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新たなる役目

 ごく稀にではあるが、冒険者ギルドを介して暗殺等の裏仕事を引き受けることがあるクロス。

 白紙が入れられた封筒は冒険者ギルドからの密命のための呼び出しの符丁だ。

 封書を受け取ったからには直ぐにでも冒険者ギルドに向かわなければならない。


 クロスが冒険者ギルドに到着した時、既に日も暮れており、日勤の職員も仕事を終えて帰宅した後の冒険者ギルドは宿直体制となっており、ギルド内は閑散としていた。

 それでも幾人かの冒険者が依頼達成の報告をしていたり、宿直の職員が事務仕事に当たっている。

 一方で、ギルドに併設された食堂では冒険者達が酒と料理で1日の疲れを癒しており、こちらは中々の賑わいだ。


 どちらにせよ、クロスがギルド内に入ってきたことを気にするような者はいない。

 唯一、カウンターに座っていた男性職員がクロスに対してギルド長の部屋に向かうように目配せ促してきた。

 事情は知らなくてもギルド長に呼ばれたクロスが来ることは知らされていたのだろう。

 遅い時間だったが、間に合ったようだ。


 クロスがギルド長の部屋に入ると、ギルド長のアインズが1日の仕事の片付けをしている最中だった。

 既に私服に着替えている。


「遅かったですか?」


 促されて応接用のソファに座るクロス。


「いや、なに構わんよ。呼び出したのはこっちだからね。尤も、もう少し待って来なければ帰るところだったよ。特に急ぎの用でもなかったからね」


 そう言いながらアインズはクロスの対面に座った。

 

 白紙の封書はクロスとギルド長のみが分かる符丁だが、それを届けるのが手隙のギルド職員だったり、ギルドに出入りしている小遣い稼ぎの子供だったりと、伝達自体があやふやだったり、そもそもクロスが留守だった場合には意思の疎通が速やかに行われない欠点がある。

 

 それでも、伝達者が封書の中身を覗き見ようが、封書自体を無くして第三者の手に渡ろうが、そもそもが白紙なので情報が漏れる心配はない。


 時間的に切迫した真に緊急の依頼がある場合には別の符丁があるし、緊急ではない白紙の封書にしても、クロスは封書を受け取れば可能な限り速やかにやってくるので、お互いに不都合は生じていないのが現状だ。


「で、用件は何ですか?」


 早速本題に入るクロス。

 正規な依頼とはいえ、裏仕事の話なのだから長々と雑談するつもりはない。


「ああ、それなんだが、君に1つ頼みたい任務がある」


 アインズはそう言いながらとある記章をクロスの前に置いた。

 いぶし銀のその記章はデザインの異なる2つの目が記されている。

 天使の目と悪魔の目を表現したものだ。


「監察官・・・ですか?」

「ああ。クロス、君を冒険者ギルドの監察官を任命したい」


 その記章は冒険者ギルドに所属する監察官の証。

 監察官とは冒険者ギルドに所属する内部調査官の職名で、上位冒険者の中から慎重に選別された者が任命される役職だ。

 監察官の任務は、自らも冒険者として活動する傍らで、冒険者の不正や犯罪を独自に調査や捜査、取締りをすることであり、そのために必要な様々な権限を持ち、非常時には即決の裁判権と刑の執行権すらも有している。

 その権限は大きく、自分よりも等級上位者どころか、勇者や英雄といった称号を持つ冒険者ですらその対象とすることもある。


 かつて、勇者の称号を得ていた冒険者が権力欲に駆られて国家の転覆を企てた事件を教訓に設立された役職で、選別や任命、その行動は秘匿されており、監察官本人もその活動時以外には自らの立場を公にすることはなく、同じパーティーに所属する仲間にすら秘密を貫くほどだ。


 それでも冒険者の犯罪は後を絶たないが、監察官の活動によって重大な犯罪が未然に防がれたり、被疑者を早期に捕縛した実績も数多い。


 冒険者にとっては誰が監察官か、何処で目を光らせているのか分からないことが抑止効果があるのだ。


「断る、というわけにはいかないのでしょうね」


 クロスの言葉にアインズは頷く。

 ただでさえ裏仕事を任されるクロスにしてみれば、ある意味で相反する立場の監察官など断りたいのだが、秘匿性の高い役職だ。

 ギルド長であるアインズから打診があった時点で断るという選択肢は無いだろう。


「実は、最近冒険者を狙った事件が多発していて、経験の浅い冒険者が幾人も犠牲になっている」

「それが冒険者による犯罪である可能性があると?」

「まあ、今のところは人為的な事件であると特定されたわけではなく、状況的には魔物に襲われたり、事故に遭ったことが直接的な原因ように見えるが、一方で不自然な点があることも事実だ。クロスならその不自然さが分かるだろう?」

「新米冒険者が仕事に失敗して命を落とすことは珍しいことではありません。しかし、それが人為的なものだとすると、不自然さが浮かび上がりますね。・・・新米冒険者をわざわざ狙って襲う利点がない。新米冒険者は基本的に貧乏ですから、襲ったところで奪い取る物がない。武器や防具を売り払うという手もありますが、新米冒険者の装備なんて二束三文で、大した価値はない。それどころか、それらを売り払えばそこから足がつく可能性があります。加えて言えば、私が知る限り、最近の新米冒険者が死亡した件で、金品や装備を奪われていたというケースはありません。だからといって偶発的な事故かと片付けられるかというと、そうでもありません。現に、私の仕事中にも何者かが冒険者を狙ったと思われる事例がありましたからね」

「ああ、それについては君からの報告を受けている。他の都市のギルドに所属する監察官も含めて調査に乗り出しているが、現実的には手が足りていないし、事件の概要も見えてこない。だからこそ、という訳でもないが、優秀な冒険者である君を新たに監察官に任命したいんだが、引き受けてくれるか?」


 白々しい。

 そもそもクロスに断るという選択肢を与えるつもりは無いだろう。


 クロスは記章を手に取った。


「優秀な冒険者という自覚はありませんが・・・。最近はクローラーを使って冒険者を運ぶ仕事も少しずつ多くなってきましたからね。多少は役に立てるかもしれません」


 クロスが引き受けると、アインズは大きく頷いた。


「引き受けてくれて助かるよ。それでは早速だが、君に専属の連絡員をつけることになる。ギルドの職員だが、今後は監察官の活動に関することと・・・今まで頼んでいた特殊な仕事はその連絡員を通して伝達することになる」


 そう言うとアインズは手元にある鈴を鳴らす。

 鈴の音に従ってギルド長の部屋に入って来たのは受付職員のフィオナだった。


「本来、監察官につく連絡員は本部採用の上級職員に任せるのが常なのだが、このギルドに所属する職員で本部採用の者は私と経理長と受付のティアだけだ。幹部である私と経理長は除外するとして、ティアは・・・良い娘なのだが、仕事ぶりと性格は、クロスも知ってのとおりでな、保秘の観点も含めて、彼女は連絡員には不向きだ。そこで、地方採用ではあるが、真面目で優秀であり、君とも気心の知れたフィオナがこの役割に最適だと判断して特例で彼女に任せることにした」


 アインズに言われて頭を下げるフィオナ。

 その瞳と表情はどこか悲しそうに見えた。

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