現実化によって主人公の家はどうなったかというと、実質ランダムに位置が割り振られていた。
元はアクセシビリティと物語上の都合から、拠点を出れば有用な施設が集中してる区域に直接着くようになっているため特定の住所というものは無かった。
クロウの拠点は組合からは離れた場所の一軒家。セレマでは一般的な、中世ヨーロッパを思わせる――典型的な異世界ファンタジーの街並みを想起させる目的で設計された――木組みと煉瓦の住宅地。
(……マップが生きててよかった……)
当然、便利で不透明な移動システムが無くなってその上住所もランダムと来たら、慣れるまで時間がかかる。
住所がきちんと記憶や経験というものと共に存在または生成されたNPCはともかく、特にこれと言った差異の少ない住宅地に、それも道中が全く変えられてしまった上で居を構えさせられたPC達にとってはウインドウが無ければ死活問題である。
「ただいま……」
「お帰りなさいませ、お嬢さん」
「……」
「その何とも言えない顔止めてくれないかい?」
クロスマギアには「従者システム」と呼ばれるものがある。
PCとは別に、しかし同等の自由度で以て従者やパートナーと呼べる人物を作れるのだ。
しかもこの場合、従者は人間だけでなく犬や猫のようなペットも作ることができ、実際、ナノハはこれによって妹カンナと飼い犬コムラと暮らしている。
なお、PCとの関係は同等、上、下、対等、自由に設定できる。トリカブトが言った逃げた2人の女従者もPCの下の身分として設定された“クリエイトキャラクター”である。
作る作らないは各々の自由だが、クロウにはそれがいた。ストック・ブーゲンビリアというこれまた美しく男性にも見える顔の、王子様のような背の高い女性が。
(改めて思うなぁ、ユウもけっこうな面食いだったんだなって……)
さりげなくナノハへの印象とかつての主を頭の中で重ねる。
「テキストに出ずとも君が変なことを考えてることはわかったよ」
「うん、まずはその奇妙な格好をやめようか」
(というか2人してこれで女ってけっこう拗れてたなーユウ。しおんさんとの会話からして、男の人にフラれた反動っぽかったけど)
ストックは見た目こそ麗しいものの、時々奇行に走る。今していたのは大きく身体を反り片腕を重力に任せもう片方の手をキメ顔の額に当てる、鳥肌にでも襲われそうなカッコつけ。まるで何人にも勝る自信を誇示しているようだ。
「まさか、フラれた原因顔だけで選んだからじゃないよね……?」
「おや?恋の話かい?詳しく聞かせてほしいな」
「僕のじゃない」
一応強く発音する。だがストックはその語気をあまり気に留めない。
「では誰の……いやいや他人の恋バナを又聞きするのも野暮だろうか……?」
「じゃあもし僕が色恋に手を出したらその時も野暮だと思ってくれ」
「伴侶との生活を予定しているのかなぁ?」
「給料減らそうか?」
「君だけがいれば十分さ?」
「女モテしたいからって僕で試すな。あとなんでハテナが付いた」
「“設定”には従いたいんだ、減俸してもいいから特訓に付き合っておくれよ」
「じゃあハナとしてきたら?僕はシャワーを浴びる特訓をする」
「ごゆっくり」
ロスマギでの作成キャラには設定文を付けることができる。
凝ったものを付ける者がいれば逆に何も入れない者もいる。ゲーム勇者の王道を書き込む者がいれば、変質者的な設定を付与する者もいる。
しかし、何をどれだけ書いても意味は無い後付けの文字列、もしくは“フレーバーテキスト”に留まった。
それでも世界の変容後、この造られた者達の中には演じる脚本にキャラクターの設定を反映するように、充てられた設定に従って生きようとする者も少なくなかった。
ストックもその一人で、彼女の場合は女性にモテるという一文があった。
とはいえストックの場合は事情が別、従者システムで作られたキャラクターにはAIによる性格付与が行われていたのだ。ストックは、そうしてこのような女性と相成った。
しかしそれでも現実化した世界では他の人々と同じであり、本人はどうすれば設定内の一文のようになれるかが分からず時たま奇行に走るのだ。
「やはり壁を殴った方が……?いや、顎を持ち上げるのも効くらしいし……」
試行錯誤する色女?を尻目に浴室へ貯められた水を浴び、その色女の用意していた夕食を摂取し、自室で眠る。
クロウの初めての外出は特に大きな事件も無く無事に終わった。
ベッドと布団の間で帰ってきてからのことが浮かんでくる。世界が現実になるかどうか以前に今までこなしてきた動作、身体を流れる水の感触も、ストックの作るイタリア風の食事の味も、眠気に従い床に就くことも、全て体験してきた。その感覚と記憶が生きているのかどうかを逆にすんでのところで世界を曖昧にしていく。
本当に自分はここにいるのか、この記憶と感覚は作られたもので、実はここは夢の中ではないのか。かつての相棒に何が正しいのか問いたくなる。
「ねぇ、ユウ」
「?」
「……なんでもない」
「……」
「……ユウは、今何してるの?」
「……」
「仕事うまくいってる?いい男の人見つけた?ちゃんと健康でいれてる?」
「……」
「ユウ?」
「……」
「……そんなキャラじゃなかったよ、ユウは」
背中に誰かがいたような感覚はもう無い。
ベッドにいるのはTシャツのような1枚を着た人間ただ一人。
(夢まで見るようになるなんてね……)
まだふわり脱力の脳に卵を焼いた香ばしい匂いが届く。
次の日の始まりだ。
~第1話「親離れの日」~
――――――――
クロウエア:「……同情が欲しいのか?」
鳥兜:「テメェなんかの同情いるかよ!!このトリカブト@毒舌使い様にィィィィィ」
ガラが悪いだけのビギナーレベルなど一捻りである。
クロウエア:「……ッ、~~っ!……??」
鳥兜:「……」
クロウエア:「ん~~~っ!!」
菜の花:やり直ぉぉーーし!!
クロウエア:「ほあぁ('д`;)」
鳥兜:「な、何かすまん……」
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後書き欄をNG集にしようかなって
ちなみにクロウのプレイヤーのフルネームは「赤津間 木綿」(あかつま ゆう)で、HNが「ユウ」。由来は画面の前のプレイヤーを示すYou!……じゃなくてアカツメクサとハマユウから。
元オンラインゲームという世界観上、多分本名で言及されること無いんじゃないかなーと感じてるので今言っとこ(いつでもよくね?感はある)