第3話「負の男神」 Part2
武器を磨き、ミクロ単位の戦術を話し合い、受付の女性にナンパして、それぞれの準備に励む中クロウは声をかける。
「出世したね、あが4つの人」
「シアーズと呼べと言ってるだろ……」
「このまま、俺の代わりにギルド長やってくれると助かるんだけど」
「うわっ!?」
ペイガニーがシアーズの背後にぬっ、と現れた。
その表情は浮かばず、疲れきっているように見える。
「凄いね、やり方教えたらいい暗殺者になれるんじゃないかな」
「こんな大男が弱気でうろうろするもんじゃないだろ……一応は長なんだからしっかりしてくれよ」
シアーズは目の前の偉い人の肩をぽん、ぽんと叩いてやる。
しかしその人は一向に晴れない。穴の中にハマりこんでしまっているようだ。
「頑張ってはいるがもうなんか嫌なんだよ……妙に評価高いのも含めてさ……」
「頼れる大男設定だったもんね」
「あのなぁ、お前だってやる時はやれる男なんだ。じゃなきゃ決めてたこととはいえ失速前あんなに喋れないだろ。娘さんだって今もかっこいいって言ってたろうが」
「その娘に見放される俺だぞ、無理に決まってるよ……」
「あっ、さてはそれがそんな沈んでる理由だな?なんだ、喧嘩でもしたのか」
「娘ってたしか……」
「知っているのか!?」
「ちょっと、掴みかからないでって」
「ああ、すまん」
「イッカ・クラフトだよね。何かあったの?」
イッカ・クラフト。
クロスマギアを新規で始める場合、5つの都市から一つ選んで始めるという一種の勢力システムがあった。
リガトピーク・アルキテク・シパンガ・セレマ・フシュケイディア――それぞれで異なったストーリーとキャラクター達が集う。
組合長ペイガニー・クラフトの娘・イッカ・クラフトはその内クロウやシアーズが選んだ都市セレマにてヒロインやナビゲーションを担当する、主人公(PC)の相棒的存在であった。
性格は穏やかで、お茶目なところもある癒しの存在。何かとヘイトを集めやすいナビゲーターキャラでありながら、そうならずに愛でられ続けた絵に描いたようなヒロインだ。
「3日前に、出かけてくるって言ってそれからずっと帰ってこないんだ。本当はこいつらを引っ張っていく自信の無かった俺だ、気付かなかっただけでイッカも本当は俺のもとから出ていきたいとずっと思ってたんだろう」
「……妄想癖ある?」
「フシュケイディアはいい医者の街だぞ」
「君達ちょっと辛辣じゃないかなぁ」
だがそれ故に、そんないい子が頑張る父親を見限るか?という疑問が残る。
「たしかに性格が変わったのはありえなくないけど、だからってそこまで卑下するほどじゃないと思うよ」
「俺も前あんたと見た時には元気になってたなーぐらいの変わり方だと感じたぞ」
「だが3日だぞ、他のバスターに探すよう頼んだが全くいい知らせが無いんだ」
「そこまでくると、たしかに心配だが……」
「あ、クロウいた!」
心配性を拗らせたいち父親から事情を聴く中、騒がしい女がクロウを見つけてくる。
「ハナ」
「参加するんだね、この作戦」
「……ん?真面目だね」
「そりゃーこの前あんなにショボショボしてた子がカミサマを覗くなんて大胆な作戦……ほんとに大丈夫なの?」
「やってみたいんだ。僕が」
「何の話かは知らないが命だけは絶対に持って帰ってこいよ」
ペイガニーの横槍に、二人は当然と言わんばかりの表情で答える。
「あ、そうだハナ、イッカって見た?」
「え、イッカちゃん?えー見てないけど……ちょっと長い白い髪の女の子だよね?」
「ああ、どうやって手入れしてるんだか分からないがとっても綺麗な……」
「あ、親バカだ」
「うん。同時に逆親バカ」
「逆親バカってどういうことだいクロウ君……」
再びの横槍の勢いを殺す中、施設内のワイワイという声々を上書きするように外から地を踏むような木材が体重をかけるような音がする。
「組合長!馬車全部隊積み込み終わりましたよぉ!」
「分かった! ……」
少し悩むが、頬を二度叩き自分を鼓舞しようとする。立ち上がり、そして宣言する。
「皆聞いたな!」
彼の声はよく通る。まずその一言で注目を集め、
「馬車の用意ができた、片道4日・往復8日の長旅だ。目的地はボルツェンカボーネの住処“黒溶神殿窟”!あくまで偵察だから命は無駄にするなよ!!見て、帰ってくる!簡単な話だ」
目的を確認し、
「さぁ物資輸送専用以外の馬車に4人ずつ入っていけ!それでは行くぞ!作戦開始だ!!」
<応!!!>
開始の声で一つに纏める。
「やっぱりやればできるんだよ」
「いや、ライブ感とかいうのじゃない?」
「あ゛ー一週間以上も馬車の中とか嫌だな~~」
「文句言わないの、ハナ」
「やれやれ、瞬間移動のアイテムかオブジェクトでもあればなぁ」
「作ろう!!8日もあるんだし!!」
「試行錯誤してるうちに酔ったり変なとこ飛んだらどうする……」
すっかり3人組になってしまったクロウ・ナノハ・シアーズ。
だが、馬車に乗り込むと騎手とその交代要員を除きもう一人分席が空くことに気付く。
「そういえばもう一人乗れるね」
「ギルド長でも乗せる?」
「いや、今回あいつは参加しない。指揮官役は他に任せている」
「イッカ待ちで?」
「だな」
「お父さんだけだっけ?イッカちゃん」
「いんや母親もいたはずだ」
「――相席、いいかな」
残りの席に座るのは、ならば知らない人物。
「勿論だ、座ってくれ。いいよな?」
「僕達が決めることじゃないさ」
「好きにしていーよー」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
輝く鎧。王道の聖剣士。まさに勇者と誰もが思うだろう。
「……どこかで会った?」
「うーん、ああ、クエスト帰りの君達と一度会ってるね。夕暮れの眩しい日だったなぁ……」
夕暮れ、帰り道。クロウは話しかけたのをちょっとだけ後悔した。
「あーっ!あの時のナンパさん!」
「はぁ?」
「そうっ…見られるのは心外かな……」
世界が変わってから、クロウが初めて魔獣を倒しに行ったその帰り。ナノハと共に目撃し……たものの夕焼けの光で全く顔が見えなかったその男。
鎧のシルエットとその口調から、徐々に思い出してきた。
「俺はヒトシ、ヒトシ・カリヤだ。よろしく」
「こちらこそ」
3人と挨拶代わりに握手を交わす。
「ああ、あなたも。先日はどうも」
「お、あー」
「知り合い?」
「色んなプレイヤーのこと教えて欲しいってな。それと……いやなんでもない」
「?」
(これクロウの前で言うと怖いな。やめとこう)
馬のいななく声が聞こえる。全てのバスターが各馬車に乗り込んだようで、騎手が行くぞと勇みながら前方に向かう振動がやがて車内に伝わる。
「おっ!出発だねぇ」
「アルキテクの“マボーグ”とか使えりゃあなぁ」
「各都市を刺激しないためとは聞きましたが、この大規模な隊列はむしろ逆効果なのでは?」
一人愚痴を漏らすシアーズにヒトシと名乗った男が問う。
「つっても他の都市のPCもメカや“スーツ”ぐらい持ってるだろ。特に本場のアルキテクはな。それらより明らかに弱くて装甲も柔い馬車で申し訳程度に不戦意志を提示する……組合で参謀部が短い期間で考えた、それこそ申し訳程度の作戦だ。それにマボーグを持ってない奴も少なくはないしな」
「狙ってくださいと言わんばかりの勢力と思われたら?」
「ウインドウからメカ出すの?」
「生き残れる自信があるんなら自力でいいんだぜ?」
「僕のスタイルだと長距離走は難しいな」
「じゃあもう全部やっつ」
「無理」
「着くまで何日もかかるんだから食い気味にならなくたっていいでしょー!」
「仲がよろしいんですね」
3人の会話になってきたところで外野感のあったヒトシが口を出す。
「まぁ……僕とハナはプレイヤー同士の仲がよかったから。その繋がりかな」
「ユウとしおんだね!」
「俺はほんの少しだけ腐れ縁と言ったところだ。ピンク髪の方はあまり知らないが」
「私もよんあさんの素顔知らないし」
「よんあって何だよんあって。なんて頻度であだ名が付く」
「そういえば、兜は脱がないのですか?」
「たしかに」
クロウも思わず肯定する。
作戦説明から今は馬車に乗って移動中、それどころか先日の初遭遇ですらシアーズは兜を一切脱がなかった。
「戦略的な目的が?」
「あー…… まぁ、そんな大したことじゃないんだがよ……あんまり言いふらすなよ」
「おっ!?何か隠された事情が……!?」
(僕の謎二つ名他人に話した人がなんか言ってる)
「いや、それがアイデンティティというかなんというか、そういうノリでずっとしてるってだけだよ……」
「はー?」
クロウの不満そうな想いが伝わるということはなく、大したことじゃない、と前振りをした通り軽い風で理由を話す。
ただ、あまりに大したことじゃなかったためにナノハは呆れてしまった。
「こう見えて中身はイケメンとか一切無いからな。自分で鏡見てこんな普通のオッサンなのか…とかそういう類の話だからな。決してな」
「そ、それは……ちょっと辛いですね」
「美形に言われても嬉しくねぇやい!」
「あっ拗ねた」
「ダイジョーブ……」
「あん?」
「ヒトは、心だから!!」
3日が経過した。
「ねぇひーまーだーよークローウ」
「何しろってー」
「なんかさー、面白い話とかなーいー?恋バナとかさぁー」
「3日前に人は心とか言って盛大にスベッた話?」
「それぁもーいいでしょおぉぉおお????」
「いいじゃないですか、俺達が出るほどでもない平和な道中で」
「たしかになぁ。外側の隊が余裕で処理できるルート掘り当てれたのはツイてる。到達までの時間も早まりそうだ」
「だけど、身体が鈍るね……」
出発してからおよそ3日。ヒトシの言う通りこの道中魔獣との遭遇で隊列が止まることはあったものの、彼等が駆けつける前に終わってしまうほどスピーディーに処理されている。
死体処理は強力な火の魔法を持つPCが退屈凌ぎに一息で処理してるようで、死骸処理要員の出番もほとんど無い。
「うーん…大所帯である分経験値の分配が……」
「カリヤん未だに慣れてないんだね!」
「ん?何が?」
「経験値!ウインドウ開いて確認しても、もう貯まってないしLvアップもしないらしいよ」
「……そうなんだ」
寂しさ、というよりも納得がいかないような切ない目の伏せ方。
彼も、世界の変容に何か思うことがあるのだろうと一行は感じる。
「まぁ慣れていくよ。その内」
「そう、だな。ナノハ君」
「ふふん」
「バスターさん方!」
彼等にとっては何度目かの台詞。続く言葉は分かっている。
「魔獣かな」
「ねぇ、先に取られる前にやっちゃおうよっ!」
「そうだな。座ってばかりじゃ身体が凝って仕方がねぇ」
「なるほどおっさんだね。シアーズ」
「おいどんどん俺の扱い悪くなってねぇか」
「行ってくるよ」
「クロウ!」
まだ止まりきらない馬車で、逸るクロウを止めるようにナノハは問う。
「大丈夫なんだね?」
「……うん……ここ何日かで、ちゃんとできるようにしてきたから」
「……そっか」
そうかと言い終わる前に彼女は飛び出していく。
表情を見ておけばよかったかと、少し思った。




