第1話「親離れの日」 Part3
門を出たところでふと振り返って、自分達の出た都市を、その大壁を見上げる。
かつて都市と都市が、というより国と国が睨み合いを聞かせていた頃に作られたものと知識が答える。
それは今では魔獣の被害を防ぐ堅牢な防壁だ。魔獣という脅威を前に1つとなった人類、そして指導者の代替わりで起こる可能性がほぼなくなった都市間の争い。
「改めて見ると、立派だね……」
「そんでいい街だよね、初期拠点って愛着もあるケド」
「人間らしいね、ハナは」
「クロウは違う?」
「さぁ……」
振り戻り、進む。
「でももう人間なんだよ?ちゃんとね」
「そういう話じゃなかったんだけど」
「そーう?」
「それよりいたよ、ベロス」
「んっ」
見てくれはほとんど普通の狼だが、身体は大きく、世界の全てを憎むような険しい顔付きのため、全くの別物だと感じ取れる。それでも分からない場合は、首元の朽ちた首輪のような構造が印になるという。
「僕の特訓だから、一人でやらせてもらうよ」
「うぃ、じゃそこらで見てるねー」
分厚い“盾”を背に、彼女は戦う。この変容を経ても多く蔓延る魔獣を駆逐する、“バスター”の一人として。今はそこまでの真面目な覚悟は無くても、「この世界の一員」として、まずは生きることにする。
フォングレストという森に現れ続けるベロスをひとつ、またひとつと薙ぎ倒す。クロウの得物は伸ばしたナイフのような形状の二振りの刃だ。右手の「ピーリスレイド」で敵を薙ぎ、やや短い左の「ヒュッペリィカ」で素早く討つ。
等分、四等分、目にも止まらぬ素早さ、ほとんど音のしない切れ味。鳴るのはただ土や木々を踏み込む音。ローブは邪魔だったようで、途中でいつの間にか脱ぎ落としていた。
ひとしきり運動を終えて露わになったのは静かな態度に似合わないトリコロール、装甲を最小限とした衣服と鎧の中間のような防具。靴だけは黒く関連性の無いものを履いている。
防具の名前は「プラムライトメイルリチュアライズ」、ただしユウなりに改造を加えて力が大幅に増幅する効果を持たされている。
元は式典用の割に高い性能を持っていたという設定のある防具だが、改良を加えてもなおゲームのパワー・インフレには付いていけなかった。ただそれでも、このぐらいの相手ならば触れられることなくケリは付く。
「衣装変えたの?」
「ちょっとね……」
「前はもっと“玄のサザンクロス”っ!って感じだったけど」
「それはいいから」
プラムライトメイルは、クロウがサービス終了直前に着せられていた防具だった。
設定のある、と云う通りゲーム側で用意されていたテンプレートを利用したものではあったが、ユウが初めてクロウ用の装備として作ったものである。
そのためクロウにとっては思い入れのある装備だ。
二人が強化の果てに行きついたのは黒色のもっと別の装備だったが、それは今、彼女の心境から靴のみに留まっている。
「あ、靴はそのままなんだね」
「まぁ最低限の戦力増強、かな」
「あー能力補正?そこは残っててホッとしたなー、さすが魔法のある世界」
「これだけでかなり速くなれるからね。うん、ちゃんと対応できてよかった」
黒い靴には音のように早く動ける力が宿っている。ゲームでなくなった世界では当然制御も難しくなるという先入観を人はきっと持つだろうが、バスター達にとって幸運だったのは、そういった強力な装備をゲームの時同様に扱えることだった。実際にクロウも、それらの性能を難なく使いこなして見せた。
早すぎる速度で衝撃波に裂かれることも、勢い余って頭からぶつかってしまうことも、そう意図でもしない限りは発生しない。
「ケッコー・都合のいい世界になってくれてよかったよねぇ」
「元はゲーム……現実じゃない世界だったとはいえ、よくこんなに融通が利く改変をしてくれたよ」
「そうだねー。神様が何かしてくれたのかな」
ベロス退治が一段落したので、ハナの話に耳を傾ける。
「神様、か……神様って、どの神様かな」
「少なくともあの黒い怒りんぼみたいなのはこういうことやってくれないよね」
「ボルツェンカボーネ……」
「……あのボスさんも意思を得てるってことだよね、多分」
「アレも一応NPC……ゲームの登場人物だったから……面倒なことにならないといいけど」
「でも魔獣が湧いてる時点で何か……起こってるよね」
2人はかつて戦った強敵・ボルツェンカボーネを思い出した。
ボルツェンカボーネは負の感情という概念が形になったような神にて魔獣の発生原因。
この世界を構成していた都市と都市の間の冷戦により人々の間に芽生えていた不安、呆れ、過激な思想、厭世観。そういったものが彼に影響し、暴走して湧き出たものが魔獣である。
強大な力を持つも10年の災厄の時の間に各都市が一つとなったことで、最後は対となる女神へのある信仰、つまりはポジティブな正の感情と言えるものの方が上回りボスの弱体化及びプレイヤー側の強化が発生、そのままPCにより引導を渡される。端的に言えば「希望を信じた者達」の勝利だ。
この一連の流れがクロスマギア第一章、その後半に当たる物語だった。
「ボルツェンカボーネは人々の負の感情の化身、完全に滅却することはできない。そして人々の持つ負の感情が正の感情を大きく上回ると暴走を起こし、人間を憎むかのように魔獣を差し向ける……狂ったカルト集団が暴走させた時みたいなことが?」
「どうだろうねぇ……」
クロスマギア・ミッションのメインストーリー。
付近の倒木に座りつつ次はボルツェンカボーネの復活した第三章のことを思い出していた。
ロスマギにおいては最終章となっている、記憶には一番新しい物語。
カルト集団により復活させられ、第一章とは違う性質によりプレイヤーを苦しめた経験が蘇る。
「でもみんな不安だったと思うよ?突然自由になれて、でもずっと与えられた動作だったからどうすればいいのか一瞬だったけど分からなくて。私達PCも……プレイヤーとはもう会えないって分かっちゃってるから。自然と……そういう感情を抱くよう設定されたはずないのに」
「ハナ……」
ナノハが泣きかける。しかしクロウに見えない方の目から1粒落ちただけで堪えたようだ。ただ、表情は翳りを隠せない。
「まだほんの一週間ぐらいなのに、しおんが遠くに行って、それから何年も経ったみたいだよ。まだ本当の名前も知らなかったのに……」
先のナノハのようにずかずかと荒療治をするべきかとも思ったクロウだったが、同情するように静かに待つことにした。
「よしシリアス終わりっ!帰ろっか」
数分続いた沈黙をナノハが自ら破る。
彼女の性格は比較的明るい方だとクロウは知っている。だからそう振舞えていたと、思っていた。だが本当は逆に、だからこそ傷心もしたのではないかと、そう感じた。
「急にヘンな空気にしちゃってゴメンね?」
「……いいよ」
「ありがとっ」
シュッ
<!!!!!!!!>
ヒュッ
<……>
ドサッ
「……油断した」
「あ、あれま……」
横から突然飛び出したベロスの放った引っ掻きの手が頬をかする。咄嗟の反射で被害は軽微。
コンマの間で全てを判断。剣を投げつけ頭に命中、そのまま起き上がること無く。
秒とかからぬ1体1の命のやりとりは圧倒的な差で人間の方に軍配が上がった。
「ほっぺから血が出てる」
「……一応治しておこう。たしか……」
かざした手から頬に光が流れる。呪文は必要のない感覚制御。
所謂“魔法”……ゲーム時代はマジックスキルとも呼ばれていた、大気や体の中の未知の物質マナを利用した超自然の力による癒し。名称は【キュアー】。頬の傷は元の艶を取り戻す。
「……帰ろっか」
「そだね」
ベロスの死体の山を後にする。同時に、死体の山では組合所属の魔獣死体を処理する部隊が解体や火打石、そして“魔法”による作業を開始していた。
「あれは?」
「マジュウ…シタイ…ショリ部隊だって。倒しても前みたいに消えなくなったから、とか言ってたっけ」
「面倒も増えたんだね……」
「メンドーなことばかりだよ、ほんと」
後処理に専念する黒子のような人々を横目に、街へと帰還する。




