クロスの冒険者心得
アルドとナーシャと共に水神の迷宮に立ち入ったクロス。
目的は第4階層で採取される素材だが、それだけでは割に合わない依頼なので、第1から第3階層で採取できる素材も集めて収入の足しにするつもりだ。
とはいえ、第3階層まででの素材採取にかまけて肝心の第4階層に到達できないでは本末転倒なので、先ずは第4階層を目指す。
第1階層は難なく通過し、第2階層に降りたのだが、第2階層なると低級とはいえ魔物の出現率が上がる。
クロス達が第2階層の中心部に来た時、進む先にゴブリンの群れを見つけた。
「クロスさん、ゴブリンが4体います」
アルドが言うまでもなくクロスもゴブリンには気付いている。
「まだこちらには気付いていませんね」
「先手を取れそうですが、どうしますか?」
剣に手をかけようとするアルドだが、クロスは特に動こうとはしない。
「倒す必要もないけど、倒しますか?」
「えっ?魔物ですよ?倒せるなら倒しておかないと・・・」
アルドもナーシャも不思議そうに顔を見合わせる。
まだ経験の浅い冒険者だ、迷宮についての理解が不足しているのだろう。
折角の機会だ、少しばかり迷宮や魔物について2人に教えておくことにする。
「2人に聞きますが、何故あのゴブリンを討伐する必要があると思うんですか?」
クロスの質問に2人は首を傾げた。
「だって、魔物を放っておくと危険なんじゃありませんか?」
「そうだよな、特にゴブリンとかオークって人を襲って物を奪ううし、繁殖のために女性を攫うじゃないですか?だったら被害が出る前に・・・なあ?」
ナーシャの返事に同意するアルド。
間違えてはいないが、肝心な知識が欠けている。
新米冒険者だし、誰かが教えてくれるようなものでもなく、今まで熟練冒険者から教わる機会も無かったのだから仕方ない。
「確かに、ゴブリンやオークに対する認識は概ね合っていますが、それだけではないんですよ」
「「?」」
「先ず、ゴブリンやオーク等のある程度の知能を持つ魔物で、人を積極的に襲うのは人里近くに住み着いた群れであり、迷宮内に住む群れとは違います。迷宮内に住むゴブリンやオークは人の生活圏外である迷宮内の生態系の中で生きており、わざわざ人を襲う必要はありませんからね」
「「??」」
「無論、生態系の中に入り損ねた個体や群れは生存のためになりふり構わず襲い掛かってくることもありますが、そうでなければ不意な遭遇だったり、こちらから攻撃を仕掛けない限り、向こう側から襲い掛かってくるのは稀ですよ」
アルド達はさらに首を傾げる。
そうこうしている間にゴブリンの群れはどこかに立ち去っていた。
「確かに、俺達がクロスさんに助けられた時も迷宮内でばったり群れに出会って、逃げ出す間もなく戦いになったけど・・・。でも、多くの冒険者はゴブリンやオークを倒して討伐報酬を得ていますよね?」
「確かにそうですし、他の冒険者の姿勢も否定しません。経験のために魔物を狩って、得られた魔石等を回収して報酬を得ることも。ただ、忘れてはいけないのは、ここは人の生息域ではなく、魔物達の生息域であり、我々の方が侵入者であるということです。現に、迷宮内に住む魔物は都市の人々の生活の邪魔をしたりはしないでしょう?」
そこでナーシャがピンと来たようだ。
「そういえば、ゴブリン等の魔物の討伐依頼って、迷宮内の魔物が対象のものは殆どありませんね。たまに素材目的の討伐依頼はありますけど、ゴブリンなんかの討伐依頼は『村の近くに魔物が出たから討伐して欲しい』とかばかり・・・」
「そういうことです」
なんとなく理解してきた2人だが、アルドが他の疑問に気付く。
「でも、そうすると迷宮に住むゴブリンやオークは女性を襲わずにどうやって繁殖しているんだ?」
ここでクロスの方が首を傾げた。
「まさか、アルドはゴブリンって雌が存在しなくて、人や他の亜人を襲って繁殖していると思っていますか?」
「えっ?違うんですか?」
「そんなわけないでしょう。確かにゴブリンやオークは他の種族でも繁殖できますけど、雌がいないわけではありません。確かに雌の出生率はかなり低いようですが、ちゃんと存在しますよ。数が少ないから群れの拠点で大切に保護し、子育て等をしています。そもそも、スライム等の分裂で数を増やす魔物や、雌雄同体の魔物でない限り、雌が存在しないなんて、生物として不自然でしょう?」
「そういえばそうか・・・」
「尤も、他の種族でも繁殖が可能ということで雌の出生率が下がっているという学説があるようですが、学者でもない私はそこまで詳しくはありません」
そんなことを説明しながら迷宮を歩くクロス。
「確かに、私達みたいな冒険者はもっと魔物や迷宮について勉強しないといけないわね」
「剣や魔法の実力だけじゃ生き残れないのかもな。冒険者として仕事を続けるならば知識も武器になるのか」
クロスの説明を聞いた2人は納得する。
アルドの言うとおり、知識というものは場所も取らず、荷物にもならず、いくらあっても邪魔になることのない有効な武器だ。
「そのことに気付けたのも大きな成果ですよ。ただ、何事にも例外があって、基本的には積極的に襲ってこないゴブリンやオークですが、中には好戦的な個体や、弱い冒険者を襲って物を奪うということを学習した個体が問題無用で襲ってくることもあります。大切なのは決して油断しないことと、危険性の見極めです」
「「分かりました!」」
そんなことを話しながら歩いていたところ、クロスがある異変に気付く。
アルド達は気付いていないようだ。
「それらのことを怠ったり、短絡的な行動をすると・・・」
その時、迷宮内に悲鳴にも似た声が響き渡った。
「ぎゃーっ!待て待て、アリア、妾を置いて逃げるな!」
「シルクが悪いんですよ!考え無しにちょっかいを出すから!」
「誰じゃ、2階層なら危険は少ないなんて言った奴はっ!」
「事実ですよっ!シルクは自分の実力を客観視出来ていないんですよっ!」
クロス達の進む先、丁字路になっている通路を2人の冒険者が駆け抜けてゆく。
ダークエルフの女性と、少女のような風体の冒険者の2人組。
その後を2体のゴブリンが追い掛けてゆく。
先程とは別の群れらしいが、何やら怒っているようだ。
「・・・短絡的な行動をしたり、自分の実力を見誤ると、ああなります」
「いやいやいや!ああなりますじゃなくて!クロスさん、襲われてますよ!早く助けましょう!」
どうにも緊迫感に欠けるが、確かにアルドの言うとおりだ。
ゴブリンに追われた2人を追って3人は駆け出した。
 




