第1話「親離れの日」 Part1
初の投稿、さぁもう後戻りできないぞ・・・
今日は6月4日、その誕生花とされるものの1つには花言葉に「日々新たに」を持つというニッコウキスゲがあるとか。なんというか、ピッタリ…かも?
――ある時、1つの世界が終わった。
ただ、世界とは言っても、人が作った“ゲーム”がもう二度とできなくなったというだけであったが。
そのゲームは数あるオンラインゲームの中でも圧倒的な自由度を誇った。世界を隔てるものの無いオープンワールドであることはもちろん、人々は生きているかのように多くの仕草を見せ、キャラクリエイトや技の創造ともなれば想像通りのものが出来上がる。まさに「世界」と言うにふさわしいものだった。
だが、ある時技術は更なる革新を得た。意識を直接電子の世界へと繋ぎ、まるで別の世界にそのまま入り込んだかのような体感を提供する、そんな新風が。
既存のヴァーチャルリアリティーを遙かに超えるVR体験とそれに付随する過去のどんなゲームをも――それこそ先述のゲームすらも――凌駕するボリュームと自由度。
一種のシンギュラリティと言われるほど一気に加速した時代に、VRでもないそれはついていくことができなかった。しかも同時期に多くの不具合の発生もあり抜ける者が続出していった。
……要するに、そのゲームは時代についていけず、バグも多発して見放されていったのだ。
だがそれでもある者は嘆いた。「嫌だ」と。「別れたくない」と。
そしてなおもある者は論じた。「知ってた」。「擁護できない」。
当然個々のバラバラな感情が何か超常的な奇跡を起こすことなどなく、そのゲーム、「クロスマギア・ミッション」――略称ロスマギ――は時代の流れに呑まれて消滅した。
……はずだった。
「……あれっ?」
「何だ?この、頭の……」
「霧が……晴れるような……」
全てのプレイヤーがログアウトし、サービス終了に関する諸々の処理を終えて、そのゲームは歴史から消えることとなった。
だが、それと同時に起こるはずの無い奇跡が起こった。誰にも見られることの無く、誰にも知られることも無く。
ただ孤独に、世界は続く。世界だけ、続く。
「やっべ鍛冶屋に戻らねぇと!今まで何してたんだよ俺は…!」
「アリア!アリアのところに行かなくちゃ!」
「い、色んなことを喋れるわ!なんかこう……思ったことが!」
「でも今までもちゃんと思って喋って……あれ?」
NPC、いやそれにとどまらずプレイヤーたちによって作られ操作されてきたPCまでもが自由意志を持ち、動き始める。
「あれっ……ここは……ああ、“マスター”が寝落ちしたから……ん?」
「さてと今日もまずログインボーナ……出ない?見逃した?でもログには何も……」
「おお“主殿”よ!久しぶ、なっ!?我が喋っているのか!?!?自分の、意思で…!?」
「……自由だぁ……っ」
彼らは自分の意志と思っていたことと自分のやってきたことという認識の違いから混乱し、騒ぎが起こった。
外では何事もなく、神にも検知されないであろう奇跡。
内では何をすればいいのか何をしてきたのか、本当とは何かと大混乱。
気性の荒い者もおり暴力沙汰になることもあったが次第に彼らは腹が減り、そして眠くなった。
2、3日で自然と騒ぎは収まり、しかし今度は記憶上何事もなくやれていたことをちゃんとできるかという混乱。その間様々な不便が生じたが幸い記憶や体験がインプットされた存在で在れたためこちらも数日で全てが“元通り”になった。
無論、敢えて元とは違う道を行く者も少なくはなかったが。
……ここで一人の人物に着目、本題へ移ろう。
「本物の空か……」
ゲームの1人物でしかなかったロスマギという世界の住人が意志と生を得る……後に“大変革”と呼ばれるようになる不思議な事件が起こって約一週間、話題には上がるが既に鎮まった混乱。その中でローブに頭以外の身を包んだ人物がふと呟く。ローブの肩の部分には“バスター”と呼ばれる者を示す紋章が付与されている。
その人はこう思った。思えば、ちゃんと空を見ることなんて無かったな、と。
世界を形作る都市の一つ“セレマ”の一角で、ぼんやりと思索する。
「……組合にでも行こうか」
歩を進めるはプレイヤーから俗にギルドとも呼ばれたその場所、バスターズ連合組合。
魔獣やそれによって齎された謂わば魔獣災害の情報を収集し、バスター間で共有、実行自由な駆除作戦を管理、紹介、また実行後の処理をするための組織である。
独立した権力を持つ公認組織であり、給料は歩合制。ただし時には強制力のある指示を出すこともある。
――と綴りはしたが、もし所謂異世界ものに慣れている者ならば、「冒険者が依頼を受注・達成し、それに応じた報酬を貰い、時には緊急クエストなるものが発生する冒険者ギルド」という概念の言い換えと考えてほぼ相違ないとも言える。
「やっぱギルドの方が言いやすいな」
まぁ専ら、そんな認識である。
煉瓦で組まれた目立つ大きさの施設で単にそれっぽいからというだけの理由でプレイヤーから着せられていたローブを纏ったまま、その人は掲示板に取り上げられた情報の数々を読む。
・魔獣「ビゲストペリカン」の駆除
……打消し線の後に「完了しました!」と大きく書かれている。
・魔獣「メガシシデビル」生息区域の偵察
手書きで無理せずに!と付け足されている。端が大きめに破れていることからして、剛毅なバスターが粋がって返り討ちにあったりでもしたのだろうか。そういうことはたまにある。メガシシデビルは力が強い。
・薬草採取のお願い及び注意
魔獣に直接関わることではないためか他と少し違った体裁で書かれている。ある種の薬草の群生地で不明な魔獣が確認されているから代わりに、もしくは近くに行くことがあれば、採取か偵察をしてきてほしいという。
・魔獣「ヘビードーン」の駆除
駆除、の部分に打消し線で狩猟と付け足されている。醜く崩れた肉塊のような魔獣のイラストのすぐ下に別のメモが留められていて、内容は「食用になることが判明しました!!可能であれば形を保ったまま仕留め素早く運搬を!!メチャクチャ美味しいです!!!!」 ????????
(……え?食べたの?魔獣以前に、え、これを??)
――と、一通り見た中からウォーミングアップになりそうなものを選ぶ。
(狼型の魔獣ベロス……すばしっこいが、このぐらいが手ごろかな)
魔獣ベロス。一回り強い狼といった風の決して強くない魔獣。かつては試し打ち代わりによく討たれていた。
「クリケさん、ベロスの……」
「ああベロスならいつもの森ですよ。ウォーミングアップですか?」
「ああ、はい……」
受付を担当する1人クリケ・ライリのもとにベロス相手の訓練を目的とした会話が相当な数来ていたことが聞いてとれる。大変革後に自分の身体をどう動かせばいいものかと考えた者がベロスを相手に“ウォーミングアップ”や“リハビリ”をするわけだ。
みんな意識高いなぁと思いながらも促されるまま手続きを済ませる。と言っても、気付けば増えている上その手ごろな強さから特訓としても需要のあるベロス。大変革後数日と経たず簡略化は極まり白紙のノートに名前を書くだけになっていた。
「では」
「はい。無事のご帰還を、クロウさん」
ノートには英語でSathan air Crowと書かれている。




