第1話「親離れの日」 Part2
「さて」
街中。改めて手持ちの物資を確認する。
そのためには思うだけで現れる不思議な窓。大変革でも相対的に変わらなかった、PCのみが使える薄く青みがかった半透明の“ウインドウ”。
自分や交戦経験のある敵の能力値確認から持ち物の出し入れ、街の中限定で倉庫との瞬間移動のような物資のやりとりと、ゲームとして一通りの機能を備えた、そこに実在しているのか曖昧にすら見える厚さゼロの板。
なお、相対的に変わらないというのは、元NPCに羨ましがられるようになったり、世界が“ホンモノ”になったからこその異物感が感じられるようになったことによりそう言われている。
「バッグ」の文字に人差し指で触れると、ローブの中で携えている鞄の容積を遙かに超える量の内容物がリストアップされる。
回復魔法を塗るも飲むもな薬草入りの液体に留めた「回復薬」が少々。その上位「回復薬改」が何十個も。
超常的な力の行使に必要な“マナ”の予備、「魔力薬改」。色んな状態異常を消し去ってしまう不思議な「仙薬」。マナを広範囲にまき散らす「マナ・ディフューズボム」、敵に見つからないようにする「ハイドパフューム」、逆に敵を引き寄せる「インサイトパフューム」、それと魔獣の角やら爪やら皮やら……。
倒れてしまった味方を復活させる光の粒子「リライズパーティ」なんてものもあるが、クロウは今の世でこれが効くのかは疑問といった唸り声を出す。
……再確認により補充するようなものはないと判断し、そのまま街の出口の方へ向かう。
「久々に見たが間違いねぇ……」
「何がだよ」
「ローブのあいつ!クロウだ!サザン・クロウ!」
「ザンクロー?……あぁ!あのクロウか!」
「なんだぁ?また“ぴーしー”とやらの話か」
「爺さん!あんたの孫がファンだったろ!あの“クロウ”だよ」
「ん?ほお?あやつがか。とても腕の立つようには見えんが」
「ジジイはジジイ、古くて固い頭じゃあいつの凄さを知るわけねぇよ」
「実装された日<生まれた日>は一緒だがの」
「年寄りが屁理屈をっ」
(なんか言われてるな……)
「あら~相変わらずかっこいいわぁ……」
「あ!こっち向いたわ!キャー!」
「筋骨隆々でワイルドなのも素敵だけど、クロウくんみたいな線の細い美少年タイプもいいわよねぇ~!」
「ミステリアスなのもそそるぅ!」
(……好き勝手言われてるなぁ)
さてこのクロウという人物。乱暴な言い方をすればイケメン且つ超のつく実力者である。
(まぁ力も容姿も“ユウ”の趣味なんだけど。付いていくけどさ……もう、会えないけれど)
クロウも「ユウ」というプレイヤーに創造されたPCで、美少年風に作られている。
しかも全PC内でも上位に位置するほど鍛えられている。故に――
「よう……随分とモテモテだなぁ“玄のサザンクロス”サマよォ……」
「……」
「お前随分といい身体してるよなぁ……羨ましいぜ俺なんか身体こそデカいがブッサイクに作られた上ほんの一週間ぐらいでオサラバされて……“あの時”から従者だった女2人にもオサラバで……」
「……同情が欲しいのか?」
「テメェなんかの同情いるかよ!!このトリカブト@毒舌使い様にィィィィィ」
ガラが悪いだけのビギナーレベルなど一捻りである。
「……境遇語って名前は律儀にアットまで読む辺り、辛かったんだろうが……」
「ぁ……ぁ……?」
「暫く……あぁ道の邪魔になるか。あと玄のサザンクロスなんて呼ばれた覚え無い。一体誰が付けたんだ……小っ恥ずかしい」
斧で殴りかかってきた巨漢を涼しい顔で背負い投げして、引き摺って道の脇にどける。
通行人は思わずおお、とどよめき|(しっかり育成された)PCというものがいかに強大な人物かを再確認する。
一方で同じくPCであるはずのトリカブトのことは取るに足らない雑魚敵のように眼中に無い。
「まぁワシはああああ派じゃがの」
「え?誰て?」
「爺さんそういう派閥入りとかしてたの…?」
……クロウが一呼吸入れると、
「おやーハデにやったねぇ?」
「……誰だっけ」
「ナノハよー!あなたのプレイヤーのフレンドのー!」
「冗談。ハナ、久しぶり」
「その『冗談』ってどの意味かなァーー?」
気さくに近づくピンク髪の女性。クロウのプレイヤー・ユウのフレンド“しおん”の使っていたPCナノハ・サイネリア。
くるくると踊るように周りを揺蕩いながらクロウと会話し、抱きついてみる。
桃色の長い髪を目立たせる黒いドレスのその背には、身の丈ほどの巨大な剣を携えており、軽々とした動きに似つかわしくない重量でハグをちょっとした拘束と変化させる。
「ちょ、ちょっと」
「このカラダ忘れたとは言わせないよ~?」
「ちょ……言い方がお前ッてか恥ずかしいって……」
「女の子同士なんだからいいじゃな~い♪」
「見られてるから!ここ街中だから!それに僕そういう趣味は……」
「え?そういう目で見てたぁ?」
「っ……もう、このトリって人が起きる前に僕はこの世界に慣れなきゃならない、ん、だって!」
多少無理矢理にからかい性のナノハを引き剥がす。
育成途上の大男とは違い一見華奢な身体から繰り出される手練れの膂力と剣の重さ、それが逆に、このやりとりをただの女子同士のじゃれあいのようだと周囲に思わせた。
「ウッフッフー、そこまで言うならクロウちゃんの冒険に付き合わなくもないのよ~?」
「もう何キャラさ……いやいいケド」
造られたものとはいえ、双方美しい容姿のために性別問わず周りは各々どちらか片方を羨ましがった。二人に向いた視線、住人からの注目度により会話は丸聞こえだ。
「それでーどこ行くの?」
「ベロス」
「オッケー分かった‼」
「話が早いなぁ」
「ところでこの1週間何してたの?全然見かけなかったけど」
「……取り乱してた」
「え、その時のクロウ見たい」
今は冷静なクロウも、この変容に最初は流石に動揺していた。
「3日前かな、目覚めたの」
「あ、スルーなんだね?」
新たな世界の始まりには個人差があり、終焉の直後シームレスに始まりを迎えた者もいれば、しばらくしてベッド等から目を覚ますというケースも存在している。
「最初は本当に“よく分からない”しかなかったけどまぁ泣いたよ。流石にね。あと録画してたとしても見せないから」
「スルーしてなかった」
「もうユウと一緒に色んなところに行けないのは悲しいけど、お腹は減るし眠くもなるし、目も赤くなるし……」
「……そっかぁ」
「このままじゃダメだから、まずはバスターのカンを取り戻す。いや、改めて…“身に着ける”」
ずかずかと入り込んでくるナノハと話しながら門の見張り兵士に浅い礼で挨拶する。
特に制限があるわけではないが場合によっては呼び止められ検問をされることがあるこの瞬間。だがクロウは、もっと言えばPCという存在はその実力からある程度顔が知られているので兵士からも軽めの敬礼を返されて終わる。
ちなみに兵士はバスターではない。クロウ達の住む都市の持つ軍の所属である。多くの魔獣には並みはずれた実力者でもなければ敵わないので専ら早期警戒や足止めの役割となる。
また、犯罪者への対応も彼らの役割である。クロウがのしたトリカブトも、彼女が門を通る頃には記録を付けられつつ兵士達により組合へと運ばれるのだった。
ネット小説の1話の文字数の相場らしい数に合わせて3000文字ぐらいを1パートとして細切れ小出ししてるわけだけど・・・これでよかったのかなぁ




