冒険者ギルド
偶然とはいえ命の危機にあった新米冒険者を助けたクロスはアルドとナーシャの2人と共に水の都市に帰ることにした。
とはいえ、2人に出会ったのは水神の迷宮の2階層は比較的安全な場所だ。
運悪くこの階層ではめったに見ないホブゴブリンに遭遇してしまったわけだが、こんな事態はそうそうあるものではない。
ここからならアルド達2人でも帰れるだろうが、たった今命の危機にさらされたばかりだし、剣士と神官の2人だけでは心細いだろう。
そんなわけで3人で帰還の途についたわけだが、2人の興味はクロスの持つ銃に集中する。
「クロスさんの銃って特別なんですか?俺も銃には詳しくないんだけど、それでも普通の銃とは違うことは分かりますよ」
「私も初めて見たんですけど、あんなに早く正確に撃てるんですか?」
2人の疑問は尤もだ。
この世界の銃は非常に高価なものであるにもかかわらず、性能は決して良いわけではなく、連射もできず、命中率も悪いし、大量生産もできない。
そんな悪評ばかりが広がった結果、全く普及していないのである。
実際、この世界にある銃は先込め式で、1分間に3発程度撃てればいい方であり、撃ったとしても球形の弾丸は真っ直ぐに飛ばず、50メートル先の目標に命中させるのも困難な代物で、この程度は冒険者なら知っていて当たり前の知識だ。
しかし、クロスの銃撃がどの程度の距離から撃ってきたのかは分からないものの、銃声が鳴る度にゴブリンが頭を撃ち抜かれて倒れる様子を目の当たりにすれば、これが普通ではないこと位は分かる。
ものの30秒もしない間に5体のゴブリンを倒したのだから2人が不思議に思うのも当然だ。
実は、クロスが迷宮で手に入れて愛用している銃は構造からしてまるで違う。
先の尖った流線型の弾頭と火薬が入った真鍮製の薬莢が一体となった弾丸を使用し、その弾丸が5発込められた弾倉を銃に嵌めて、槓桿を引くことにより弾丸を素早く装填する。
加えて銃身内部に螺旋状の溝が掘られており、発射された弾頭が高速で回転することにより飛距離と命中率が格段に高くなる、いわゆるライフル銃だ。
ドワーフの職人の技術を持ってしても複製することが困難であり、クロスも信頼のおける職人にしか触らせることはない。
そして、そのドワーフもクロスの承諾を受けて秘密裏に複製を試みたが、弾丸を作ることは出来たものの、ライフル銃自体の複製までは成功していない。
弾丸にしても、新規に作ることは可能だが、非常に手間が掛かるので実際にはクロスが回収してきた薬莢を再利用することが殆どだ。
新米冒険者とはいえ、会ったばかりの者に手の内を晒すことはしたくない。
「銃はその性能以上の効果は得られませんからね。ゴブリン程度なら問題はありませんが・・・まあ、慣れと経験ですよ」
「はあ、そういうもんですか・・・」
「・・・」
なんとなく誤魔化すクロス。
アルドもナーシャも首を傾げるだけで今一つ理解できないが、クロスの雰囲気からそれ以上は質問しないほうがいいのだろうと空気を読んだのである。
その後、水神の迷宮を脱した3人は特に問題に遭遇することもなく無事に水の都市へと戻ってきた。
水の都市の冒険者ギルドは比較的大規模なギルドで、初級から上級まで多くの冒険者が登録しているし、職員の数も多い。
だが、昼過ぎの今の時間はギルドの仕事も落ち着いていて、ギルド内で依頼を見繕ったり、何等かの手続きをしている冒険者もまばらだ。
現に5つある窓口もガラ空きの状態で、窓口職員も他の事務仕事をしたり、のんびりとお茶を飲んだりしている。
ギルド職員のフィオナ・ノースの受付カウンターも空いている状態だが、彼女のカウンターだけは少しだけ事情が違う。
フィオナはギルドに採用されて5年目の中堅職員だ。
真面目な性格で仕事も正確で手際も良いのだが、受付職員としての冒険者からの評判は決して良いものではない。
別に評判が悪いわけでもないのだが、非常に無愛想で口調も冷たく、冒険者の報告に対しても細かいことを淡々と指摘するので、よほど混み合っている時でもない限りフィオナの窓口で手続きをしようとする冒険者は殆どいないのだ。
他の窓口が空いているならば、わざわざフィオナの窓口で手続きをしようという酔狂な冒険者はほんの一部の者しかいない。
フィオナもそれを自覚しているので、窓口に座っていても、他の窓口の事務処理等を引き受けたりしており、結果としてそれが窓口を効率よく回すことになっているのだ。
今日も他の窓口の書類のチェックや会計手続きを引き受けて次々と処理をしていた。
「依頼完了の手続きをお願いします」
フィオナが事務仕事をしていると、一部のもの好きの部類に入る顔なじみの冒険者が声を掛けてくる。
フィオナはため息をついた。
「ハァ・・・他の窓口も空いていますよ」
別に仕事が面倒なわけではない。
ただ、他の職員のように愛想の良い対応が出来ないどころか、気難しい性格の自分の窓口にわざわざ声を掛けてくるその神経が理解できないのだ。
「他の窓口も空いていますが、フィオナさんの窓口も空いていますよね?」
相変わらず通用しない。
フィオナは手元の書類の束を横に退かすと顔を上げた。
「分かりました。報告をお願いします、クロスさん」
クロスがフィオナの窓口に来るのはいつものことだ。
とりあえず、書き溜めていた分ははき出しましたので、今後はゆっくりペースの投稿になります。
それでも週1回程度は投稿したいと思いますが、のんびりお付き合いいただけると嬉しく思います。