第7話「クロウの女苦労」 Part5
「さーて、だいぶ振り回されたけど」
「白星の数ならばクロウの勝ちだ。三本勝負なら、もうここで終わりになるけど?」
「5戦目とか言わないでよ…?」
「……」
ここまでの暴走とは一転、ナノハは静かだ。
「やっぱ凄いなぁ、クロウは」
「凄いってなる瞬間あった?」
2戦とも、まともな決着ではなかった。
クロウが凄いというより、ナノハがただ引っ掻き回しただけである。
「いつもそうだよ。でも……」
ふと遠くを見つめるように窓へ振り返る。枠に手をかけもの惜しげに眺める橙の夕暮れは眩しい。
「うん、それでも」
一言小さく呟いて、クロウらの方へ向き直る。
「……ねぇクロウ、ストックさん。ルール変更…いいかな?」
「今度は何」
「面白いものを見せてくれるなら歓迎だよ」
「勘弁してよ……」
夕日は沈んでいき、ほんのりと藍色が見え始める。
「賭けるのはやっぱり、ストックさんじゃなくてクロウ!」
「え、ハナ?」
「最初はさ、ストックさんとお近づきしたかったけど、途中で思ったんだ、私は独り占めしたかったんだねって」
「何の話……?」
「この三本目で私が勝ったらクロウは私が貰う!!」
「待って!!どうしてそうなるの!?僕が負けたら――」
「私と……一緒に帰るの。私のモノとして、私のお家に」
「分からないな……!そういう目で見られていたの?僕は」
「クロウは特別なの。だから、私のモノにする。私が、ものにするッ!!」
そう言うと、開けた窓から外へと飛び出した。クロウも追って外に出る。
ナノハはストックを求めていた。それは3人でわいわいするための口実だと勝負する中でクロウは思っていた。
そうしたら今度は強めの言い方でクロウを貰うと宣う。
今までのナノハがあれでまともだと考えていたところにこの暴走はどういうことなのか。考えることをやめたいほどに意味が分からない。
「行くよクロウ!真剣勝負!!」
「よしてよ!バスターが街中でっ」
「決まりはまだ宙ぶらりんなのっ!」
「そこを分かって何故こんな!」
狭くはないが広くもない通り、帰宅し始めでか徐々に増える住人、その中でナノハの大剣がブンブン振り回される。
また剣を持たずに外へ出たクロウは立ちはだかるものの、木製のバットでも振っているように軽々と振り回されるそれに後退しながら避けるしかない。
「ハナは何がしたいんだよ本当!」
「奇遇!私もわかんない!」
横薙ぎの面をジャンプして蹴って上空、空をもう一段蹴り態勢を整えつつ再度蹴る。重力と跳躍力での高速突撃だったがしかしその数動作はナノハにとっても隙、剣が思いっ切り蹴られて態勢を崩したはずが、突撃の際には既に迎撃態勢準備済み。迎え撃つように斬り上げる。
それを見たクロウは急ぎ横へやや低速で飛び、建物に当たる直前に4度目の蹴りで地面に降り立つ。……建物は、もとの佇まいのままだ。
(多分、斬られてた。本気じゃない…?)
「欲しいものは、決闘で奪い取る!!それがたとえクロウでも!」
「おー、お熱い」
「ちょ、ストック!?」
「主人が嫁に行くのもまぁ悪くはないね」
「はぁ!?」
「ストックさんもそう言ってるから、来て!私と!!」
剣を振り回すのを止め、舌戦に移る。
「ユウさんと会えなくなって、それでストックに求めてるの拠り所を!そこはさぁ!私でしょ!!」
「女の感情って…!」
「お前も女だァァァァ!!」
舌戦は即座に終わった。再び斬りにかかる。
「私の!気も!知らないで、さぁっ!!」
暴力的な、ムチャクチャなぶん回しは、彼女がパワーファイターとして育成されていたことを言葉よりも明快に訴えてくる。
逃げるだけなら速さのクロウにとって簡単だ。しかしそれよりもまずはナノハを止めねばならないという使命感のような責任感のようなものに阻まれ、その傍から離れることは念頭に置かれない。
「だがナノハ君はやり過ぎだな。じゃれるどころじゃない本気の戦いを見るとはね」
巻き込まれてる側に近いとはいえ、一応は発端であるストックは、ひとまず静観に徹している。
「しかしつい煽ってしまったが私はどうするか……」
「オラァァァァ」
「私をエサに…は無理だろう。こう拗らせていると……」
「ええい止まれーい!」
「倒したいのかそうじゃないのかまずハッキリして!!」
「ハッキリしていない…?うーん……」
一応、魔法の類は使われない。
ナノハはできるだけ隙を見せたくない相手のため、周囲への流れ弾を気にしなくていいのは幸いだった。
しかし一つ懸念として、バスターの印象を下げるわけにはいかないという思いがある。
港であったことを繰り返せばどうなることか。既に周囲に“怖い”が見え隠れしている。そこだ、いけ、やれ、と煽る声もあるが、とにかくそう長引かせたくはない。
(このままじゃ片方が息切れするまで終わらない。いっそ降参するか……?)
「おーい」
焦りが出てきたクロウのもとに、ストックの声が届く。
「クロウ、いつも通りに周りのものを使え」
「でも」
「迷惑をかけなければいいんだよ」
「いや、だからって、くっ」
「もっと違うアドバイスがいいか……」
かつてクロウは持っていてナノハは持っていなかったスキル・ハイド&シーカーズの影響で、クロウにのみストックの声が聞こえている。ストックも、それを意識した大きくない声だ。
戦闘中の研ぎ澄まされた感覚がそれを吸収する。ただし、それが原因で逆に注意がバラけてしまい若干押されてしまう。
「彼女を甘やかすんだ、そのためにどうにか抑え込んでくれ」
「何言ってる!」
「君が本気になれば迷走してる相手など敵ではないだろう」
仮にも強敵との戦いにそんなものを持ち込むのか、と思ったところで攻撃は来るため回避する。相手も手練れ故の三次元回避策。
避けながらにして決断を迫られる。とはいえ、実際のところ、飛ぶための蹴りの威力は木が折れないぐらいには低い。こうなったら、無礼を承知でやるしかない。
「“ハッキリ”させてあげるんだ。私がと」
「ええい!」
「!!」
住居はそこまで強固なわけではない。それでも、“一瞬でも接地できれば”その一度で済む。ゴメンナサイと思いながら他人の家の壁を土足で踏みつける。
魔法が混じる力か、自分の体重を一点に押し付けることになっても壁はヒビすら入らない。
ベクトル変換による減速すらも置いていく機動力そのままに一気に背後へ回り込んだ。
「敵わない、かぁ」
振り向きかけた時にはもうクロウが迫っている。
クロウの機動力の基幹の一つ、そのかつての呼び名は【ハイヤーフィートLv.15】。空中を4回まで蹴って方向転換できる、“常時発動スキル”。
実力者であるナノハといえども、壁を蹴って、計9度も振り回せれば十分だ。
(どすっ、とす、ころ、ごろん)
武器を持たないクロウの攻撃は、飛びかかるのみだった。両腕を広げ、抱くように、そしてその勢いのまま二人で転んでいく。
衝撃にて手放された剣もそこらの地面にゴンッ、ドスッと重々しく転がった。
「大丈夫かい二人とも」
あまりに勢いよく転がっていくもので、ストックも心配して駆け寄る。
「大人しくしてもらうよ、ハナ」
「離さないって?私の方が力はあるよ」
「攻撃力バフ」
「それでもだよ」
全体重をナノハに押し付けて動きを封じる。
それでもナノハの方が単純な力は勝っているが今は脅迫の段階。抜け出したいならいつでも抜け出せる。
だがクロウはそれを知っているはずながらもかまわず押さえ続ける。
「……どうしよ。負けちゃったぁ」
「何で急に暴れだしたのかは気になるけど、勝者権限で処分を言い渡す」
「あ、え、ううう仕方なし……」
ナノハも観念したようで、抵抗も何もしない。クロウへ身を委ねる。
百合ってこういうものだって聞きました
百合って殴り合いなんですね(?)




