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黒等級冒険者クロス

「一体どうなっているんだよ!」

「分からないよ!なんであんな魔物が・・・」

「そんなことはどうでもいいよっ!早く逃げなくちゃ!」

「来たぞっ!囲まれた!」


 その冒険者パーティーは窮地に立たされていた。

 槍戦士、魔術士、神官、斥候と無難でオールマイティな編成の4人組は初級上位の茶等級冒険者ながら、堅実で将来有望という評価を受けていたパーティーだ。


 この日も水神の迷宮近くの森で素材採取の仕事を請け負っていた。

 前回は少しだけ無理をして水神の迷宮の深い階層まで潜ってみたので、今回はちょっとした小遣い稼ぎのつもりだったとはいえ、彼等は決して油断をしていたわけではない。

 それでも今日は何かがおかしかった。

 

 慣れている森の筈なのに、いつの間にか道に迷い、気がつけば自分達の位置を見失って見たこともない強力な魔物に囲まれていた。

 即座に逃げることを選択した彼等だが、逃げれば逃げるほど森の奥に追い込まれてしまい、とうとう囲まれてしまう。


 そして、彼等は戻って来なかった。

 冒険者が仕事に出て戻ってこない。

 それは決して珍しいことではない、筈だった。



 その頃、水の都市に戻ってきたクロスはフィオナに帰還と依頼達成の報告をしていた。

 隣の窓口ではシルク達がティアに同様の報告をしているが、同時に途中で入手した魔物の素材の買取り依頼をしており、シルクがカウンターの上に何の処理もしていないサンドワームの牙を広げたおかげでティアが青い顔で悲鳴を上げている。


「ぎゃっ、シルクさん、こんなところで広げないで・・・先輩っ、助けてっ!」

「・・・・」


 ティアが助けを求めるが、クロスの応対をしているフィオナは無表情で見て見ぬふりだ。



「そんなぁ、せんぱぁいっ!・・・シルクさん、そう、とりあえず時間をくださいっ!あの、誰かが手伝ってくれるまで・・・いえ、査定に時間が掛かりますので、買取り代金は後日で・・・後日お支払いしますので、今日は勘弁してくださいっ!」

「うむ、構わんぞ。しっかりと査定してくれ。期待しているぞ」

「分かりましたから、それを早く袋に仕舞ってください。袋ごとお預かりしますからっ!」


 そんなやり取りに構わずクロスとフィオナも依頼達成の手続きをスムーズに済ませてしまう。


「依頼達成について確認しました。それでは報酬をお支払いします」


 報酬を丁寧に数えながらカウンターに並べるフィオナと、その並べられた報酬をろくに確認もせずにしまい込むクロス。

 いつもと変わらない日常だ。


「確かに受け取りました。ありがとうございます」


 報酬の受け渡しが終わると、続いてフィオナはカウンターの上に黒色の認識票を置いた。


「それから、クロスさん。貴方は黒等級に昇級です」


 フィオナはクロスを見上げる。


「紫等級に上がってから然程経っていませんが、もう昇級ですか。ありがとうございます」


 黒等級への昇級の理由についてフィオナは何も説明していないが、クロスも特に疑問を感じている様子もなく認識票を受け取る。

 クロス自身も銅ではなく黒等級になることを知っていたのだろう。


 いいようのないやるせなさを感じるフィオナ。

 ギルド長から聞かされたクロスの裏仕事の内容を考慮すればクロスを銅等級に昇級させられないことも理解している。


 正式な依頼の上、その対象は重犯罪を犯した貴族や法の目を掻い潜る悪徳商人等で、何れも法で裁けない者達の暗殺をクロスは今までに幾度も請け負ってきた。

 そして、今後もそのような裏仕事を受ける機会があるだろう。

 

 覚悟を決めてギルド長の話を聞いたフィオナも頭では理解しており、その表情に出さなくても、心の中のざわつきを止めることはできなかった。


 そんなフィオナの気持ちを知ってか知らずか、まあ知らないのだろうが、黒等級に昇級したクロス。

 全ての手続きを終えて冒険者ギルドを出たところで同じようにギルドを出てきたシルクとアリアと鉢合わせになった。


「あっ、クロスっ。今回も世話になったな!」


 薄い胸を張るシルクの頭を呆れ顔のアリアが押さえつける。


「失礼ですよシルク。お世話になったことは間違いありませんが、私達はどちらかというとご迷惑をお掛けしているのですから」

「それは分かっているが、私達もそれなりに貢献したではないか」

「それもこれもクロスさんのクローラーとバックアップがあってこそですよ。それに、私達の戦果なんてクロスさんに比べれば足下にも、いえ、クロスさんの靴底の隙間にも及びませんよ」

「いくらなんでもそれはないだろう。せめて膝下、いや、足首位は・・・」


 目の前でくだらない?やり取りを始めるシルクとクロス。

 以前から疑問に思っていたのだが、2人の関係性が全く把握できない。

 とはいえ、クロスにとってはどうでもいいことだ。


「あの、特に用が無いなら失礼してもいいですか?」


 2人の茶番にいつまでも付き合っていられない。


「用がないわけではない。まあ、アリアの言うとおり礼を言おうと思ってな。以前の迷宮といい、今回といい、クロスには世話になった。礼を言うぞっ」

「だからそれが失礼なんですよ。何故先輩冒険者であり、等級も上位のクロスさんにそんなに偉そうな態度を取れるんですか?安定した生活を送れるようになって、ご飯も食べられるようになったのに、脳に栄養が回ってないんですか?」

「ぐぬぬぬ・・・」


 再び茶番劇を始める2人。

 付き合っていられないので早々に立ち去ろうとしたクロスだが、シルクに袖をつかまれた。


「待て待てクロス。礼を言うのもそうだが、もう1つ用、というか、アドバイスが欲しくて声を掛けたのだ」

「アドバイス?」


 シルクとアリアは揃って頷く。

 

「私達2人は事情があって他の冒険者とパーティーが組めません。今回のような共同受諾や一時的に協力することは問題ありませんが、基本的にパーティーとしては私達2人だけで活動しています」


 説明するアリア。


「別に珍しいことではありませんよ。そもそも私なんかパーティー自体を組んでいないソロの冒険者ですからね」

「はい。でも、剣士のシルクと弓士の私ではどうにも上手くいかないんです。私は弓の腕には自信がありますし、シルクも本来はもっと実力があるのですが、どうにも噛み合わないというか、シルクが思うように戦えていない感じなんです」

「うむ。私自身、実力を十分に発揮できていないのだ。それは認める。どうにも思うようにいかないのだ」


 聞いてみれば、2人は色々と悩んでいるようだが、クロスにしてみれば、それは大した問題ではない。


「悩みについて2人がそこまでたどり着いているなら、その答えは簡単ですよ」


 クロスの言葉にシルクとアリアは顔を見合わせた。


「そもそもですが、シルクさんは武器が合っていないんですよ」

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