第5話「ニセモノの大地」 Part1
《「これが希望の光なんだ……」》
《異世界の大陸ジーディスで、強大な魔獣から人々を守るために新人類“バスター”が覚醒した》
《技、魔法、その全てはプレイヤーが創造する!》
《思い通りの技で――》 《思い通りに戦え!!》
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《今なら貰える》
「私もやってみよっかな……」
(なんだか、いっぱい人がいる)
嘘か真か、あるアマチュアの科学者が実験の過程で科学的にダニを生み出してしまったという逸話がある。
彼女はもしかすると、そのダニと似た感情を今有しているかもしれない。
(えっと……組合…ああ、そうだ組合組合…――組合って言い辛いな)
まるで今そんなデータを上書き保存されたかのような思考回路の走るままに、重なり合うほど多くの人を避けて近くのそれらしき施設へ入り込む。
「お前どれ受けんだ?」
〔そろそろストーリー消化してぇ〕
「待った、今日はちょっとメイン進める方向らしい」
「逆らえないなぁどうにも」
いくつかの会話が聞こえてくる。それと同時にもう一つ、声というよりも文章が頭の中に平行して入ってくる。
誰が発したかも同時に入ってくるが、少なくともこの建物内の誰もその誰かとやらに属さない。そんな気がした。
〔すみません、今始めたばかりなんですけれど〕
自分の声ではない。口どころか声帯すらそう動かしてない。そもそも音ですらない。しかし、たしかに自分の所から発せられた言葉だという自覚がある。
(ああ、“ユウ”……そのままでいいか)
その言葉……というより情報、情報そのもの。謂わば“ミーム”と呼ばれるものであるそれを、彼女は自分を操作するユウという名の人物を起源としたものだと理解する。正確には、「理解している」。
文章のかたちで頭に入ってはくるが、脳はそれと同時に文章の意味を知識から参照する。よって字の形をした情報の塊という固体は普通の会話や識字よりもハッキリとした理解を以て焼き付けられる。
〔新人?〕
〔こんこんー〕
〔囲め!お茶を出せ!!〕
〔初心者?なんでも聞いてな〕
〔つ且且且~〕
明らかに言葉じゃない何かも頭に入ってくるが、入ってくるのは意図ではなく情報体のみ。流石に意味が分からない。
(つ……ツカカカー?何かの呪文?)
そういう意味では、ミームは通せど心は通さないということなのだろう。
とりあえず、自分が、というか自分の“側”が謂わば初心者であり、それをこの天の声とでも言うべき情報体の内相手のそれがこちらを歓迎していることは把握した。
一方で“且”が出されたお茶を意味するスラングであることは、きっと今後知り得ないだろう。
〔今チュートリアル中?〕
〔チュートリアル・・・ってなんですか?こういうの経験なくて〕
〔画面の右上あたりに目標ってあるでしょ?それをやってけばどうにかなりますよ〕
画面。右上。言ってる意味が分からない。右上にはレイド受付と書かれた札が掲げられているのが見える。
文字の意味をなんとか推測しようと、眉間に皺が出てしまった。
〔組合の登録受付所で・・・というものですか?〕
〔多分それだな〕
〔それそれ!〕
〔なんだか懐かしいなこういうの見ると〕
「あんた、新入りのようだな」
情報体に紛れて実際の人の声が届く。情報体に集中していたため、少し現実と混ざってしまいぼーっとしていたようだ。
「う、うん。バスターになったから、登録を」
「俺らからも何かアドバイスいるかい?」
〔登録受付のやつは向かって一番左側な〕
「たまにごっちゃになるだろうが慣れるしかねぇとは言っとく」
忠言を申し出た男の方から、紛れ込むようにして情報体が飛んでくる。うざったいが、慣れるしかないのは本当らしい。
〔ありがとうございます!行ってみます!〕
「とのことで返させていただきます」
「早速使いこなしてんじゃん!」
「あんちゃん面白いな。でもこれ相手を選べるっぽくてな、こっちには聞こえてるのに聞こえないって奴もいるから注意しとけよ」
〔キャラクリシンプルに見えて凝ってるねユウさんの〕
「ユウ?あんたのマスターの名前か?」
「マスター?」
「主とか父さんとか呼び名はそれぞれだ。どうもこの声?は俺たちを創った存在らしくてな」
あれ? ――創った存在だと聞き、自らのルーツの記憶へと意識が向く。
〔3時間ぐらいにらめっこしてました〕
〔あ~あるある〕
〔こういうの経験ないって言ってたけどあるんだねぇ誰にでも〕
僕はここにバスターとして、お父さん?いや、そんな言葉、初めて聞いた。
〔俺3分で即決しちまったよ〕
「……思い出そうとしても無駄だぜ。てか止めといた方がいい」
〔ま、納得いかなかったら自由に変えられるけどね〕
〔見た目のプリセット、初期6つな〕
「あー?新入りかぁ?ったくあんたも大変な世界に生まれちまったよなぁ。なんせ…」「ん?おい待っ」
〔プリセットは従者にも使える。課金しないと1人だけしか作れないけど〕
身体が動く。自分の意志だ。
でも、僕は彼らと会話を続けているままだ。
「俺たちには親も故郷も何も無い。あるのは名前とちょっとの金、あとは最低限の装備だけなんつーのって」
〔あっ、進めました!皆さんお優しい・・・!ありがとうございます!!〕
気付けば、差し出された書面に名前を書き終わっていた。
“Sathan Air Crow”……ミドルネームの頭を小文字で描く癖は、この時はまだ表れていない。
《※プレイヤーキャラクター(PC)の名前は、いつでも変えることができます。※》
書いてて頭がこんがらがった記憶