水神の迷宮へ
アルドとナーシャの頼みというのは一緒に水神の迷宮に入り、素材採取についての指導をしてほしいとのことだった。
以前に水神の迷宮でクロスに助けられて以降、2人で初歩的な依頼を熟し、少しずつ実績を重ねてきた2人だが、今回は少しだけ難易度の高い依頼を受けてみたいということらしい。
2人だけのパーティーで経験を重ね、水神の迷宮の1、2階層ならば問題なく探索できるようになり、3階層でもどうにか歩き回れる程度には成長していたアルドとナーシャ。
水神の迷宮は5階層までなら比較的難易度が低く、十分な態勢、所謂一般的な4、5人程度のパーティーで準備と警戒を怠らなければ新米冒険者でも潜ることは可能だ。
しかし、たかが2階層で不測の事態に陥り、当時のパーティーが瓦解したアルド達はその教訓から冒険者の仕事には『慎重過ぎる』、『警戒し過ぎる』というものはないということを学んだのである。
そこで難易度の低い依頼を繰り返し、経験と実績、そして次の仕事への準備を整え、少しずつ前進してきた。
そして、水神の迷宮のもう少し深い階層に挑戦しようとなったのだが、特に慎重を期して、依頼を受ける前に迷惑や足手まといを承知の上で他の冒険者の探索に同行させてもらったらしい。
その頼みを引き受けたのがザリードのパーティーだった。
元々6階層まで素材採取に行く予定だったザリードは渋々ながら2人の頼みを聞き入れ、仕事のついでに2人の同行を承諾したのだが、4階層から5階層に至ったところでさじを投げられたらしい。
ザリード曰く
「想定していた実力に達していない。このまま目的の6階層にまで連れて行くわけにはいかない」
ということで、探索の途中で戦士のギムリーを護衛に迷宮の入口にまで戻され、水の都市に2人で戻ってくる羽目になったそうだ。
途中で見捨てられたわけでもなく、2人が無事に帰れるよう迷宮の入口まで送ってくれたのはザリード達の心配りなのだろう。
「お前達は俺達みたいな実力者についてくるより、クロスみたいな臆病者と一緒に潜った方が学ぶことがあるはずだ」
ザリードからの助言を受けて都市に戻ったアルドとナーシャが早速見つけたクロスに声を掛けたということだ。
ザリードに面倒事を押し付けられたような感じだが、ザリードの助言自体はあながち間違えてはいない。
剣士と神官の2人というある意味で不完全なパーティーなのだから、ソロの冒険者というより不完全なクロスから生き残りの術を学べということだ。
そうはいってもいきなり同行指導を頼まれてもクロスだって二つ返事というわけにはいかない。
どうしたものかと依頼の掲示板を見れば、4階層以下の水路に分布している水草や藻の採取依頼がいくつか出ていた。
中ランクの薬品生成に使用される素材で、大した報酬額ではないが、新米冒険者にとっては1回の依頼受諾の報酬としては高額の部類に入る。
クロスにしてみれば普段はあまり積極的に引き受けるような依頼ではなく、誰も受諾せずに依頼が余ってしまい、依頼不受諾になりそうな時に引き受けるような仕事だ。
「・・・じゃあ、この3つの依頼、1つを私が、2つを貴方達が引き受けることにしますか?どれも第4階層で集められるものですから、一緒に行きましょう」
共同受諾ではなく、クロスとアルド達が同じ場所で別々の依頼を受けるということで、報酬もそれぞれ別となる。
ザリードもそうだったのだろうが、クロスにとっても面倒なだけなのだが、先輩冒険者が新米冒険者を指導し、その生存率を上げるということは冒険者ギルドや都市や国家にとって大変意味があることだ。
「「よろしくお願いしますっ!」」
明るい表情で頭を下げるアルドとナーシャ。
フィオナのカウンターで事情を話して依頼受諾の手続きを申し込むと、フィオナは一瞬だけ意外そうな表情を見せた後、ほんの少し、クロスには気付かない程度に薄い笑みを浮かべる。
「・・・はい、手続き完了です。3人共気をつけて行ってきてください」
誰にも気づかれないまま無表情に戻ったフィオナに見送られてギルドを出た3人は移動の手間を省くためにクローラーに乗って水神の迷宮へと向かった。
アルド達が望むように迷宮探索等の指導をするならば異質なクローラーを使用せず、大半の冒険者がそうしているように徒歩で移動するべきなのかもしれないが、今回はそうではない。
指導や共同受諾ではない、臨時のパーティーを組むのでもなく、2組の冒険者が同じ目的地で別々の仕事をするだけのこと。
自分が受けた仕事の責任は自分自身が背負い、その結果は自分自身に帰するものということが冒険者としての基本中の基本で、大原則だ。
程なくして水神の迷宮に到着した3人。
通路が広い1、2階層ならクローラーでも入れるが、今回は徒歩で迷宮に入ることにする。
1、2階層でも手に入る素材はあるので、ついでに収集して収入の足しにしようという魂胆だ。
クローラーから降りてライフルと背嚢を背負うクロス。
右の腰には銃剣を、腰の後ろには鉈を差しており、左の腰のポーチには弾丸5発入りの弾倉が複数と、緊急時の医薬品が入れられている。
アデルとナーシャも剣や杖を手に、気持ちも合わせて準備万端だ。
「それでは行きますか」
「「はいっ!」」
3人は水神の迷宮へと足を踏み入れた。




