新たな出会い
月の湖での素材採取の依頼から数日の休息を挟んだクロスは、なんとなく冒険者ギルドを訪れた。
よさそうな依頼があれば受けるつもりだし、そうでなくてもワイバーンの素材の査定が済んでいる筈だ。
冒険者ギルドの依頼の掲示板を見てみたが、魔物の群れの討伐依頼や迷宮の深層からの素材採取等、単独で受けるにはリスクが高い依頼か、新米冒険者が受けるような依頼ばかり。
新米冒険者向けの依頼は新米冒険者が受けるだろうから今のところ、クロスは手を出さない。
誰も引き受けることなく依頼不受諾になりそうになった時には引き受けるが、張り出されている依頼はまだ新しいものばかりだ。
それならば無理に依頼を受ける必要はないのでワイバーンの査定の結果を聞いてみることにしようと考えながらふとフィオナのカウンターを見れば、珍しくフィオナがクロスのことを見ている。
声を上げて呼んだり、手招きしているわけではないが、クロスに用件がありそうな雰囲気を感じた。
「私を呼びましたか?」
カウンターに近づき、フィオナに声を掛けてみるクロス。
「いえ、呼んでいません」
確かに呼ばれてはいない。
「呼んではいませんが、クロスさんに用件があります」
不毛なやり取りだが、クロスもフィオナも大真面目だ。
「ワイバーンの素材の査定のことですか?」
「それもありますが、別にクロスさんに指名依頼が来ています」
ザリードの時にもそうだったが、クロスを指名しての依頼とは珍しいのだが、指名依頼となればその内容を聞いてみる必要がある。
「依頼の内容は?」
「護衛依頼です。南の砂漠の先にあるシーグル神殿への巡礼者の護衛、というか、クローラーを使っての運送ですね」
水の都市の南方は水が豊かな水の都市と正反対に広大な砂漠が広がる地域だ。
水の都市から砂漠の先にあるシーグル神殿に向かうには砂漠を縦断するか、砂漠を避けて大きく迂回し、いくつもの都市や街を経由して向かうしかない。
砂漠の中心にはオアシスの街があるが、そこに至るまででも徒歩で数日は掛かり、そのための備えも生半可ではない。
水や食料が無ければ2日ともたずに人は死んでしまうし、十分な水や食料はそれだけで荷物になり、負担になる。
ひたすらと続く砂の世界に自分の位置を見失ってオアシスの街にたどり着けなければ、それもまた死に直結するのだ。
加えて、砂漠特有の魔物も生息し、砂漠を縄張りにする盗賊も出没する。
砂漠の熟練者なら単独や少人数でも越えることができるが、そうでないならば、案内や護衛を含めたパーティーを組む必要があるのだ。
「依頼者は巡礼者の5人と案内役のシーグル神官の冒険者さんです。本来は護衛の冒険者さんと共同受諾し、オアシスの街に向かうキャラバンに同行する予定だったのですが、護衛の冒険者さんがメンバーの急病によりキャンセルとなってしまったため、足止めを余儀なくされています」
同行予定のキャラバンも護衛無しでは進めないということで予定を変更して引き返してしまい、途方に暮れていたところに不思議な車を持つ冒険者のクロスのことを耳にしたらしい。
確かにクロスのクローラーなら砂地でも問題なく進めるし、オアシスの街まで2日、砂漠を縦断するのに4日もあれば十分だ。
同行するのが案内役の神官1人というのは心許ないが、砂漠に生息する魔物ならクローラーの装甲で退けられるし、盗賊に対する警戒を怠らなければクロス1人でも大丈夫だろう。
依頼料は少しばかり安いが、クロスはそこにはこだわらないので問題ない。
「巡礼者の構成は?」
「高齢の夫婦が一組、父親とその子供が2人です。子供といっても16歳と14歳の兄妹です。今は都市内にあるシーグル教の教会宿舎で休んでいます」
流石は抜け目のないフィオナだ。
依頼者についての必要な情報もしっかりと把握している。
高齢の夫婦の体力面が気になるが、クローラーに乗って移動するので大丈夫だろう。
「分かりました、引き受けます。明朝、7刻に出発するとお伝えください」
クロスの返答を聞いたフィオナは手慣れた様子で依頼受諾の手続きを済ませる。
「依頼受諾手続き完了しました。それでは依頼者には明朝7刻に出発すると伝えておきますので、クロスさんも準備をお願いします。くれぐれも気をつけて行ってきてください」
「分かりました」
依頼を引き受けたクロスは査定が済んでいたワイバーンの素材の代金を受け取ると、翌日の出発に備えることにした。
そして翌日、準備を済ませたクロスはクローラーで冒険者ギルドに向かう。
砂漠を抜けるとなると通気性を考えて上部装甲板は開放しておく必要があるが、その他に強い日射しへの対策も必要だ。
そこでクロスは前席と後部車室の上に天幕の布を張り、日射しを避けることにした。
後は冒険者ギルドで水や食料等の物資を積めば準備は万端。
巡礼者と案内の冒険者と合流すべくギルドに到着したクロス。
「あれ?イーナさん?何故こんなところに?」
そこにいたのは狐の耳と尻尾を持つ獣人のシスター。
雪山の麓の村の教会で出会ったシーグル教のシスターのイーナだった。
しかし、イーナの方はクロスの顔を見て首を傾げているが、直ぐに合点がいったような表情を見せる。
「すみません、人違いです。イーナは私の双子の姉で、私はイーナの妹で冒険者のサリーナです」
「大宇宙でも職業選択の自由」を年内最後の投稿をした後に本作のエピソードを書いていたら、1話分書き上がったので、こちらも年内最後の投稿となります。
「大宇宙でも〜」と同時進行で書き始めた本作ですが、本作も読んでくれた皆様に感謝申し上げます。
今度こそよいお年を。




