第7話「クロウの女苦労」 Part4
「さて第2ラウンド!!」
「もういいでしょ!?」
「料理対決だぁー!」
種目を言い渡しながら再びクロウの家へと突入していく。ここまでくるともはや暴走のレベルである。
「なんのために外に出たの!?」
結局、外に出た意味は分からなくなってしまった。
「本当に、変わった子だ」
「勢いだけで生きてるんじゃないかなって思うよ」
料理対決と言ったからには向かうはキッチン。そこにいたナノハはいつの間に着けたのだろうかピンクのエプロンを羽織っている。それも黒いドレスのような装備の上にそのまま。
全体的に柔らかい見た目のナノハの防具だが、その柔らかさのまま高い防御力を有する立派な防御装備。
一応所々とゴツゴツとした部分もあるため、元気な印象の本人とは裏腹にアンバランスさを布1枚の向こうに抱擁している。
「そういえば、私服で来ようとは思わなかったの?」
「んー、後でテキトーな依頼行こうかなーとも思ってたし。私服と言えば、クロウの私服ってなんか新鮮だね」
「そうかな」
クロウの衣装はユウが集めたもので、かつては防具扱いとして装備したり、見た目をその衣装のものに変更するような機能が存在していた。
しかしユウは衣服を集めはしたが着せ替えて遊ぶことは少なかったため、思い出や学習というよりもクロウ自身のセンスで着飾られている。
とはいえ、その衣装はなぜか男性向けの物が多いため、選ぶ余地はあまり無かったのが実情だが。
「男の子っぽい感じだよね。ジーパンにシャツに、薄いジャケット」
典型的中世ファンタジー世界ベースのこの街に似つかわしくない、モダンなコーディネート。ユウは自分の住む世界の感覚で選んだようだ。
「そもそも男物ばっかりだったからね。新しく買った方がいいか」
「イヤ、クロウはそのままでいて」
「?」
「力説したいことがあります」
「いいえ、遠慮します」
衣服の話題が広がりかけた頃、倉庫へ行っていたストックが戻って来た。持っている木箱には食材がぎっしり詰まっているが、軽々と持ち込んでいる。
「ほぉら小娘達、材料を持ってきたよ」
「あ、お疲れ……ついに呼び方が人間になったね」
「バッチコーイ!」
「ハナはもっと迷惑かけてる自覚を持って」
「いいよ、賑やかなのも面白いからね。さて――」
ストックは二人を一瞥し、そして仕切り始める。
「まずはナノハ君、一応防具を脱ごうか。あとクロウには私のエプロンを貸そう」
「クロウ負け!」
「まだ始まってないのに!?」
「エプロンの未着用程度で料理対決の勝敗が決するのは面白くないな。焦ってもいいことはないよ、ナノハ君」
「イエス…アイマァム……」
けしかけておいて無責任、と思ったのだろうか。やさしく注意する。
ただ、当の本人はストックの声帯から吐き出される心地よい「やさしい注意」に大きな衝撃を受けている。
「僕としては終わってほしかったけど」
「いや、君にとっていい機会だと思ったのも大きい」
「いい機会?」
「働き手といえど、たまには自炊をしてほしいのが親心というものだ」
「い、言ってることは、分かるけど……親心って」
僕にとって親とはユウだ……とも出かけたが、やっぱり甘えすぎだよなと感じて胸に戻す。でもそこじゃない気もする。
「さぁ!野菜と魚は鮮度が命!!早速とりかかってもらおうか」
「いえっさー!」
「え、急に言われても何作るか……」
食材の足の速度だけ言われてしどろもどろになるクロウに微笑みながらその答えの一つを示す。
「なんでもいいよ」
「……はい」
(クロウもそういう返事してたんだ……)
それが善意で放たれた言葉なのかは定かではない。
ただ分かることは、大変革からの短い期間で、「今日の献立は何にする?」「なんでもいいよ」「それが一番困る」というやりとりがクロウ・ストック間、それとナノハの方にも何度かあったということのみだ。
「私は……アレしかないっ」
「うーん……果物と野菜……」
「肉もよければ使っていいよ」
「お肉か……あっ」
各々思い思いに具材をとり、調理していく。
「……ナノハ君。君は一体何をしているのかな」
「え?お砂糖入れてるだけだけど」
「入れた、ではなく入れてる、なのが気になるんだ。流石にその量は――」
「そこまでよーストックさん!ストックさんは審査員だからどっちかに肩入れはダメだと思うの」
「ちょ、調理過程も審査の対象と言っては駄目かい?」
ストックが困り始めている。自分の口に入るからか、はたまた口出ししたくなるほど見てられない有様だからか、ねっとりと覆うようだった語調に震えが混じる。
「えっと……これで……あーもっと見ておけばよかった」
クロウも調理を進めているが料理は全くしない方、見よう見まねですらない勘の作業。刃物の扱いだけは的確だが他で苦戦し続けている。
「全く、バスターというのはみんなこうなのかい?今度私が手ほどきして」
「是非」
「顔目的だろ?ハナは」
「やる気があるのなら教えられるだけ教えてあげよう。今日は勝負ついでに、君達がどこまでできるかを見定めておく」
「これじゃ勝負じゃなくて、レッスンだね」
そしてそれから数十分、もう日が傾き始めたのかという頃、2人の料理は完成した。
「やっと……できた……」
「疲れたぁ~……」
見定めると言った通りノーヒントで調理は続き、両者手探りの中作り上げていった。
クロウは完成してほっと一息と言った風だが、ナノハの方は自信があるようだ。
「二人ともお疲れ様。見た目は共によいものだね」
「いや、僕は焦がしたし……」
「それがまた、いいんじゃないか。やり遂げたという意味でもね」
「ふふーん、私も完璧なアップルパイができたよ!!」
「一応聞くが、味見はしたかい?」
「もったいないからしてない!!」
「あぁ。うん……期待しておくよ……」
余裕のある雰囲気でいたストックが冷や汗と共に目を泳がせるほど動揺している。見定める、と言った割には静観を後悔しているようだ。
「……クロウの料理からいただこう」
その決定には、自らの寿命を1秒でも延ばしたい生物の本能が働いているようであった。
クロウの作ったものは、全体的に薄黒く染まりパリッと粉がこぼれてしまっている……硬い何かだ。挟まれているのは、これも焦げているが肉、他の部分よりはいいと言った具合だ。
「ほう?もしかしてハンバーガーかな」
「ストック、設定に…ミートパイが好きって書いてあったから、もしかしたらと思って。パイは難しそうだから…パンにしたけど……」
「あっ!クロウそういうとこ見てやるのズルい!」
「まぁまぁ。しかしまさかいきなりパン作りに手を出すとは思わなかったよ。ステーキとかコールスローとか、もっと単純なものを想像していたからね。そうだ、別の部屋にパンを作るための環境を整えてあるんだ。今度そこで一緒に作ってみようか」
「むむむっ」
「…ハナに君がとられなかったらね」
「むーん。」
「さて――」
パン、というよりはビスケット。当然だ、発酵をすっ飛ばしていきなり焼いたので膨らまずに凝縮されている。よく言えば焦げは表面止まりで香ばしく歯ごたえのある仕上がりだが、パサパサで水気を取られるし少し焦げた肉の硬さもどこか合わない。
それでも、意外と食べれないことはない。いきなりパン作りに手を出した割には上々と言えるだろう。
肉部分はシンプルなため、味が薄いぐらいで文句はあまり無い。
「食べれないことはない……とだけ言っておこう。正直にね」
「そっか」
「む…」
……クロウはニヒルというか、クールな割に当たりは強い方だ。それでも、“身内”というものには思うところがあるのだろう。
「なに、殆どできているようなものだ。あと1工程挿むだけでよく見るバンズになる」
「うん」
――なんやかんや言って、クロウは、笑顔なのだ。
「ハッ!ク、クロウの次は、私だぁー!!」
多少分け入るように、ナノハが名乗りを上げる。
差し出されたのは言った通りのアップルパイ。見た目は完全にそのものである。
顔ほどの大きさの円形の生地に設けられたスリットは蜜漬けの大粒リンゴが覗き、こんがりときつね色の表面が食欲をそそる。甘く香り立ち、一見先ほどまでの流れが何かの間違いだと思える仕上がりだ。
「ふふふ、小腹が空いた時にこんなご馳走を出されたら、ついがっついてしまいそうだ。さて、いただきま……いや、待て」
ストックの穏やかな顔が、一転真面目になる。
「ナノハ君、たしか用意した食材にパイ生地そのものは無かったはずだが」
「え?作った!!」
「作った?これほど完璧なパイ生地、もっと時間がかかる筈……いや、妥協してもやれるか?砂糖のことから先は見ていなかったが、何か特別なやり方は……」
「そうねぇ……ま、まぁテキトーだよテキトー…あんまり料理はやったこと、ない、からさー……」
「……」
「……」
一瞬、本当は料理上手なのではと思ったが、砂糖のことでそれはないと断言できる。いくら砂糖を多く要求されるのが菓子とはいえ、あの量はあり得ない。
ストック自身も料理については研究中だ。ただそれゆえに、まともなレシピ無しで完璧はあり得ないとも実感している。基本的に手間のかかる煌びやかな菓子類とあらば、なおのことだ。
「……ま、まぁ、せっかく私のために作ってくれたんだ。見た目通りの味かもしれないし…いただくよ」
「どうぞ召し上がれ!」
ナイフで8分の1ぐらいのピースに切り取り――
「待って待って待って待って」
青い汁がどくどくと溢れ出てくる。
「青、青……青……?」
ストックももう既に目の前で何が起こっているのか理解に苦しんでいる。
「青い色を出す材料は……無かった……はず……だ、ね」
「ハ、ハナ。何を盛ったんだ……?」
「……え、えと……愛、かなぁ?」
「どれだけ青春してたらリンゴまで彩られるかなぁ!?」
複雑な化学反応か?魔法でも込めたのか?料理下手のテンプレートに理屈は通用しない。ナノハの料理は無意識の魔力(比喩)に彩られた。
しかしこれは調理の末に生まれた食糧。勝負のため作られたとはいえ無駄にすることはそれぞれの良心が許さない。
「味はいいかもしれない。いただ不味ッッ!!」
「早い!!」
口に含んだ瞬間、不快そのものが早足で滲み出てくる。
(こ、ぇ…、下ごしらえしていない野菜……?いや、砂煙が口に入った時の感覚?いやいやもっとこう、汚泥……?)
いったいどこから間違った。
開始時にレシピのメモでも渡せばよかったのか?
複雑だったり長時間の工程を要する部分は材料と共に救済を用意するべきだったのか?
あいにくと、生地類をはじめ二次的な材料は研究のこともあり朝昼夕の食事も兼ねてその日のうちに使い切る。今日は作る予定自体無かった。
味を基にした分析などしてられない。途中から後悔のような思考へ切り替わるほどの衝撃。
(何にしろ捨てるのがもったいないとは言っていられない味だ……製法が逆に気になるな)
「ストックさん?」
「――こnド料理、教えル、kて、ほシ、い」
「バグった!?」
「ストックさぁぁん!?」
発話に支障を来すほどの酷い出来に、小休止を設けざるを得なかった。
ナノハの料理壊滅的なため勝負はクロウの勝利へ傾いた。
後のクロウ曰く、ストックがここまで取り乱したのは後にも先にもこの1度きりだったという。
味覚がロストマギア




