新しい依頼
水の都市の冒険者クロスの住処は水の都市の外にある集落のさらに外れの小さな一軒家だ。
元はドワーフの職人の作業場だったらしく、広い作業場が併設されており、現在は使っていないその作業場にクローラーを停めておくことが出来る。
装甲車であるクローラーの運用についての手続きを終えた翌日、クロスは新しい仕事を見繕って少し遠出をしてみることにした。
クローラーの運用実験のためだ。
先ずは冒険者ギルドに行って何か仕事を見繕うことにするが、クロスの家から冒険者ギルドまで徒歩で半刻程なので、わざわざクローラーで行く必要もない。
ギルドを通して都市内の通行許可を得たが、基本的にはクローラーを都市内に乗り入れることはないだろう。
冒険者ギルドを訪れたクロスは依頼の張り出された掲示板を物色する。
朝も早い時間なのでまだ割の良い依頼が残っているが、そういった依頼は当然ながら危険を伴う。
報酬の良い依頼にはそれなりに理由があり、その殆どが魔物や盗賊等の討伐依頼等で、魔物等との戦闘が不可避な依頼であり、中級下位の冒険者が単独で受けるのは危険だ。
他に丁度いい依頼はないものかと探してみたクロスはその中で1つの依頼に目を留めた。
水の都市から2日程歩いた雪山にある氷山の洞窟からの素材採取だが、誰も受諾せずに掲示期限が迫っている。
目的の雪山は1年中雪に包まれた険しい山で、その山の中腹にある氷山の洞窟は様々な素材が採取できる洞窟である反面、厳しい環境に加え、雪狼やイエティ等の魔物が生息する危険な場所だ。
依頼主は雪山の麓にある村の教会であり、村で流行り病がまん延してしまい、その治療薬の原料となる『雪花』の採取依頼なのだが、貧しい教会からの依頼ということもあり、その報酬が安く、遠方の雪山に赴く手間と危険度が報酬と釣り合わないのである。
危険な雪山の中にある洞窟からの素材採取となると、村人自らの力では氷山の洞窟まで行くことすら出来ない。
このままでは依頼不受諾として依頼料と共に依頼主に返還されることになるだろう。
依頼内容と危険性を考慮すれば、クロスにしても割の悪い仕事だが、パーティーを組んでいないクロスならば報酬を等分する必要はないし、遠方といってもクローラーを使えば1日と掛からずに目的地に到着できる。
依頼のついでに他の素材を採取してきて売れば大儲けにはならずとも、少なくとも損はしない筈だ。
クロスは氷山の洞窟での依頼を受けることにした。
朝の時間帯で手続きをする冒険者も多いが、受付の窓口はちらほらと空いている。
当然のようにフィオナの窓口も空いているのでクロスはフィオナの窓口に向かう。
「この依頼を受けます」
声を掛けられて無表情で顔を上げたフィオナはクロスが差し出した依頼書を見て小さくため息をつく。
「・・・分かりました。ありがとうございます」
フィオナの言葉は感情の込められていないように聞こえるが、依頼不受諾になってしまえば冒険者ギルドの信用も下がってしまうので、その依頼を受けてくれたクロスに感謝の気持は当然にある。
それと同時に余りものの依頼をクロスばかりが引き受けている理不尽さが心の中でチクリと引っ掛かってしまうのだ。
そんな依頼について、クロス自身が自ら選択して引き受けており、ギルドから頼み込むことは殆ど無いのだが、それではクロスの実績評価が蓄積されないのである。
他の冒険者が避ける依頼を率先して受諾しているという水の都市の冒険者ギルド内での評価が高くとも、上位冒険者になるためには相応の実績が必要であり、このままではクロスはいつまで経っても中級下位の冒険者のままだ。
フィオナはクロスの担当職員(別に定められているわけではないが、実質的には担当となっている)として何度か指摘してみたが、どうにもクロスには響かない。
今回もクロスが引き受けると言っているのだからフィオナとしてはそれを止める理由も権限も無い。
理由という面ではフィオナの個人的な感情ではクロスが引き受けるのを止めたいところだが、公人である冒険者ギルト職員としては私情を挟むわけにはいかないのだ。
フィオナは感情を押し殺し、普段以上に仏頂面で手続きを進めた。
「依頼受諾の手続きが完了しました。氷山の洞窟での雪花採取依頼、クロスさんに委託します」
「分かりました」
「クロスさん、危険を伴う依頼ですので、くれぐれも気をつけて。無理をしないでください」
相変わらず抑揚のない声だが、フィオナは心からそう思っている。
「大丈夫です。臆病なのは私の美徳の1つですからね。決して無茶はしませんよ。では、行ってきます」
そう言い残してフィオナに背を向けてギルドから出ていこうとするクロスと、それを見送るフィオナ。
今までに何度もやり取りしたクロスとの会話だが、フィオナとしてはとても不満だ。
クロスは毎回『無茶をしない』とは言うが『無理をしない』とは決して言わないのである。
無茶なことはしないが、必要があれば無理をするということなのだろう。
クロスはそういう人物なのだ。