素材採取と行方不明者捜索
「あっ、ありがとうございます!でも・・・」
クロスの申し出にイーナは一瞬だけ笑顔を見せたが、直ぐに表情を暗くする。
クロスがたった1人で山に向かうことを懸念しているのだろう。
「大丈夫。どうせ山に入るのですし、そのついでですよ。先に向かったパーティーが既に見つけているかもしれませんしね」
「そう・・ですか。じゃあすみませんがお願いします。でも、くれぐれも気をつけてくださいね」
イーナ(と背後に隠れた子供達)に見送られて教会を出たクロスは村の外れに停めてあるクローラーに向かって駆け出した。
現実的に一刻の猶予もない。
雪に包まれた山に分け入るのなら、装甲板は閉めておいた方がいいだろうが、行方不明者の捜索をしながらというならば運転席まわりは視界が広いほうがいい。
運転席だけはオープントップで前部装甲板も倒したままにしておく。
これで準備完了、クローラーに乗り込んだクロスは雪山に向かって走り出した。
山の麓の村の周辺は春の終わりの暖かな環境だったが、山に近づくにつれ急速に気温が低くなってくる。
1刻も走らないうちに春の花々の姿は消え、雪がちらほらと降り出してきて、やがて雪と氷の別世界のようになってしまった。
急な斜面に加えて深い雪と氷に覆われた山肌だが、そんな状況下でもクローラーの鉄の履帯は雪や氷をしっかりと踏みしめ、雪も氷もものともせずにぐんぐんと斜面を登っていく。
「凄いな、自然環境が相手ならばほぼ無敵じゃないか」
この調子ならば目的の氷山の洞窟には苦も無く到着できそうだ。
結局、登り始めて2刻もしない間に氷山の洞窟に到着したクロスは洞窟の中に自生する雪花の採集のついでに洞窟内の捜索をすることにする。
氷山の洞窟内にはクローラーでは入れないので、入口付近にクローラーを停めたクロスはライフルを背負って洞窟内に進入した。
洞窟内は入り組んでおり、奥が深い。
曲がり角等で魔物と出会い頭に遭遇した場合、ライフルの射撃では間に合わない可能性があるので、腰に差した鉈を手に洞窟に立ち入るが、入口付近に吹き込んだ雪には足跡等の痕跡は認められず、行方不明者が洞窟内に立ち入ってはいなそうだ。
目的の雪花は洞窟に入って暫く奥に歩いた場所に自生していたが、そこに至る間にも人が入った痕跡は無いので、行方不明者達がこの洞窟に入っていないことは間違いない。
そうであれば早急に素材採取の依頼を終えて山中の捜索をした方がいいだろう。
寒冷地の暗い場所で育つ雪花はその根株に弱い毒を蓄える毒花だが、その毒が薬品の原料になるのである。
クロスは丁寧に雪花を採取すると、根株に銃剣で小さな傷をつけた。
こうすることで鮮度を保つことが可能で、状態が良いままで納品することができるのだ。
魔物の襲撃を受けることもなく、半刻程の間作業を続け、必要な量の雪花を採取したクロスは洞窟を出て行方不明者の捜索に当たることにした。
クローラーに戻ったクロスは先ずイーナが話していた山小屋に向かうことにする。
昼間であっても凍てつくような環境だ。
風雪を凌げ、暖を取れる場所がなければ凍死してしまうだろう。
山小屋は氷山の洞窟から少し登った山の中腹にある筈だ。
周囲を確認しながら山を登るクロスは進路の先の異変に気付いた。
「・・・煙?山小屋の方だよな」
向かう先に煙が上がっているのが見える。
火のない場所に煙が立つ筈もなく、少なくとも何者かが火を扱ったことは間違いなさそうだが、小屋で火を焚いて煙突から出たような煙ではない。
「これは、間に合うか!」
クロスは煙の発生源へと急いだ。
クロスが到着すると、目的の山小屋は完全に焼け落ちており、山小屋から更に上に向かって複数の足跡等が続いていた。
明らかに子供の足跡もあるのだが、それとは別に明らかに人のものでない巨大な足跡もある。
直ぐにでも後を追いたいところだが、最低限この現場を調べていかなければならない。
クローラーを降りてライフルに弾倉を装着したクロスは周辺を調べてみた。
小屋そのものは焼け落ちているが、その周辺に粉砕されたような木材の残骸が散乱している。
「小屋に避難しているところを襲われたか・・・」
逃げる足跡を追うように残されている足跡は大人の2倍はあろうかというものであり、その大きさと形状から見るにイエティの足跡だろう。
その数3体と推測される。
イエティは寒冷地に生息する類人猿の魔物だ。
大きい個体はその身長が3メートル近くにまで及ぶものもいる。
凶暴な性質で、少数の群れを作り、樹木等を棍棒として使ったり、岩石を投擲して武器にする程度の知識があり、敵や獲物だと認識されてしまうとどこまでも追ってきて、決して諦めることはない。
小屋から逃げ出している足跡は子供のものが2つ、大人のものが3つ。
大人のうち2つは小ぶりなので女性のものかもしれない。
おそらく、子供達を保護した冒険者が小屋に避難していたところを魔物の群れに襲われたのだろう。
これは一刻の猶予もない。
クロスはクローラーに飛び乗ると、足跡を辿って後を追った。