第7話「クロウの女苦労」 Part2
しゅみです
――お言葉に甘え、帰宅。
バスターとして生きていこうと決めはしたものの、それだけで生きていこうとまでは思っていない。2週間、また色々見て回ろうかな?でも、外出を控える方がいいとのことだ。そこで生真面目になることもないとも思ったが他にやることは……?
そう予定を組んでいたところで、暫く顔を見ていなかった従者ストックが柔らかな表情で迎える。
「……あ」
「おかえり、帰程大事無かったかい?」
「…うん」
玄関の扉を開けストックを見た瞬間、不覚を感じて言葉が消える。
「8日間の予定とは聞いていたけれど、これでも心配だったんだよ?大事な大事な主様」
「えと……す、スミマセン……」
接触作戦のことは伝えてある。しかし、そのままだったのだ。つい、そのままの足で壁の調査へ向かっていた。当然連絡など取ることもなくほったらかしにして。
大事な、をやけに強調するあたり相当心配をかけてた上で帰りを待ちわびていたことが痛いほど分かる
「無事なのはいいが、予定をそう何日も遅れないでほしい。何かあったら、と思ってしまうだろ」
嗚呼、こういうところは。そうクロウは思った。
初め世界が変わりユウもいない本当に最初の時、塞ぎ込んでいた中で呼びかけ世話をしてくれたのは彼女ではないか。再びの決まりが悪いという感覚、今日はなんかもうダメだ。おとなしくしていよう。
「……反省した。できる限り気を付ける」
「それでいい。ところでここは君の家だ、私の憂慮も分かってはほしいが好きに上がらなければね」
「そう、だね。僕の住処は外じゃない。ここにあります、はい」
「フォカッチャが焼きたてだ、夕食にもいい時間だろう」
言ってることの中に寂しさか心配があったことが現れているようだ。一方で、表情のわりにツンとした態度でもある。心ある人間なのだなとクロウは今改めて思う。
さてと長旅を終えて言われるまま我が家に身を落ち着けようとするが、
「ん?何これ」
「時間はあったから……色々と試そうかと……」
ストックが蠟燭の明かりを点けると、テーブルに先客が見えた。
「怖!!何!?呪いたい相手でもいるの!?」
ソレは大雑把に人型をしているのが見て取れた。藁だろうか?外装は麻袋で肌を表現しその上に一目で女物と確信できる服を着せている。
自分の家にも関わらずクロウは動揺している。異形の凶生物と戦う戦士ながら、その実やや苦手ではあるのだ。
こういった、暗闇から本能を刺激するような威容が。
「そんなことのために作らないよ。何事にも練習相手というものは必要だから、作ってみた」
「あれか!?女性にモテる方法の試行錯誤か!?」
「エミリーと云う」
「エミリー!!名前まである!」
「? ぬいぐるみとかに名前を付ける子がいるだろう。あれと同じだと思うんだが」
「そう……そうかなぁ?」
当然のことという風に返された。
「あれ、この服」
ストックは長身な方だがソレは――“エミリー”は標準体型、より小さめに見えた。そして、クロウはボーイッシュな服装を好む。というよりそういった服しか用意されていない。
「エミリーのためだけに服買ったのか……」
「リアリティを上げるためではあるけど、女性である君からして、こういう服は買ってもらって嬉しいと思えるものだろうか」
「服を着て名前も人名の藁人形が食卓にいるという絵面が濃すぎてピンと来ないなぁ……」
お前も女だ……と思いつつ、つい素直に答えてしまう。
「うぅむ、今度君の友だというナノハ君にも聞いてみようか」
「お願いだからこんなのの存在を世に知らしめないで……」
「こんなのとはなんだ、彼女も立派なレディだぞ!」
「人形にそこまで入れ込むのもヤバいよ!!」
そうして話し合いの結果、エミリーは一応家主であるクロウの命により次の日処分されることになった。
「限られた材料の中で作ったには手ごたえを感じたのだが……」
「それ呑み込まれてるんだよ藁人形に」
「新手の魔獣だったのかエミリーは……!」
「君そこまで天然突き抜けてたっけ…?」
――改めて、ストック・ブーゲンビリア。
男性と見紛う中性的で整った容姿の女性。日本人基準で高めの背丈を持つクロウよりも更に高身長で、手足がスラっと長い。
フレーバーテキストに従い生きようとする従者で、その内容は女性にモテる使用人。
その上で掃除も料理も、装備の手入れまでこなせる高い資質を持って大変革を迎え、クロウも頼り切りになってしまうほどだ。
一方で趣味は香水集めと書かれたものの、セレマにおいて香水は元々高価であり蒐集は進まない。
魅力的な容姿に造られたPCやその従者にはよくあることだが、この素敵な美形というなりに当てられる人物は少なくない。買い出し先の店員、街行く人々、誰かしらは釘付けになるだろう。……“モテ”をよくは理解しておらず、理解のため奇行へ走るその姿以外は。
ただ容姿のためなのか街での評判は“綺麗で面白い、男か女かよくわからない人”とやや好印象である。
「おらー!クロウッッ……い、るかァァァァァァァ!?」
「おやおや、どちら様かな。荷物を頼んだ覚えは……」
「配達員の勢いに聞こえないんだけど」
さて、そんな超人のことをハナのような面食い気味の者が初見流せるはずもなく。
「ああそうだ、如雨露を作ってもらったのだったね」
「…………」
水も滴るイケメン。その貌を目にした途端脳裏に浮かぶ言葉。
「ん?君は初めましてだね。用事は何だい子豚ちゃん」
「ストックー、それどっちかというと罵倒だよー」
「はぃぃ私は泥に塗れる醜い子豚ですぅぅ……」
「ほら、可愛い子豚だそうだよ?」「かわひヒィ」
「まず豚さんに謝ろうか」
陥落1.8秒強。玄関で何らかの“プレイ”のような光景となってしまった。
玄関で遊ばせるようなゲームではない故、奥にいたクロウもやってきては仕掛け網の引き上げのように中へ上がらせとりあえず引っ叩く。
「で、何しに来たのハナ」
「アソビニ」
「いや待って、僕住所教えたっけ」
「あ、えっと、え、うん!!」
「油断も隙も無い」
「おやおや、不審者を上がらせてしまうとは私は使用人失格だな」
「フカコーリョクだよ!」
「ハナが言う?」
いつものことながらナノハのテンションに押され気味のクロウ。
ストックは冗談めかしながらテーブルの2人のために紅茶と小ぶりなパンを用意している。
「ハナ…」
「クロウ!!」
「ぇああはい」
いつの間にか住処を特定するナノハには注意したいところだが、自分ではなくストックの方に意識が向いてかどうにも隙が無く、遮られる形で話題が移る。
「どうしてこんな美青年を私に教えなかったの……!」
「なんで小声?」
「同棲?恋人!?それ以上!?深夜に二人であんなこと??ャーーーーー♡」
「小声化でカッスカスなんだけど」
「それほど迫った仲ではないさ」
「聞こえてた!」
「でしょうね」
外が賑やかになることはあるが、周りも家を開けることが多いバスターの住居群。基本は静かだがそれに加えナノハ1人が喋るなら容易に耳に入る。
「聞かれたくない話なら、忘れるよ?」
「私が忘れます」
「じゃあ帰る?」
「泊まってもいい?」
「嫌」
クロウはどちらかと言えば、静かな暮らしを好む。
ただ、ナノハとの時間も
「まんざらではないのだろう?」
「許可が降りたー!」
「会話を飛ばすの止めてくれない?」
「軽食を用意した。よければどうぞ」
「よいよい!」
ナノハは早速パンをつまむ。サクッと、そしてふんわりの二重構造にすぐに頬を押さえた。
「しかしいつもつるんでいるのなら、そういう日があってもいいじゃないか」
「でも君に迷惑をかける」
「1人ぐらい増えても変わらない」
「既に子作りの予定まで!?」
「ハナ何言ってんの!?!?」
「ふふふ……だけど、そこまで言っても否定だけはしないんだね」
「ぐ……?!」
「器用なことだ」
「挿む隙間が無かっただけでしょ…!」
指摘された瞬間しまった、と思ってしまう。何の駆け引きも意識はしていなかったのに。
しかし、だからこそまんざらでもない、なのだろう。冷静なクロウが照れている。
一方のストックもクロウに少々羨ましさを感じていた。色々言っても宿泊への否定だけはしていない…それが彼女には、とても器用な立ち回りに見えていた。




