第4話「インテギュラル・エモーショナー」 Part3
「……とにかくこれでひとまずは落ち着いたかな」
「死亡フラグみたいな副長でしたけど、力が本物の神々の前でも一応仕切ってくれましたし、ここまで全員無事で、大団円を迎えられそうですよ」
「帰り道こそ油断はするな。気を抜いてると――」
「魔獣です!皆さん魔獣が出ましたよ!」
騎手からの報告。速やかに構える。
「早速か」
「終わるまでに間に合うかなぁ」
今はごちゃごちゃ考えずに、帰り道の確保でも目指そう。
まずは接敵した右翼。速やかに戦闘に突入する。
「本当に、頼むぜバスターズ。感情とはお前ら人間自体の内から湧き上がるものだ。重要なのはお前達自身だ。そして、我らが繋がずともそれこそがいかなる障碍をも打ち砕く心の剣となる」
「……人が、好きになったのですね。ボルツェンカボーネ」
「お前もそろそろボルツ呼びでいいだろ」
「私には、少し離れるぐらいがちょうどよいのです」
「そうかい」
「しかし、ポジティブな感情によってその力を増すバスターの性質を語るとは、よくわかっているのですね」
「そんなんじゃねぇよ。初めて聞いたぞそんなの」
「では何を祈ったのです?」
「性質は性質でも、人に眠る可能性のことだよ。人は想いでどこまでも行ける、それだけのことだ……」
「どこまでも……」
モリオナは、洞窟の前に広がる森林地帯を見渡して小さくこう続けた。
「ええ、どこまでも行ってしまえるのですよ。人というのは――」
戦闘は大勢のバスターによる飽和攻撃ですぐ終わる。
魔法の存在する世界のままであるゆえか、飛び道具には困らない。炎、水、雷、風、不定形のエネルギーの数々が乱舞し数多の魔獣を揉んでいく。
「へぇ?おっしゃ!」
「おい、待っ」
ただし魔獣側にも、それで終わらない猛者はいる。
「…えっ?」
「――そうですね。行き過ぎる、ということもありますが」
「……モリオナ。少し離れるぐらいって、いや……お前は今まで、“近過ぎた”のか」
「距離を置くのは当然でしょう。この世が変わったのです、注意するべきは“どこまで信じるべきか”」
「信じられないのか?お前の手で造った者達を」
「もはや私が造ったとは言えないでしょう?尤も、親と子とは異なる生物。信じる信じない以前に――」
「お前、その内反抗されるぞ」
「……どこまで信じるべきかというのは、人同士の信用のことだけではありません」
モリオナの目は、早速他者の行動を観察していた。
「シアーズ、こ、これって……」
「クソ……俺が図体だけの大物に拘ってコイツ任せにしてなけりゃあ……!」
「よせ、ツイスター…」
「皆さん彼が自分からパンクリッターに飛び掛かるところを見てました。とやかく言いたくはないですが……彼自身の油断です」
「何故僕は…気付いてやれなかった……」
クロウ達が、いや戦闘に参加・参加しようとしていた多くのバスター達が一人を囲んでいる。
「“己の過信”――まだ、自分は強いからゲームの時のように上手くいくと思っている…ただそれだけの者もいます」
「……」
「そのような戦士を信じて平和を託すなど、まさにその場限りの、『感情的』とは言えませんか?」
「回りくどいな。その前にもっと未来を――」
「私は設定だけ」
力強く、仄かにヤケが混じったように、しかし己を失ってはいない。
「二重の造物主に、私は入っていない。だから信じられない。これからの世界を……彼らに、他人に――本当に任せられますか?」
「見定めたいのは人の歩みじゃなかったのかよ?」
既に洞窟の奥に消えた白神に、負の感情の黒神は大きくため息をつく。
「お前の方がよっぽど感情的だろ」
その日は、後の歴史に永く刻まれる日となった。
「“ももももももも幕の内”――バ、バスターズIDに名前がありました」
「…………」「…………」「…………」「…………」
バスターズID。要はバスターである証明証だ。
意味不明なキャラ名すら今は笑えない。ゆえに指揮官の後悔が発されるまで微妙な空気が流れる。
「ワ、ワタシの指揮が、及ばなかった……!?イヤ、油断してたのは、ワタシ……?」
「よせ、副長」
「来る時はあんなにあっさりだったから今回もと……!」
「やめろっつってんだろ!!」
止めたシアーズではなくツイスターが先ほどの狼狽とは逆に一喝し、全ての声が静まり返る。指揮官を通して自分が哀れに見えたらしい。
「……俺たち全員の責任だ。もう戻すことはできねぇ」
そう言うと光の粒子が入った瓶を落とし、思いっきり踏み潰した。二度と宙に舞わなくなるようなほど、念入りに。
「“リライズパーティ”……肉体の再生がある程度でもできたのはせめてもの情けか……」
シアーズはそう解釈することにした。
復活の粒子・リライズパーティ……元はHPが0になったキャラ、つまり倒れた者を復活させる力を持っていたアイテムだ。
だがそれは実際には瀕死や重傷と呼ぶべき状況を解決する力であり、死者の再起、ましてや消えた魂を呼び戻すことなど不可能だったのだ。
他にも復活の力を持つアイテムはいくつかあるが、全てがリライズパーティの派生アイテムであることから、もうこの状態ではその使用に何の意味も無いことは明白である。
「アニキ……!もものアニキ……!!」
「また言ってくれよ、ほら、目を開けてムスコがいっちまうとこだったとかそんなくだらない下ネタをさぁ……!」
「復活の魔法も効かねぇ……魔法ってのはなんでもできるんじゃないのかよ……!」
「アニキ……!アニキ……!」
彼は慕われていた方らしく、何人かはリライズパーティ系統のアイテムを使い必死に呼びかける。
しかし、クロスマギアはHP0に死が関わらない世界観、元より死ぬ者へ使う薬は無い。
死亡者蘇生効果の後天的付与という奇跡など起こることもなく、全ては手遅れへと沈んでしまった。
「なぁ、俺達は覚悟して来た。クロウ、お前も吹っ切れたからここに来たんだろ?」
「……うん」
「お前はすげぇよ、ボルツのあのプレッシャーで一番先に抵抗して見せた。だが、俺達はどうだ……これくらいで動揺してる」
「これくらい……?人が、死んだんだよ?」
「それだけ危険なことだと覚悟して来たと言ったんだ。だがどうだ?神を相手どるから普通に半壊することを想定したはずが、一人死ぬだけで沈んでる」
ため息ではない。吸って、長く吐く。深呼吸をした。
「俺の主はゲーム以外のこととなるとかなり覚悟の据わっていた人だった。だが、他人が死ぬ覚悟は俺にできそうにないと分かった。例えそれがどれだけ少なくても」
「そんな覚悟、できないのが普通じゃないかな」
ナノハが口を挿む。
「そうだよ。それに僕らは既に一度、誰もが失っているんだ。だから……」
「だから?」
「もう失わない。それが今するべき覚悟じゃないかな」
「そうッスよ!」
略称ももを囲っていた数人はもう、別れを済ませたのだろう。
拭った涙がまた光る。しかし今は真っすぐを向いている。
「アニキは暗いのが嫌だった。世界がこうなってからは、人の先に立っていつも変な下ネタで盛り上げようとしてた。おかしいと思われようとも明るくしようって前に出てたんス!」
「そんなアニキなら、笑って送り出すのが一番じゃん!」
「シアーズさん、皆さんも、アニキの名前でもなんでも笑ってやってください。それが一番の供養ですから」
ももという男を知ってる者も知らない者も、その大まかな人となりを理解した。しかし、それでも死人を笑うというのは気が引ける。
「あっははははは!」
それでもナノハは笑うことを選んだ。
「私はその人見たことなかったけど、ここまで言われたら、こんな葬式があったっていいじゃんってそう思う!」
「……そうだな」
「シアーズ?」
は、は、と鎧の隙間からどこかぎこちない、笑いの声が聞こえてくる。
「せっかく神々に送り出されたんだ。自分の感情は自分で作ることにするか」
「皆さん……後でバチが当たっても知りませんよ?」
「ヒトシ、お前はどうする?」
「…喪に服しておきます」
「そうか。無理するもんじゃないからな」
ヒトシは静かにその場から離れ、続いてクロウが問いかける。
「シアーズこそ無理してるでしょ」
「無理してでも、笑うのさ。それに聞いたことがある…現実のどこかの国では、思いっきり笑い飛ばすような送り方があったと」
「なら、アノ世?でもアニキって人笑ってくれるかな!」
「きっとな」