不思議な指名依頼
監察官になったクロスだが、普段と特に変わらぬ日常を過ごしていた。
報酬が低い割に危険性が高い採取依頼等で誰も引き受けることなく、不受諾寸前の焦げついた依頼を引き受け、その道すがらや依頼の合間に人員や物品輸送の依頼をこなす。
クローラーの運用も軌道に乗ってきて、運び屋としての仕事も概ね順調だ。
そんなある日、クロスがギルドに顔を出したところ、カウンターからフィオナが手招きしている。
正式にクロスの担当職員となったフィオナが呼んでいるのだから非正規の裏仕事かと思ったクロスだが、考えてみれば非正規の仕事ならば予め決められた符丁があり、秘密裏に伝達されるので、ギルドのカウンターで手続きをする筈がない。
「フィオナさん、どうしました?」
「クロスさんに・・・なのだと思いますが、指名依頼が来ています」
担当職員になったからといって特に態度が変わることもなく、相変わらず事務的で無愛想なフィオナ。
そんなフィオナだが、今回は何やら歯切れが悪い。
「私だと思う、とは?」
首を傾げるクロス。
聞けば、旅の吟遊詩人が指名依頼の依頼書を持ち込んだらしいのだが、その吟遊詩人は依頼人ではなく、旅の途中で頼まれて依頼書を持参しただけとのことだ。
「最初は風の都市の冒険者ギルドに持ち込んだらしいのですが、風の都市には該当者がいなく、吟遊詩人が次に立ち寄った私共のギルドに持ち込まれました。依頼書の内容を精査した結果、依頼対象がクロスさんのことだろうとの結論に至りました」
よく分からない説明にさらに首を傾げているクロスにフィオナは持ち込まれた依頼書を示す。
内容を見てみれば、辿々しいながらも共通語で書かれているが、指名する冒険者の名は書かれていない。
依頼の対象は『魔法でもなく、弓矢でもない。離れた場所から獲物を仕留める不思議な杖を持つ黒衣の男』と書かれている。
文面を読む限り、不思議な杖とは銃のことだろう。
フィオナによれば、ギルドとしても『魔法でもない、弓矢でもなく、離れた場所から獲物を仕留める不思議な杖』とは銃のことを指していると判断したものの、現在、国内の各ギルドに所属する冒険者で銃士を生業としている冒険者はクロスを含めて5人しかいないとのことだ。
1人は女性冒険者で、その女性冒険者を含めたクロス以外の4人は全てがパーティーに所属していて、クロス以外にソロの冒険者はいない。
加えて、それぞれが持つ銃は貴重ではあるものの、一般的な滑空銃で、クロスの持っライフル程の命中精度ななく、銃士ではあるものの、特筆する能力を持っているわけでもないそうだ。
また『黒衣の男』についても、クロスは普段から黒っぽい服装で、漆黒の外套を着ることも多い。
これらを鑑みてフィオナやアインズも件の冒険者はクロスだと判断したとのことだ。
「確かに、私のこと・・・でしょうね」
クロス自身も指名依頼を受けるような心当たりはないが、依頼書を見ればその対象が自分のことだと思う。
クロスを指名していることは間違いなさそうなのだが、その依頼内容も的を得ない。
単に『危機に瀕している。助けて欲しい』とあるだけで、具体的なことは書かれていない。
というよりも、他にもあれこれ書いてあるのだが、言葉や文章として成立していないことばかりで、辛うじて読み取れたのが、指名する冒険者と『助けてほしい』という抽象的な依頼内容だけだ。
「クロスさん、これは慎重に判断するべきです。誰を、何から助けるのか、それがはっきりしないどころか、依頼人自体が誰なのか分かりません。依頼の仲介料は少額貨幣といくつかの宝石で支払われていて、その額は十分ですが、肝心の報酬も明らかではありません。気をつけた方がいいと思います」
フィオナの言うことも尤もで、安請け合いするには危険すぎる。
「・・・しかし、逆に胡散臭すぎて、悪意を持って私を騙しておびき寄せよう、という感じではないんですよね」
「それはそうかもしれませんが・・・」
「依頼書を持ち込んだ吟遊詩人から話を聞けば、何か分かるかも」
「・・・・」
フィオナは首を振る。
依頼書を持ち込んだ吟遊詩人は元々旅の途中で依頼書を届けるように頼まれただけで、挙句に2つの都市を回るという余計な手間を掛ける羽目になったことに辟易していたらしく、対象の冒険者がクロスだと判断された時点でさっさと旅立ってしまったようだ。
「しかし、依頼を受けるにも依頼人と連絡が取れなければどうにもなりませんね」
「それについては吟遊詩人から依頼人との接触方法を聞いてあります。西にある風の都市付近にある森林地帯を抜ける街道に行けば依頼人の方が接触してくるそうです」
何を聞いても胡散臭さばかり深くなってくる。
安易に受けるには危険すぎる依頼だ。
どうしたものかと考え込んだクロスだが、ふとあることに気付く。
「そういえば、私が受けなければこの依頼と仲介料はどうなるんですか?」
誰からか分からない依頼だが、依頼書と共に仲介料が支払われてしまっている。
フィオナはため息をついた。
「はぁ、それが悩ましいところです。依頼不受諾の場合は仲介料を依頼人に返還しなければいけないのですが・・・」
仲介料を返すあてがないということだ。
仲介料が返還できない場合は一定の期間を経てギルドに納められることになるのだが、手続きがややこしい上に、ギルドとしても芳しいことではないらしい。
それを避けるために依頼失敗を前提に適当な冒険者に依頼を斡旋して、不受諾を避けることもあるのだが、これもまたギルドとしては不名誉この上なく、少なからず問題になってしまうそうだ。
クロスは決断した。
「とりあえず受けてみますよ」
「でも・・・」
クロスの決断を聞いたフィオナは不安気な表情を浮かべてクロスを見る。
「大丈夫です。依頼人に接触してみて問題があるようならば断って仲介料を返還してきます」
クロスを危険にさらすことになるが、他に案はないし、クロス自身が受けるというならばそれを引き止めることはできない。
冒険者の仕事は大なり小なり危険が伴うものだ。
「申し訳ありません、よろしくお願いします。くれぐれも気をつけて行ってきて下さい」
フィオナから仲介料を預かったクロスは取り急ぎ準備を整えるとクローラーに乗って西に向かった。




