新米冒険者救出
クロスは悲鳴が聞こえた方向に向かって走った。
迷宮内で声が響くとはいえ、そう遠くない筈だ。
「いたっ!」
丁字の角を曲がった先、50メートル程先にゴブリンの群れに襲われている2人の冒険者だ。
杖を持ち、座り込んでいる少女、神官だろうか、そして、その神官を守るように剣を構える少年。
剣を構える少年は腰が引けている。
新米冒険者なのだろう。
対するゴブリンは10体程の群れで一際身体の大きいホブゴブリンが率いており、自分達が圧倒的に有利なことを理解しているのだろう、壁際に2人を追い込んで楽しむように下卑た笑いを上げながら威嚇している。
「ナーシャ、お前だけでも逃げろっ!」
「無理だよ。足を痛めちゃった。私は逃げられないからアルドが逃げてよっ」
「そんなことできるか!」
聞こえてきた声は他にもいた筈だが、どうやら他の仲間は足を痛めた神官の少女を置き去りにして逃げてしまい、それが出来なかった剣士の少年だけが残ったのだろう。
神官の少女は戦えそうにない。
剣士の少年1人ではホブゴブリンを含めた10体ものゴブリンを相手に到底太刀打ち出来ないだろう。
クロスでもあの状況に陥ってしまうとかなり厳しい状況だか、そもそも経験豊富で慎重な性格のクロスはゴブリンに取り囲まれるような状況に陥ること自体があり得ない。
「ここからなら!」
水神の迷宮の浅い階層はそこかしこに照明が設置されていて明るいため、クロスの位置からでも50メートル先の標的を問題なく狙える。
クロスは近くにあった瓦礫の陰に身を隠すと銃を構えて群れを率いるホブゴブリンに狙いをつけた。
引き金に掛けた指をゆっくりと引き絞る。
・・・ドンッ!
銃声と共に発射された弾丸は狙い通りホブゴブリンの頭部を撃ち抜いた。
直ぐに槓桿を引いて薬莢を排出すると共に次弾を装填する。
次に狙うは神官の少女に一番近い位置にいるゴブリンだ。
ドンッ!
2発目も命中、直ぐに次弾を装填する。
剣士の少年アルドと神官の少女ナーシャは何が起きているのか、目の前の光景が理解できなかった。
突然ホブゴブリンの頭部が吹き飛んだと同時に激しい音が鳴り響く。
そして直ぐに次のゴブリンの頭が吹き飛んで倒れる。
理解不能の事態にこれまで踏ん張っていたアルドも腰が抜けて座り込んでしまった。
剣士が座り込むのを見ながら次の目標を狙うクロス。
「座ってくれて都合がいい」
ゴブリン達も何が起きているのか分からずに立ち尽くしている。
間抜けな目標に狙いをつけて引き金を引く。
ドンッ!
次弾装填、次を狙う。
ここに来てゴブリン達がパニックに陥るがもう遅い。
ドンッ!・・・ドンッ!
弾倉内の5発の弾丸で5体を仕留めると、弾倉を抜いて次の弾倉を嵌める。
しかし、射撃はここまでだ。
混乱しているゴブリン5体相手にこれ以上貴重な弾丸を使う必要はない。
クロスは瓦礫の陰から飛び出して駆け出すとゴブリンの中に飛び込んで銃床を顔面に叩き込み、別のゴブリンの喉を銃剣で突き刺す。
「助けに来た!立てるなら立て!」
「えっ?・・はっ、はいっ!」
クロスに声を掛けられたアルドは跳ねるように立ち上がった。
新米だが反応はいいようだ。
銃床で顔面を殴られて悶絶しているゴブリンに銃剣でとどめを刺す。
これで残りは3体、いや1体逃げ出したので残りは2体だ。
「1体は任せていいな?」
「はいっ!」
クロスは腰を低くしてゴブリンの懐に飛び込むと、銃剣を突き出して1体を仕留める。
そして、最後の1体はアルドが苦戦しながらもどうにか倒した。
逃げた1体を除いて全てのゴブリンを倒したことを確認したクロスは改めてアルドとナーシャを見た。
「この階層ではホブゴブリンは珍しいのだけど、災難でしたね」
「あ、ありがとうございます。本当に助かりました」
アルドがクロスに頭を下げる。
「私の名はクロス。間に合ってよかった」
「俺はアルド。白等級の剣士です」
「私はナーシャ、知識神イフエールの神官です。アルドと同じ白等級です」
2人とも最初級の白等級冒険者。
青等級のクロスは白等級の2つ上の中級下位の冒険者だ。
クロスが2人に事情を尋ねてみたところ、2人共に冒険者になって日も浅く、水神の迷宮に来たのもこれで3度目ということだった。
同じ町出身の幼馴染みの2人は同じく幼馴染みの友人3人と5人で冒険者になって、大冒険の果てに英雄になることを夢見て水の都市の冒険者になったという。
1回目、初めての水神の迷宮探索は素材採取の依頼を受けて迷宮の入口から少し進んだところで魔鼠に不意を突かれ、腰を抜かして逃げ出したが、準備と周囲への警戒が足りなかったことを学んだ。
2回目は慎重に進み、魔鼠やスライム、ゴブリン等と遭遇しながらもどうにかくぐり抜け、依頼達成に必要な素材を集めた上に2階層へ降りる階段まで到達したところで無理をせずに撤退した。
ここまでは新米冒険者としては上出来だ。
無理をせずに撤退する判断が出来ることは冒険者として長生きする鉄則である。
そして、再び素材採取の依頼を受けて挑んだ3回目だが、今回は不運に見舞われてしまった。
2階層に降りて探索をしていたところにホブゴブリンに率いられたゴブリンの群れに襲われたということだ。
ゴブリンは小柄で非力、ずる賢いが弱い魔物であると思われているが、それは大きな間違いだ。
単独や2、3体の小規模な群れならばその認識で概ね間違いないが、10体以上の集団になるとその危険性は桁違いに高くなる。
ゴブリンの本質は高い集団性と凶暴性を兼ね備えた危険な魔物であり、更に上位種であるホブゴブリンに率いられた群れともなると新米冒険者ではなす術なくゴブリンの餌食になってしまうところだ。
ゴブリンの襲撃を受けてパーティーが壊走状態の中でナーシャが足を負傷して走れなくなった。
完全に恐怖に駆られた他の3人がナーシャを見捨てて逃げる中でアルドだけが踏みとどまったが、群れに追い詰められて絶体絶命のその時にクロスに助けられたということだ。
こうして出会ったのも何かの縁。
クロスは先輩冒険者として2人を水の都市まで連れて帰ることにした。
幸いにしてナーシャの怪我も軽傷なので、治療をすれば自力で歩ける。
ならば後は一緒に帰るだけ、大した手間ではない。