第6話「大変革」 Part3
「それで……この大陸のどこかに、大陸を覆うほど巨大な魔法障壁を作り・維持している魔獣が存在すると?」
セレマに帰還した二人は、さっそくペイガニーへ詳細を報告した。
「ハナの後に僕も大まかな絞り込みをするために何度か攻撃してみたけど、間違いないと思う」
「外が世界の終末でも見たように騒がしいのはそれが原因か」
「それについては……はい……」
「皆あれで楽しそうだけどね」
攻撃の度に巨大な赤い波紋、いや天と地を結ぶ半円が地上の民を見定めるように通り過ぎる。そんな気象はどこだろうとあるわけがない。
一般的に危険な印象を与える赤色であることも恐怖を煽っているといえよう。
「あと、気掛かりなことがもう一つ……」
「何だ」
「外の騒ぎが一つ目?」
「バリアの外だ」
「外…?」
「全滅したとされていた魔獣が見えました」
クロウが感じていた違和感の答えはこれだった。
全滅したというのはバリアの中での話、一部の魔獣…そしてそこから繁殖した群れは外に締め出されていたのだ。
「おそらく、バリアの範囲外に何匹かいたんだ。もしかすると、バリアから逃げた結果締め出されたのかも」
「全滅の判定は索敵魔法に特化したバスターが、定期的に一定の範囲をその魔法で探ることで行われていた。魔獣が一種全滅すること自体がレアケースとはいえ世界が変わったんだから早々に欠点を洗い出しておくべきだった……!」
「そこまで言わないで。その魔法の範囲は知らないけど、壁は魔法効果を減衰させるから」
「そ、そうだな。索敵担当への言いがかりにもなってしまう。あぁ゛ーやっぱ俺は組合長に向いてないよぉ……」
「ほんとめんどくさいね!?」
「あーさんいないの?」
「彼そもそもこっち側の職員じゃないし……」
(あーさんで通じてる……)
あーさん……シアーズはあくまで前作戦のアドバイザーであり、なし崩し的に指揮の補佐を少しやっていただけ、謂わばゲストなのでそういう職員ではなくいちバスターに過ぎない。そう居るわけではない。
「しかし、魔獣がバリアの外にいるとなると、それはつまり……」
「壁は世界の端とかじゃない、世界の続き。でももし解除するとなると……それは敵対者を受け入れるということ」
「私たちは、この壁に閉じ込められているのと同時に、守られているというわけだ……」
「んー……全部倒しちゃダメかな?」
「魔獣ならば、な。征服を目論む敵対的な国もあるかもしれない。バスターは人間同士の争いには介入してはいけないんだ」
「……それでいいのかな」
魔獣を相手にするバスター一人一人の戦闘力は人類に対してはより大きい。
当然、同じバスターに対してはともかく、それを他の人類に対して振るうことは“いつでもお前たちを圧倒的な力で制圧できる”ということを最悪の形で示してしまう。
そうでなくとも、彼らは人である。兵器のように扱うのは誰も倫理的に納得しないだろう。
それでもナノハにとってそれは疑問を浮かべるようなものだった。
ただしその疑問にはバスターとしての在り方どうこうより、なんで全部やっつけないんだろうという無邪気な邪悪がこもっている。
「それでも。編成しよう……捜索隊を。実は、もしかしたらだが、そのバリアー魔獣に関係してると思しき反応が報告されている」
「種類は?」
「世界更新の影響で分からなくなっている。何か大きいのがいる、それだけだ」
「じゃあ全滅とかどうやって調べてたの?」
「範囲が狭ければ、もっと正確な索敵魔法が使えるんだ。今回はギリギリ届かない」
「場所は?」
地図を広げ、そのほぼ中央部分を指さす。
「黒溶神殿窟の山を少し越えた所に、もう一つ低い山がある。このちょうど頂点の辺りに大きな反応があったらしい。バリアが大陸の大きさなら図星だろう」
「うぇー!?じゃまた一週間も馬車の中ー!?」
「いや、今回は“マボーグ”解禁だ」
「え、今回はいいの!?」
「ああ。接触作戦やら壁の件やらで君達が留守にしている間に、“リガトピーク”と“シパンガ”と話がついたと都市庁から連絡があった。……他都市の使者曰く、馬車にしたのは怯え過ぎ、だそうだ」
「……死んだ彼は……」
「報われないだろうな。恨んでいい、馬車行軍はこちらで決めてしまったことだ」
「いや、結果論だ。平和のために思慮を巡らせたんだ、責めないよ」
「彼の舎弟達には責められたけどね、ハハ……」
「……人員の当てはあるの?」
「正直言うと、あまり…な」
ロビーに戻る。そこでは世界の変容後初めてクロウが来た時と変わらずバスターたちが話し合い、掲示板を物色する等好きに過ごしている。
ただ、その時はもっとがやがやとしていたはずだ。
「あれ以来、皆怖がっている。受注する依頼は簡単なものばかりで、どんな事情があろうと少しでも危険だと触れたがらなくなった。……勿論、気にしない奴やむしろだからこそとやる気を持ってくれてる奴も多いが」
「……」
この沈み方を、クロウは知っている。少し前の僕と同じだ。
誰しも危険を回避したい。バスターとして作られたとしても、その出自だけでは危険を顧みず世のため人のための勇者にはなれない。
「……あーっもう!辛気臭いなぁどこを見ても!!」
でも、だからこそ。
「ハナ?」
「皆好きなことをやればいいじゃん!なんでここでそんな寛いでるかなぁ!?嫌なら花屋でもなんでもやりなよ!!昔やり込んでたならお金もいっぱいあるじゃん!どこまでも行けるでしょ!そんな引き摺ってるってことは港までやりたいこと探しに行ったクロウどころじゃないじゃん!決まってるじゃん!!」
「え、えぇっとナノハさん?」
「なんかこの前からさー、皆おかしいなって思ってたんだよ!まぁいいかってなってたけどもうほっとけない!ウザい!」
ナノハの声は施設中に響いた。一見、驚いた施設職員以外に周囲の反応は見当たらない。
「急にどうしたんだ、ナノハ君」
「組長だってめげそうになる度頑張ってるでしょ!!」
「なんだろうその呼び方やめてくれるかな……?」
「辞めたいなら辞めて!戦いたいなら戦え!ちゃんと戦ってたなら私は――」
「もう止しなよ、ハナ」
尻つぼみになっていくナノハの声を察知してかしないでか、クロウが止めた。
「耳が痛い」
むず痒そうな表情で渡す言の葉は、おそらくは察知してなかったという答えに繋がるだろうか。
「クロウ、私さ…!」
何か言いたげな顔になるがそう認識する前にクロウは出向く。
「とりあえず聞こうか、これからやること。皆どう考えるか」
組合長が一歩前に出ようとする。しかし、クロウはそれも手旗で止めた。
「かっこいいとこ、取られ過ぎだなぁ全く」
「…皆聞いて」
一度に多数の人間へ恥ずかしさを捨てて語りかけるために、ふぅっとのけぞりそうなほど気合を入れてから辺りに聞こえるよう話しかけるが、態度は変わらない。
「これから僕達は、この大陸を覆っている壁を壊しに行く」
何だよ壁って。そう面倒そうな呟きが聞こえる。
「壁がなくなれば、僕らは出られもしなかったこの大地から、新たな世界へ踏み出せる。そして、今この大陸に来ている海外の人は故郷に帰れる」
まだ変わらない。ゲームをプレイしていたプレイヤーならば冒険者と呼びそうなこの集まりだが、それはそれとして冒険心というものは別の所にしかなく、その上他人がどうしたと言わんばかりだ。
「ただし、壁がなくなるということは、新たな魔獣が入ってくるかもしれないし、海外の国から侵略を受けるかもしれない」
そこにだけは誰もがピクリと反応した。
「それでも、こんな雰囲気ならそんな壁、ぶっ壊した方がいいと今思った」
「ん?クロウ?」
「だからハナと原因倒してくる。1時間もすれば壁は無くなって、本物の空を浴びれるから。じゃ行くよ、ハナ」
「き、聞くんじゃ…なかったの?」
「訊いたさ」
元PCのバスターらは立ち上がる。何言い出す、もっと考えろ、ふざけんな。職員達も会議を勧めたり組合外の人のことを気にするべきと提案する。
正論だ、むしろ正しい。
事は大陸全土の問題だ、各都市との会談が要るだろう。
そもそも大陸内で人々の営みはおそらく完結しているからバリアを壊す必要自体皆無と言っていい。
それにやる気のある人物は外に出て魔獣を狩り、無ければ別のことを試みる。言ってみれば、訳アリか否定的な者しかここにいない。こうなるとおかしいのはクロウの方である。
「じゃあ止めてみろ、本気になって」
だが、考えるのは一旦止める。たまたま居合わせた鬱屈の雰囲気がそうさせたのか、冷静だった彼女の秘めた熱さが前に出る。
跳ねっ返り結構と、“マボーグ”を出しすっ飛んだ。バスターに翼を与える、機械都市アルキテク製・マナ動力の高速ビークル戦闘機能付き。
あっという間に流星は“停滞”を置いていきこの世界の中心へと飛び立った。
「止めねぇのかよ組長……!」
「君たちの中にも肆式のマボーグ持ちはいるだろう。なぜ私に任せる?」
「ッ……ンだよもう」
「あと組長と呼ぶのやめてくれない?」
そう少しやりとりを挿む間にクロウらは追手が無駄なほど離れた場所まで一気にすっ飛んでいった。メーターが3桁を示すあまりの速度に、直線航路とはいえ目標地点を見失いそうになる。
マボーグ、正式名称“肆式マボーグ”、ユウの名付けた名前はスターチカスタム。車輪の無いバイクのような、しかし定員3人というやや大型の躯体が肆式のナンバリングだ。
席の内1つにナノハを乗せて、夜空をイメージした黒と星々という塗装が午前の空を駆けていく。
「クロウ、かっこいいな」
「かっこ悪いよ。ただの気まぐれだ。口が滑っただけ」
「いーじゃん。それって」
「ハナと同じことやらかしたのは認める」
「あー、ほんっとやらかしたねー」
「だね」
そうこうしているうちに、ついに件の山までたどり着いた。マボーグをウインドウに仕舞い、早速奥へと分け入る。