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第4話「インテギュラル・エモーショナー」 Part2

「俺からも質問、いいかな」


 ボルツェンカボーネが顔を伏せ、静かになった大空洞に声を上げたのはヒトシだ。


「ボルツェンカボーネの方は分かった。「長ったらしいからボルツでいいぞ」 …では、モリオナの方はどう考えているのか」


 もう片方の意志も、聞かなくてはならない。


「私ですか」

「あなたはバスターを創り、大陸の人々の想いを繋げてボルツの弱体化及びバスターの強化を施した。それだけの力をどう考える」

「……私には、見てみたいものがあります」

「見てみたいもの?」


 モリオナはざっと百人はいるだろう調査隊を見渡し、続ける。


「私は感情を司る神の片割れ。しかしそのようなものは人々が自らの意志を得たからこそもう必要の無いものだとボルツェンカボーネに説かれました」


 少し照れているのか、ボルツは頭を掻くしぐさを見せる。


 神と呼ばれるに相応しい力を手に入れた割には、どうにも人間ぽい性分のようだ。いや、思考する霊長類的な2足歩行生物という時点で、それはもはや人間と大差ないのかもしれない。


「そこで私は、千里の道をも見通す力で…陰ながら、この変革された世界の人々がどう思いどう動くかを見定めたいのです。感情の神として……」

「俺も、負の感情とやらの平均をどうすれば抑えられるのか、負の感情に支配されていない人間の姿がどんなものか、見ておきたい」

「一先ずは静観……ということですね」

「伊達に神は名乗りたくねぇ。モリオナとの話を遮るようだが……お前達の営みに干渉せずここで観察するのみと、誓いを立てる」

「ボルツェンカボーネ……」


 何を言ってるの、と言わんばかりの反応をモリオナは向ける。

 彼女の中では、未だ自分が人間とは異なる者であるという意識が大きいようだ。人間に対する誓いに、明らかに乗り気ではない。


「な、何かおかしいこと言ったか……?」

「い、いえ……そういった誓いを立ててくれるのならばこちらも安心と言いますかなんと言いますか……!」


 指揮官が、未だに焦りながら応える。


「まぁ、言葉で誓いと言うだけというのも信頼に欠けるだろう。ほら……」


 ボルツは、自らの毛髪を千切り、そこにどこからか取り出した紙切れを結んで差し出した。


「見ての通り、俺の髪に今のことをマナで刻んだ契約書を結びつけた」

(見ての通り……?)


 全バスターがそう不思議に思った。


 マナで文字を一瞬で描くということ自体誰も知らない使い方なのだが、それ以前に妖術的で理解しかねる契約のプロセスだったため困惑している。


 普通の人々は魔法を使えない世界観、大概のバスターは魔法を戦闘にしか組み込まない。戦法や作戦行動以外へ応用する者は今はまだ稀なのだ。


「俺が何かしでかした時それを俺に近づければ、俺はかなりの時間動けなくなる。そういう類の魔法…お前達の言葉で言えば“スキル”か?そういうのを仕込んだ」


 とりあえず、代表として指揮官がその“契約書”を受け取った。


「いいのですか?ボルツェンカボーネ。彼等はあなたを幾度も幾重にも葬ったのですよ」

「そういう遊戯だったんだからいいだろ。俺自身、今もいつ暴走するか分からないしな。――それとも、人間が、自分の子供が信用できないか。モリオナ」

「……あなたが恨んでいるのではないかと思って」

「前を向けよ、俺が暴れるだろ?」


 モリオナの様子にどこか皮肉っぽい冗談を飛ばす。


 自らの矜持のため目の前の人間たちを思い自らをも託すボルツ。

 心配しているようでその実、節々に人間へ良い感情が信用が持てていないような態度がかすかに見えるモリオナ。


 正負の感情の2柱というには、皮肉な構図となっている。


「……デキてるよね!?この二人!!」

「ハナ、天丼はほどほどにね」


 ナノハのこそこそ声を聞いた付近のバスターはこいつ髪だけじゃなく頭の中もピンクの花畑か?と思った。



「というかモリオナ、これ多分お前もした方がいいぞ」

「……彼等は私の味方です」

「関係はリセットされている。さっきはお前の子供と言ったが、少なくともこいつらは産みの親も育ての親も全くの別人だ」

「……分かりました。ひとまず、彼と同じ物を」


 髪を束ね、紙切れを巻く。白き契約書も指揮官が受け取った。


「その時が……来ないことを祈ります」

「…えぇ」


 モリオナの言葉に合わせるように、指揮官は少し重々しい呟きと共に同調した。


 その後数歩下がり、目的を達したと考え撤収の号令をかけようとする。


「ではお、お二方、我等はこれにて失礼しま――」

「僕からも少しいいか」


 ――クロウの手が上がる。


「あなた方がもし死んだとして、その場合、感情はどうなる」


 感情を司るのなら、その司る神の死が何を意味するのか。死の観測ができないながらも思い切って切り出してみた。


「な、なんてことを訊ねるのですか!」

「いいっていいって!」


 彼らへ自身の死の事を訊くとは、と指揮官は咎めたが、本人はそれぐらい構わないと快く引き受けた。



「…うむ。あくまで予想だが――何も起こらねぇと思うんだよなぁ」

「何、も…?」


 意外な言葉に、少し拍子抜けしてしまう。


「司りはするが、だからって総量が変わるかって話だよ」

「たしかに、私たちの『感情』に関わる力は感情の上塗りから想いを繋ぐことまで様々なことができます。しかしそれは元の感情あってのこと。このような世界ではもはや神が先か人が先かは分かりません」

「じゃあ、さっきのボルツェ……ボルツの力は?」

「あれは潜在的に秘めた不安や憎しみを、異なる液体の分離のように表面へ浮かび上がらせただけのこと。感情に作用する、魔力に似た力を以て押し上げる…」

「力の自覚だけじゃなく、ちょっとは検証したんだ。その辺の動物でだがな」


 彼らは感情を操りこそすれ、ゼロから作り出すことはできないらしい。

 それを確かめるために能力の検証までしたという真面目さに、居合わせた人々は彼らが意外と自分達に近しい存在だと感じざるを得なかった。



「じゃあもしそれをモリオナがすると、どうなる?」


 もう一つ気になることを挙げてみる。


 神々の権能、ボルツの方は先ほど身をもって味わった。怒り・憎しみ・悲しみ・恐怖、そういったものの増大…。では逆は何が起こるのか。



「オモシロいことになる」

「オモシロいことになる。」

「私の力そんな風に見てたのですかボルツェンカボーネ」


 ……オモシロ、らしい。



「考えてもみろ、俺がネガティブ、モリオナがポジティブ。喜怒哀楽の喜楽のみを抽出すればそりゃ酔っ払いの宴だろ」

「そう……そうですか……」


気の抜ける回答に、あえて強気で向かったクロウもぽっと出の敬語へと弱ってしまった。



「ともかく、我々が動くことはきっともう無いでしょう。ボルツェンカボーネも正気な今、新たな魔獣も現れない」

「ああ。消すことまではできないのが申し訳ねぇけどな……」

「魔獣は既に、この世界の生態系の一つに組み込まれています。どうかお気をつけを」

「で、では……っと、総員撤収!」


 一区切りついたところで、撤収の号令をかける。

 彼の感じるプレッシャー的には、今ので一区切りついていて欲しいという願望もあるのだろうが。


「この世界の平和、お前達に託した!」

「……投げやりかよ、隠居とか言って」



 バスター達の背を見送りながら言葉を贈るボルツに、ツイスターはそう静かに毒突く。



「荒れてるな、アンタ」


 その愚痴は隣にいた他のバスターに聞かれていた。

 彼はだからと取り消すわけでもなく、調子に乗ったように思いを言いふらした。


「せっかく主から頂いた風の力を、盛大に披露できると思ったんだがな」

「復路で雑魚相手とかじゃ不満か?」

「調子乗った御神託の腹いせはさせてもらうぜ」

「帰りが楽で済むのはありがたいが、死に急ぐような真似はするなよ?」

「チッ……」



 洞窟を出て、待機中の馬車の護衛を担当していたバスターらと合流する。

 総員車に乗り込み、また3、4日間の片道だ。



「ボルツェンカボーネ、力はヤバいみたいだけど、気のいいおじさんだったね」

「まさか普通に話せるとは驚きだよ。ただ不干渉の契約をあっちから結んでくれたのは収穫……なのかな」

「ああ。それに、これはあっちから約束を破れば実力行使してもいいということだ。ボルツェンカボーネの暴走の性質のこともある、細かい事を考えなくていいのはやりやすい」

「あ…他の都市にも同様のことをするかとか、聞けばよかったですかね」


 帰りの車内メンバーは全車同様だ。無事の確認や長期移動による信頼の構築を考慮しているという。


「ただ、モリオナ……アイツは怪しいな」

「あー分かる、ちょっとよそよそしいっていうか……」

「契約はしてくれましたが、不本意そうというかなんというか」

「不器用なだけだったらいいんだけどなー」

「人間観察をしてみるそうだけど、もし自分の意にそぐわないと判断したら……」

「もしかして私達覗かれちゃう!?あんなことも、どんなことも!?」

「きょ、興味無いんじゃない?」

「嘘でしょ!?」

「ぅ覗いて欲しかったの…?」

「え、嫌」

「そのスンとするの怖いぞお前……」



 モリオナの対応は終始丁寧であった。しかし、それは言葉に限ったこと。


 丁寧な言葉は使っているもののどこか遠い場所から見下ろすような、人を下位生物として見ているような。とはいえこれらは考え過ぎでもあるかもしれない。


 ただ、バスター達にとってはもう一人の生みの親にして人類の味方だった者。信じたい気持ちは……それはそれとして、あるかもしれない。

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