直接依頼
クロスが水の都市に帰還した翌日。
フィオナが普段どおり仕事をしていると、クロスがギルドに入ってきたことに気づいた。
2、3日休むといっていた筈だし、普段ならフィオナのカウンターに来る筈なのだが、何やら厳しい表情でフィオナに目もくれず案内担当の職員に声を掛けるとそのままギルド長の部屋に入っていく。
そして、半刻程後にギルド長の部屋から出てきたクロスは来た時と同じ表情のまま、やはりフィオナに目もくれずに出ていった。
(ギルド長からの直接依頼?)
実はフィオナがそんなクロスを見るのは初めてのことではない。
クロスに限ったことではなく、ある程度の等級の冒険者や特殊技能を持つ冒険者は様々な事情で公にできない仕事をギルド長からの直接依頼という形で依頼されることがあるのだ。
直接依頼は公都の冒険者ギルド本部で受理され、各都市の冒険者ギルドのギルド長に下命されて該当する冒険者に直接依頼される。
加えて、案件によっては管轄するギルドに下命されるばかりでなく、管轄外であっても適任者がいるギルドに下命されたり、特に秘匿性の高い場合にはあえて離れた場所のギルドに下命されることもあるのだ。
そして、その内容は一般の職員に伝えられることはない。
クロスも過去に数回、ギルド長からの直接依頼を受けたことがある。
仕事の内容は分からないが、クロスはギルド長からの直接依頼を受ける時には決まって厳しい表情を浮かべていた。
そして、そんなクロスが戻った後、暫く時間が経った忘れた頃に結構な額の報酬がクロスに支払われ、内容不明のまま冒険者としての実績評価も記録されるのだ。
フィオナはクロスが直接下命を受ける度に妙な胸騒ぎを覚えるが、フィオナにはクロスが何の仕事を引き受けたのかは分からない。
それでもクロスは無事に帰ってきたし、一般職員に過ぎないフィオナにはどうすることもできないのだ。
フィオナは心のざわつきを抱えたまま自分の業務に戻り、その日の業務をいつもと同じように終えたのだった。
仕事を終えたフィオナは1日の後片付けをしてギルドを出たのだが、今日は少し回り道をしながら宿舎に帰ることにする。
向かった先は都市外にある集落のさらに外れ、クロスの家だ。
家というよりは小屋と言っても過言ではないこじんまりとしたその家はクロスが手に入れる前は牛飼いか羊飼いの家だったようで、家の横には家よりも大きな倉庫がある。
クロスはそこを作業場やクローラーの車庫としてつかっていた。
当然ながらクロスは居ないが、クロスのクローラーは倉庫の中に停めたままだ。
「クローラーを置いていった?近場での仕事なのかしら?」
気にはなるが、ギルド長からの直接依頼だ、あまり詮索してはいけない。
フィオナは踵を返して宿舎に向かった。
どんな仕事を請け負ったのかを知る術は無いが、クロスならばきっと無事に帰ってくるだろう。
ギルド長からの直接依頼を受けたクロスは水の都市を出て、西へと向かった。
目的地までは徒歩で4日程掛かる予定だ。
クローラーを使えば楽なのだが、今回はクローラーを使うわけにはいかない。
クロスは途中にある集落を避けて野営をしながら進む。
普段のクロスは暗い色の動きやすい軍服のような服を着ており、服の下に軽目の帷子を着込んでいるが、動きを妨げるような胸甲等の防具は装備することは殆どない。
せいぜい左腕に小手を装着する程度だ。
今回のクロスはその普段どおりの服装ではあるが、さらにその上にフード付きのマントを着ており、フードを目深に被っている。
移動の際はもちろん、野営のために街道から外れた時にもそのままの姿だ。
しかも、昼夜を逆転させ、夜の人通りのない街道を進み、昼間は街道を外れて休息を取っていたため殆ど人とすれ違うことのないまま目的地の風の都市の付近にまで到着することができた。
しかし、あくまでも目的地は風の都市ではない。
クロスは街道を外れると深い森の中に入っていった。
位置を確認しながら森の中を進むこと1日、クロスは依頼を遂行するために最適の地点を見つけると、仕事の準備を始めた。
周辺の木の枝や草等を使い、簡素ながらも雨風をしのげて周囲から目立たないように偽装した拠点を拵え、その中に潜り込む。
これから依頼を達成するまでの間、クロスはここから動くことはない。
それが明日なのか、3日後か、1週間後になるのかは分からない。
クロスはその時が来るのを息を潜めて待つだけだ。




