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クローラー

「えっ?クロスさん、もう行っちゃったんですか?」

「お礼を言おうと思ったのに・・・」


 自分達の手続きを終えてフィオナの窓口に来たアルドとナーシャだが、クロスが既に立ち去ったことを聞いて肩を落とした。

 

「クロスさんは用件が済むと長居はしませんよ」

 

 無表情で事務的に対応するフィオナだが、新米冒険者の2人は特に気にしていない様子だ。


 因みに、無事に帰還した2人だが、受けていた依頼はゴブリンの襲撃を受ける前に辛うじて達成したものの、その報酬は先に戻っていた仲間達が既に受け取ってしまっていた。

 パーティー単位での依頼受諾だったので2人が元のパーティーに戻れば何も問題ないのだが、状況的にやむを得なかったとはいえ、あのような事があった後では、いかに幼馴染とはいえ、仲間達に悪意や非が無かったとしても、今後命を預ける関係に戻るのは無理だと考えてアルドもナーシャもパーティーに戻るつもりはないらしい。

 そのことを聞いたティアはギルドの規則に従って既に支払った報酬の一部を返還させ、アルド達に支払う手続きをすると説明したが、2人はそれを辞退して冒険者として仕切り直すつもりだ。


 クロスがいないと聞いた2人は改めて依頼を受けるべく依頼の掲示版に向かった。

 新米故に蓄えも殆ど無く、仕事をしなければ遠からず食うに困る状況に陥ってしまう。

 フィオナは2人が危険の少ない初心者向けの掲示版を見ているのを確認して一安心。

 堅実な判断だ。



 ギルドで承諾を得て再び水神の迷宮を訪れたクロスはいよいよ装甲車を地上に出すことにする。

 洞窟の崩落箇所の瓦礫を火薬爆弾で吹き飛ばして撤去したクロスは遺跡から装甲車を乗り出し、迷宮との間を隔てる壁の前まで到達した。


 もともと攻城兵器として運用していたのか、装甲車の車体前部の左右には折り畳み式の強固な衝角が装備されている。

 この衝角で壁を突き破るつもりだ。

 衝角を前方に向けて展開したクロスは運転席に戻りハッチを閉めると、車体を壁に向けた。


「思い切り突入してみたいが、無駄に大穴を開けるわけにはいかないよな」


 ゆっくりと前進し、衝角が壁に接触したところで少しずつ出力を上げる。


ガッ!ガガガッ、ガラガラガラッ!


 まるで固くなったパンにフォークを突き刺したかのように僅かな抵抗の後にあっさりと壁が崩れ、装甲車が通れる程の穴が穿たれた。


「凄いな。その辺の魔法車よりも余程力がある」 


 まだ最高速度まで試していないものの、通常速度は普通の馬車よりも少し速い程度だと思われるが、そのパワーはクロスの予想以上だ。

 加えて、履帯で走行する独特の構造のせいか、悪路走破性能がとても高い。


 壁を突破して迷宮内に出たクロスはそのまま迷宮から脱出を目指す。

 水神の迷宮の1、2階層は通路が広くクロスの装甲車でも通ることが出来る。

 その場での方向転換が出来るのも非常に便利だ。

 しかし、3階層よりも下は通路も狭く、入り組んでいるので装甲車では入れない。  

 今後、この装甲車を運用するにしても、当面は迷宮への移動手段としか使えないだろうが、それでも装甲に包まれて移動出来るので、移動時の疲労と危険度は格段に減るはずだ。


 幸い?にして迷宮内で他の冒険者に出会わずに、無駄に驚かせるようなこともなく、迷宮を脱したクロスは水の都市に向かって装甲車を走らせる。

 速度を抑えてかなりゆっくり走らせたつもりだったが、水神の迷宮から水の都市まで徒歩なら3刻は掛かるところ、1刻も要さずに都市の近くまで戻ってくることができた。

 実際に無理の無い程度の巡航速度で走らせれば更に時間を短縮出来るだろうし、もっと遠方の迷宮等に遠征するのにも十分に使えそうだ。

 ただ、その見た目等から奇異の目で見られることが懸念されていたが、途中で他の冒険者や旅商人等とすれ違っても、皆『変な魔法車だな?』という程度の興味の目を向けられた程度だった。

 これならば余計な混乱等を引き起こすこともなさそうだ。


 しかし、実際に走らせてみて、1つの問題が明るみになった。


「いくらなんでも暑すぎる!」


 とりあえず、後部天井の装甲板を閉めて、運転席のハッチを閉め、密閉状態で走ってきたが、車内の温度が上昇してとてつもなく暑く、1刻しか乗っていないのに汗まみれだ。

 冬ならまだしも、まだ初夏にもなっていないのにこの有り様ではたまったものではない。


「これは非常時以外は装甲板を開けて走る必要があるな」


 幸いにして、後部天井の装甲板だけでなく、前席のハッチや前部装甲、側面装甲も外側に倒して開くことができる。

 特に前部装甲や側面装甲は分厚く強固なガラスをはめ込んだ、はめ殺しの窓があるだけで視認性が極めて悪い。

 万が一にも人を轢いてしまっては一大事だ。

 基本的には各所の装甲を開放して運用する必要があるだろう。


 クロスは各所の装甲を開放し、オープントップの状態で水の都市まで戻ってきた。

 都市の入口では衛士隊による検問が行われている。


「!!おいっ、何だその車は?・・・って、なんだ、クロスじゃないか。魔法車か、それ?クロスが手に入れたのか?」


 検問をしていたのが顔馴染みの衛士だったので、余計な混乱を招くこともなく、むしろ興味に駆られた質問だ。


「水神の迷宮で見つけました。魔法車とは違うのですが、似たようなものです」

「ふ〜ん、売るのかそれ?」

「いや、仕事で使ってみようと思っています」


 クロスの答えに衛士はそれ以上追求することはなく、車内を確認した上で検問は終わった。


「分かった。とりあえず通行許可証を貼っておくが、長く使うつもりならギルドを通して届け出をしろよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 衛士が車体に貼ってくれたのは検問済みの馬車や魔法車に貼る通行許可証だ。

 商品奴隷や違法物件等を載せていないという証明で、これが無いと都市の中に入れない。


 検問を終えたクロスは都市の大通りを進むが、周囲には馬車も多く、一部魔法車も通行しているのでそれほど悪目立ちしない。

 道行く人もせいぜい『音がうるさい変な魔法車だな』という認識のようだ。


 無事に冒険者ギルドに戻って来たクロスはフィオナの窓口に向かう。


「フィオナさん、例の車を持ってきました。都市内での通行許可の手続きをお願いします」


 クロスに声を掛けられたフィオナはあらかじめ用意していた書類を取り出すと立ち上がった。


「分かりました。先ずは現物を確認させてください」


 クロスと共にギルドの外に出たフィオナだが、目の前に停まっているクロスの装甲車を見て流石に驚いたようだ。


「驚きました、クロスさんが言っていた車ってこれですか?」

「はい、内燃機関で走行する機械の車です」


 鋼鉄の装甲で包まれて奇妙な車輪を持つ装甲車はフィオナの想像を遥かに超えていた。

 それでも直ぐに気を取り直して手続きに取り掛かる。


「分かりました。それでは通行許可の届け出の手続きをしますが、この車の登録上の名称を教えてください」

「装甲車ではだめですか?」

「それでは車種分類になってしまいます。装甲馬車も装甲魔法車もありますから、固有の名称を考えてください」


 フィオナに促されたクロスは暫くの間思案すると、とある名前が浮かんだ。

 履帯で地面を這うように走行する様から地面を這う虫を連想した。


「キャタピ・・いやクローラーが分かりやすくていいです」


 最初に思い浮かんで言いかけた名称は何か問題があるような気がして、似た意味を持つクローラーにする。

 名前のセンスは今一だが、事務的なフィオナは気にも留めない。


「クローラーですね、分かりました」


 クロスの考えたクローラーの名を書類に書き込む。


「いや、ちょっと待ってください。キャタピ・・・も捨て難いけど、やはりクローラーでお願いします」


 こうしてクロスの装甲車はクローラーの名称を与えられたのである。

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― 新着の感想 ―
キャタピ〇ーは登録社名で登録商標ですからねぇ 三菱重工系提携会社だけが唯一使える位かな? 安易に使うとネズミーみたくいろいろ厄介っすわ しかたないしかたない(w)
お疲れ様です。楽しく読ませて頂いてます。 こ、こいつ…!第四の壁を…!(キャタ◯ラーはキャタ◯ラー社の商標登録名だからね。仕方ないね。(ユ◯ボとか、ホッチ◯スとかも似たような感じですかね?))
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