第19話「ストリーマーズフィロソフィー」 Part2
今のゲーム界とは、現代サブカルとは切っても切れない関係にまでなった概念をやる回
ゲームの現実化って題材でやってんだからそりゃあやんないとね?
さて中央院を出たクロウに特別な用事など無い。
フシュケイディアに思い入れがあるということも無く、ただ帰路に沿うだけ。
どこかに寄ろうという足取りもせずに、城門へと真っ直ぐに進もうとしていた。
「あ~~お兄さんお兄さん」
脚を引っ張る障害物も無く、不足している物資も無く、ただ何も考えずに歩いている。
「お兄さんてば!」
「……まさか僕のことじゃないよね」
しかしこのままだと付きまとう何かが一生付いてきそうだ。
そう感じてついに返事を返す。
「ああ、これは失礼。お姉さん、でしたね!」
口を前に横に伸ばして誇張的な発音、そこに大袈裟な手振り。
このおちゃらけた青年は性別を誤解しているのではなく、わざと男だと声をかけていることに彼女は勘付く。
「……えっと……」
冗談や世辞の類で賑やかす人当たりの良いキャラを演じているのだろうが、少なくともクロウには苛立ちしか与えていない。
仕方ないと相手をする顔は非常に苦く、嫌そうだ。
「あいやこれまた失礼、初めましてザッシュと申します!ハイシンシャというものをやらせてもらっておりまして~」
「は、はぁ」
ハイシンシャ、クロウもその役職を少しだけ聞いたことがある。
プレイヤーの会話の中で数度出て来た、全く馴染みの無い概念。
(プレイヤーの中にそういうのが混じってるみたいだけど……彼が?)
「それで、クロウさん?単・刀・直入に訊きます!」
「あ、えっと、嫌です…」
「わたくしからの独占取材!お受けください」
初対面ではあるが、フシュケイディアにクロウのことは一部知れ渡っている。名を知られていても不思議ではない。
だが望む結末以外を受け付けないような勢いを突きつけられることで、初対面なりに謙虚になってほしいとクロウは今礼儀作法の必要性を学んだ。
「……」
「……お返事は?」
「…嫌だ」
まるでまだ何も喋ってないよねと怒られているかのような沈黙。拒絶の意をもう一度伝えた。
「嫌だ、と聞こえましたが……わたくしの聞き間違いでしょうか?」
「はっきり断った。言った通りだよ」
「今ならまだ聞き間違いで済みますよ」
「……なに…?」
声が漏れないような小声で、しかしはっきりと伝わった脅しの文句。
流石にクロウは警戒を強め、半歩下がった軽い前傾姿勢で構える。
「あなたにもバラされたくない秘密のひとつやふたつ……あるよねェェ…?」
仮にも丁寧語口調だったザッシュの態度が密かに変貌する。
それこそバラされたくない秘密なのではと思いつつも、クロウはやましいことなど無いと毅然とした態度で立ち向かう。
「……あったとしても、もう広まってる」
「ほほう?だぁかぁらぁ問題ないと?」
要所要所で出るねっとりと延びた発音。
敢えて人の思いを刺激しているのだとすればその意味は、そして何故ここまで手慣れた感じがするのかと気になり始める。
「例えば……」
「見つけたよ!ザッシュ!!」
クロウは声のする方を向いた。
やさしげな青年が、ザッシュに向かって駆けてゆく。
「またあんたかよ。わざわざ俺を探すなんてよっぽどヒマなんだな」
「俺は君を止めたいんだ、そう言ったでしょ!」
「は?何言ってんのコイツ……」
ねちっこい言い寄りの次は別人のように乾燥しきった呟き。
ただし呟きと言うには少々大きく、周りに伝えたいという意志がさりげなく含まれていた。
「ま、俺も忙しいからね。こんな文句だけの暇人に構ってる時間は無駄だけど……面倒だからもう行くわ」
因縁があるらしき二人の間に入っていけないクロウだったが、ザッシュが離れていくのを確認するとふぅと胸を撫でおろす。
そして、ザッシュとやらが非常に厄介な人間であることを確信した。
「ザッシュ……」
「助かった。変なのに絡まれて困っていたんだ」
去った者に引かれる思いの青年を、励ますように礼を言う。
「あ…どう……いたしまして」
だがそれだけでは彼の気を晴らせなかった。どうも助けることが本命ではなかったらしい。
「……気になるの?彼の事」
「た、たしかに……どうにかしないとって想いはあるけれど……」
「何があったのか言ってみて」
「えっ、でも…!」
「お礼代わり。できることがあるかもしれない」
どうにも煮え切らない彼の仕草に、クロウは気持ちを抑えきれずにお節介を焼いてしまった。
こうやって首を突っ込むから面倒なことになる。そうは思っていてもやはり目の前で、しかも助けてくれた者がその場でシュンと寂しげに俯き迷うようではモヤっとするだけでどうにもスッキリしない。
「……じゃあ……」
お礼の代わり、と申し出が先の行動の対価であることを示すことで彼はようやく事の仔細を話す決心をした。
「まず、自己紹介させてもらいます。“ヤマビコGAMES”のウミビコ……あ、ヤマビコGAMESは俺のプレイヤーさんのチャンネル…らしいです」
「らしい?」
「俺のプレイヤー、ヤマビコさんは何も話さない人だったので…設定に書かれたそれぐらいしか分からなくて」
プレイヤー全体を対象に雑談したり、仲間内で会話やメッセージを送ったり。そういった機能があるからといって、誰もが必ず使うわけではない。
ましてや自らのことを身内はともかく不特定多数へ語るなど、その手の機能が発達しているからこそやってはいけない危険な行為である。
ただ、“遺された”彼らはその守るべきエチケットを時に恨めしく思う。
寂しげなウミビコの姿が、複雑な事情を代弁していた。
ああ、と2音で納得するクロウも自身のプレイヤーへの想いから内心で同情している。
「チャンネルって何?僕はその手のこと全然知らなくて」
「あー…俺も有識者ってほどじゃないんですけど、大体どういうものかは分析されてるのでわかる範囲で説明しますね」
「うん」
――機械文明の進歩は、遠く、そして多くの人々との繋がりを生み出した。
その繋がりを象徴するものの一つこそ“配信者”である。
時にリアルタイムで、時に一本の動画作品として、楽しみや情報を多くの人々に届ける新時代のネット・ワーク。
それはクロスマギアの外でも広く普及し、いつからか世界に現れたゲーム実況というジャンルに於いて自由な魔法世界の景色の共有を推し進めた。
クラスメイト同士の語らい、パッケージやサイトの売り文句、記事での寸評。それらとは違う、またはひとまとめにしたとも言える「ゲームプレイの様子の発信」。
そして時代や技術の移り変わりと共に普く浸透していったそれは、様々な思惑のもとに変化を重ねていく。
「“ゲーム実況配信者”、か……」
それこそが、サブカルチャーそのものと融合し、切っても切れない関係にまで拡大したジャンルである。
「アルキテクの研究者でも分かったのはここまで。他にも何か目的があったっていうけど、それ以上はまだ……」
「僕らの様子を、広く共有……」
クロウには少し恥ずかしい気持ちがあった。
しかし、それはつまりこの世界の元の姿を、人々の思い出を繋いで遺していく行いであるとも取れる。
「ふふっ」
現世界での英雄視とは違い、知られて恥ずかしいという気持ちはすぐに感謝と誇りが上回った。
「……って、脱線したかな」
「いえ、それこそが俺がザッシュを追ってる理由なんです」
識者ではない、と言いつつも熱のこもった解説を終えたウミビコは一つ呼吸を置いた。
「配信者、が?」
そういえば、さっきザッシュも“ハイシンシャ”と言っていた。クロウはそう思い考察を試みる。
しかし馴染みの無いモノ故に心当たりになるものに乏しい。下手の考えは一瞬で済ませ相手の言葉に委ねる。
「彼は……プレイヤーさんとは違うんだ、俺ならもっとって、変な方向に進んでるんです」
「変な方向。分かるよ、さっきの事だね」
「彼は自分のために迷惑行為を重ねています。俺のいたアルキテクでも。そのせいで他の配信者PCが冷めた目で見られるのが、俺には……」
その先は言わなかった。それだけにこの2人の間で起こっている追走劇が見かけより深い問題であることが会話の相手であるクロウには容易に理解できた。
斑模様の1個でその獣の全てを分かった気になるように愚か者のただ1人を全体の縮図として評価する、世間という毒の風。
そんな濡れ衣を誰彼構わず被される苦悩は、ここでの特別な扱いを嫌がったクロウだからこそそれが推し量りがたいものであると予想できた。
「……止めるのを、手伝ってください!」
しかしそんな偏見を経てもなお青年の依頼は熱く、むしろ相手をただぶちのめす目的ではないと思わせる思いやりのようなものが感じられた。
「放っておけば何をしでかすか分からない」
そんな彼の想いと、曲がりなりにも過去に干渉した都市への義理のような心情。願いのつづき。
せっかく落ち着いてきた都市を騒がせる、それを黙って見過ごすのは気分が悪い。
「行こう。もうこの都市は荒らさせない」
想いは混ざり合い、クロウを一つの道へ導いた。
とはいえ、インフルエンサー系のキャラはマスコミと並び大体クズに設定されがち。どれだけ大手の作品でも、密やかな個人の作品でも、配信者=数字のことしか考えないゴミやその立場で悪事働くみたいな嫌味なものばかりで厭になる・・・
そんな世の中に一石をカタパルト投射したい思いが無いわけではない
まぁ現実の配信者を見るとお前らゲーム(というか人様の作品)のことなんだと思ってんだと感じさせられることも多いんだけど




