暗殺者
「お前、一体何者だ?」
立ち上がったクロスを見るホブゴブリン。
クロスの仕事を目の当たりにした後でもクロスに対する敵愾心は見受けられない。
「冒険者だよ。たまには裏仕事を請け負うこともある、ただの冒険者。詳しいことは話せないが、今回はあの貴族のバカ息子を暗殺する仕事だったから、今回の私は暗殺者だな」
クロスは簡単に説明しながらフードを目深に被ると口元を覆い、顔を隠す。
請け負った仕事は滞りなく完了したが、それに付随してもう一仕事必要になった。
残された被害者達の保護だ。
男達が逃げ去った今、人やエルフ、ゴブリン、コボルドが首と手を繋がれたまま残されており、あのままでは森に生息する野獣や魔物の餌食になってしまう。
ゴブリンやコボルドは解放してやれば森の中でも生きられるかもしれないが、人はこのままでは近くの町にまですら辿り着けないだろうし、森に生きるエルフも何の備えもなく弱っているとすれば同様だ。
それぞれの状態にもよるが、2日と保たずに死んでしまう可能性がある。
クロスが受けた仕事に被害者の救出は含まれていないが、このまま見過ごすわけにもいかない。
クロスはホブゴブリンを見た。
「被害者を救助するけど、手伝ってもらえるか?」
「手伝う?」
「ゴブリン達の亜人を保護してもらいたい。いくらなんでも人里に連れていくわけにはいかないからな」
ホブゴブリンは頷く。
「そういうことなら引き受けよう。ゴブリンは俺の群れに迎えてやれるし、コボルドの群れとも付き合いがある。その程度のことならば容易いものだ」
クロスはライフルを革のケースに入れて背負い、腰の鉈を抜くとホブゴブリンと共に丘を降り始める。
絶体絶命の状況から逃れ、男達に見捨てられて残された被害者は人が2人、エルフが1人、ダークエルフが1人、ゴブリンが4体にコボルドが2体。
全員が若い女性だ。
ロープで繋がれて身動きもままならない彼女達はなんとかしてロープを切ろうとしているが、コボルドの牙でも簡単には切れそうにない。
そうこうしている間に鼻の利くコボルドやゴブリン、感覚の鋭いエルフが近づいてくるクロス達に気付いた。
屈強なホブゴブリンとその隣にいる黒衣の者の姿に人やエルフは恐怖と絶望の表情を浮かべ、ゴブリンやコボルドも硝煙の匂いを身に纏う正体不明の存在に警戒色を示している。
「救助に来ました。貴女達を保護して近くの街まで連れていきます」
【恐れるな。お前達の敵は死んでお前達は解放された】
共通語と森の一族の言葉を用いてクロスとホブゴブリンが声を掛ける。
ゴブリン達の亜人はともかく、人やエルフからは恐怖と戸惑いの色が消えないが、それも無理はない。
自分達をおもちゃにし、狩りの獲物にしようとしていた男が死んだことを目の当たりにしたが、その直後に現れて、自分達を保護しようとしているのが黒いフードで顔を隠している怪しい男なのだから安心しろという方が無理な話だ。
それでもその場から逃げ出すことができない娘達はどうすることもできずにクロス達を見ている。
「すみません。私の都合で貴女達に顔を見せるわけにはいきませんが、貴女達を助けるというのは本当です。貴女達を安全な場所まで連れていきます」
【『深き森の族』の族長リグの名においてお前達のことは守る!】
彼女達に残された選択肢は2つしかない。
クロス達が差し伸べた手を払って森の中で息絶えるか、信じられないにしても、その手を握るかだ。
それは結局のところ選択肢が無いに等しく、生き残るためにはクロス達に従うしかない彼女達は迷うことすら許されずにそれを選んだ。
クロスは鉈で娘達を拘束するロープを切りながらそれぞれの状態を確認する。
全員、身体的には問題なさそうだ。
奴隷だった者の手には奴隷紋が刻まれているが、その紋章の上には解放紋が上書きされている。
つまり、彼女達は解放奴隷ということだが、これは『奴隷を虐待や殺傷してはならない』という法と魔法紋の拘束から逃れるためだろう。
加えて、強力な精霊魔法を操るエルフとダークエルフの首筋には魔法封じの紋章が刻まれている。
これでは森に生きるエルフといえどもこの森で1人では生き残れない。
「人とエルフの2人は私が保護する。ゴブリンとコボルドは任せてもいいか?」
「ああ、問題ない」
リグと名乗ったホブゴブリンは保護されたゴブリンとコボルドに改めて事情を説明するが、こちらはすんなりと受け入れられたようだ。
クロスの方の4人も相変わらず不安げではあるが、問題なさそうなので早速出発することにする。
「じゃあ、そっちの6人のことは任せた。私の都合で名乗らないままで申し訳ないが、ここで別れよう」
「ああ、問題ない。名前など聞かずともお前のことは覚えたし、助けられた恩は忘れない。願わくば、次に会うことがあっても敵対するようなことにはなりたくないな」
「・・・お互いにな」
森の中で奇妙な出会いをしたクロスとホブゴブリンのリグは保護した娘達を連れて別々の方向へと歩き出す。
振り返ることのなく別れた2人だが、偶然結ばれた奇妙な縁は切れることはなく、数奇な運命をたどることになる。
ただ、この時の2人はその運命には気付いていなかった。




